琥珀色の戯言

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【読書感想】取材歴59年の記者が見たW杯「裏表」ヒストリー ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
1932年に新潟に生まれ、大学卒業後、一貫してサッカー取材を続けてきた著者。W杯は1970年のメキシコ大会以来、欠かさず現地取材に飛んだ。誰よりも長く、深く知る人間が語る「フットボールの神髄」。


1932年生まれということは、僕の両親よりも年上なのか……
今となっては「国民的イベント」であり、本戦・予選の試合はもちろん、選手選考や組み合わせ抽選も大きな話題になる、サッカー・ワールドカップ
しかしながら、僕が子どもの頃、30年前くらいを思い返してみると「当時は、『学校の授業などでやるスポーツ』『キャプテン翼』のようなマンガの題材としてはメジャーでも、世界のサッカー情勢にまで興味を持っていた人は、そんなにいなかったような気がします。


著者がワールドカップについてはじめて記事を書いたのは、1958年のスウェーデン大会のときだったそうです。
それから、半世紀以上。
最初の現地取材は、1970年のメキシコ大会。
それから2010年の南アフリカ大会まで、11回連続で現地取材をし、今回の2014年ブラジル大会も現地入りする予定とのことです。


著者は、冒頭に「伝えたいことが3つある」と仰っています。

 一つはワールドカップを楽しむことである。


(中略)


 ワールドカップの楽しみ方は違う。ワールドカップは「参加して楽しむもの」である。世界のトップレベルのプレーヤーとともに、大衆が参加して世界のお祭りを楽しむ。それがサッカーのワールドカップである。

 この本で伝えたいことの二つ目は「分散開催のメリット」である。
 サッカーのワールドカップの会場は、一つの国のなかで数都市に分散している。分散開催は1934年のイタリア大会に始まり、このときは8都市だった。2014年のブラジル大会は12都市である。
 分散開催のメリットは、大会の経済効果が各地域に及ぶことなど、いろいろある。都市ごとに特色ある運営ができるのもおもしろい。各都市にそれぞれスポーツクラブがあり、サッカーチームがある。日常、国内リーグなどを運営している地域ごとのノウハウを活用して運営する。また、国際大会運営で得た経験を、その後に生かすことができる。
 参加チームもサポーターも分散するから、運営は楽である。
 多くのスポーツが、一つの都市で集中開催されるオリンピックが交通混雑や宿泊施設不足に悩まされ、大会後には不要になる施設を多く作らなければならないのにくらべると、ワールドカップの分散開催の良さは明らかだ。

 伝えたいことの三つ目は「アマチュアリズムの弊害」である。
 スポーツによって、お金や物質的利益を得てはならないというオリンピックの理念は、長い間、日本のスポーツ界を支配していて、日本のサッカーの発展を妨げていた。プロリーグができなかったのも、そのためだった。1980年代の半ばに、オリンピックのアマチュアリズムが崩壊し、日本体育協会のアマチュア規程が撤廃されて、日本サッカー協会がプロを認めることができるようになった。
 問題は解決し、アマチュアリズムは死語同然になり、Jリーグが始まっているのだから、いまさら取り上げる必要はないかもしれない。しかし、過去のいきさつは、あまり知られていないように思うので書き留めておきたかった。「プロアマ共存」のサッカーの理念とオリンピックの「アマチュアリズム」との対立、それが日本のサッカーに与えた影響は、日本のスポーツの歴史のなかで非常に大きなトピックだと思う。


 この新書は「ワールドカップの試合内容や活躍した選手の歴史」を中心に書かれているものではありません。
 日本において、ワールドカップは、どう報道されてきたのか、そして、アマチュアリズムとのせめぎ合いのなか、日本のプロサッカーは、どのようにして成立し、発展してきたのか、にスポットライトがあてられています。
 

 ぼくがはじめてワールドカップに関心を持ったのは、1958年スウェーデン大会のときである。新聞社に入って3年目の若造スポーツ記者だった。受付から「スウェーデン大使館の方が来られて、サッカー担当の記者に会いたいと言っておられます」と電話が掛かってきた。応接室にお通しして、お話を聞いた。
「ご存知でしょうが、6月に我が国でワールドカップが開かれます。その資料をお持ちしました。ぜひ紙面で紹介してください」
 一つのスポーツ大会のために、わざわざ大使館の人が新聞社を訪ねて来るのか、とびっくりした。
 おそらく大使館の人は、サッカーに関心が薄い日本の新聞は記者会見を開いても集まってくれないだとうと、個別訪問をしたのだろう。当時の日本ではサッカーの人気度は低く、スウェーデン大会は予選にエントリーもしていなかった。そういう時代だから、新聞社が関心を持たないのも無理はない。
 それでも、せっかく資料を頂いたのだからと、ぼくは外電で得た情報と併せて記事に仕立てた。すると、紙面に余裕があったのだろう、思ったより派手な扱いで掲載された。
 記事の見出しは「最大の観衆、最大の熱狂」だった。


 ちなみに、1958年6月9日付けに掲載されたこの記事が、日本の新聞で初めてワールドカップを紹介したものだったそうです。

 それ以来、ぼくはワールドカップに関心を持ち、一度は現地に行って取材したいと思うようになった。
 それが1970年メキシコ大会で実現したわけである。
 現地で体験した「最大の観衆、最大の熱狂」は、想像以上だった。
 12年前、1958年に書いた記事とはニュアンスが違う点があった。
 一つは、熱狂しているのはスタジアムの観客だけでなく、スタジアムの外にいる多くの大衆だった、ということである。そして、もう一つは、人々は狂ったように興奮しているのではなく、心からお祭りに参加することを楽しんでいたということである。


 著者は、メキシコ大会でワールドカップの魅力にハマってしまい、それ以来、取材を続けておられます。
 1970年のときは、まだ海外に行くのも大変な時代で、ワールドカップもニュースバリューが低いと新聞社で判断されてしまったことから、休暇扱い、自費で渡航しての取材だったそうです(取材した内容を記事にすることで、手当はある程度出してもらった、とのことです)。


 それから、45年。
 日本がはじめてワールドカップの本大会に初出場(1998年フランス大会)してから、まだ16年しか経っていないんですね。
 まさか、日本でワールドカップが、ここまで「国民的関心事」として根付くとは。
 著者のように、「ワールドカップと日本」を長年取材してきた人にとっては、感慨もひとしおのはずです。
 

 著者は、ワールドカップというのは「お祭り」なのだ、ということを強調されています。

 ワールドカップはむしろ安全な旅行の機会だろう。警備が非常に厳重だからである。オリンピックと違って会場も試合日もサポーターも分散しているから、警備は逆にやりやすい。
 各国から大勢のサポーターや観戦客が来て、お祭り騒ぎをする。たしかに「騒ぎ」ではあるが、決して「騒乱」ではない。それを厳重に取り締まると「お祭り」は楽しくなくなってしまうが、そこは取り締まる側も心得ている。むやみに規制することはない。それがワールドカップのいいところである。
 2002年の日韓共催大会のときに、日本の警察は、そのあたりが分かっていなかった。外国のサポーターが大勢、来日して騒ぎを起こすというので厳重に警戒した。
 たとえば、新潟では試合のある日は、駅からスタジアムへ行く道の両側の店に対して営業しないよう要請した。純朴な新潟の人たちは、警察のいうことを、まじめに聞いて店を閉じてシャッターを下ろした。一軒だけ営業した店があって新聞記事になっていた。
 駅前のコンビニではビールがたちまち売り切れた。スタジアムへの行き帰りの道筋ではサポーターたちは食べることも飲むこともできなかった。
 新潟で試合をしたチームにアイルランドとメキシコがあった。両国ともに陽気にサッカーを楽しむサポーターが有名でもある。彼らは警察の規制にもかかわらず、またアルコールが十分に買えなかったにもかかわらず、駅前で気勢をあげて楽しんだ。それを見て温順な新潟の人びとも、サッカーはお祭り騒ぎをして楽しむものだと知ったと思う。
 それがJリーグアルビレックス新潟の隆盛につながっていると言っては間違いだろうか。アルビレックス新潟のサポーターは家族連れが多く、羽目をはずすことはないが、熱烈な応援を楽しんでいる。


 僕は日本代表がワールドカップ予選を突破したり、本戦で勝ったりするたびに、東京で大勢の人が街に繰り出し、気勢をあげている映像をみて、「嬉しいのはわかるけど、そんなに大騒ぎしなくても……」と思っていたのです。
 でも、こういう話を読むと、ワールドカップというのは「お祭り」であり、人びとが日常から解放される貴重な時間でもあるのだとわかります。
 人にあまり迷惑をかけないような「羽目を外す行為」に関しては、あまり目くじら立てなくても良いのかもしれませんね。
 なんのかんの言っても、その翌日になれば、みんな普段の表情になって、仕事や学校に行くのだし。


 ちなみに、今回のブラジル大会の日本代表の試合の放送予定は、初戦のコートジボワール戦が、午前10時から。ギリシャ戦は午前7時から、コロンビア戦は午前5時からだそうです。
 ……正直、朝っぱらからお祭り騒ぎっていうのは、ちょっと難しそう……


 ワールドカップ前、これまでの大会を軽く「おさらい」し、日本のサッカー界が来た道のりを振り返るには、ちょうど良い新書だと思います。
 ああでも、一度くらいは現地でこの「お祭り」を体験してみたいものだなあ!

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