琥珀色の戯言

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【読書感想】ヨーロッパ覇権史 ☆☆☆☆


ヨーロッパ覇権史 (ちくま新書)

ヨーロッパ覇権史 (ちくま新書)


Kindle版もあります。

ヨーロッパ覇権史 (ちくま新書)

ヨーロッパ覇権史 (ちくま新書)

内容(「BOOK」データベースより)
ヨーロッパは他地域に対し、ずっと優位にあり、覇権を握っていたように思われてきた。しかし、それはたかだか一九世紀に達成されたことにすぎない。本書は、オランダ、ポルトガル、イギリスなど近代ヨーロッパ諸国が勢力を拡大し、世界を一変させた過程を追う一冊である。「軍事革命」で他の地域に優る軍事力を手にし、近代国家のシステムを発明。その後、大西洋貿易で力をつけ、アジアへ―。現在の世界は、どのように形成されたのか。そして、どこに向かっているのか。現代世界を考える上でも必読の一冊。


 なぜ、ヨーロッパだったのか? なぜ、オランダ、イギリスだったのか?
 いま、イスラム圏とキリスト教圏の文化的な「衝突」が問題になっているからこそ、ここに至るまでの「歴史的経緯」みたいなものを、辿ってみる意義は大きいのかもしれません。

 ヨーロッパ中心主義は、実はヨーロッパにおいても、比較的最近の産物、具体的には、19世紀に生まれた考え方である。それは、基本的にアジアやアフリカの国々の多くが、欧米の植民地ないしそれに近い状況になったという事実に由来する。19世紀のヨーロッパは、軍事的・経済的に、アジア・アフリカの諸国よりもはるかに優勢になった。アジア・アフリカ諸国は、欧米諸国と戦争してもとても勝てそうになかったし、生活水準の差は絶望的なほどに大きかった。だからこそ、ヨーロッパの文化が、憧れの対象となったのである。
 19世紀になると、ヨーロッパの圧倒的優位が明確になる、しかもそれはずっと続くと感じられた。そのため世界の人々は、民族としてのアイデンティティーは保ちつつも、ヨーロッパの価値観を受容せざるをえず、ヨーロッパから発生したさまざまな価値観・生活様式などを自分たちの世界に取り入れたのである。
 これは、逆にいえば、軍事・経済面で、18世紀以前には、ヨーロッパは他地域よりあまり進んだ状態にはなかったということを意味しよう。


 実は、世界史のなかで、ヨーロッパが優勢だった時期というのは、そんなに長くはありません。
 せいぜい、19世紀からの200年くらい、といったところでしょうか。
 それまでは、イスラム圏のほうが文化的に進んでおり、ヨーロッパ人は、自らの祖先がつくった西洋古典文化(アリストテレスプラトンの哲学など)を、アラビア語ギリシア語からラテン語への翻訳で知ることになったのです。
 いまの世の中を生きていると、ヨーロッパのほうが「文明的」であったような気がしてしまいますし、世界史の教科書でも、ヨーロッパ史に多くのページが割かれているのですが、それはあくまでも「現在のヨーロッパ中心の価値観」に基づいているからなのです。
 大航海時代、ヨーロッパ諸国が海から東を目指したのは、陸上でイスラムやモンゴルの勢力と衝突すると、まず勝ち目がなかったから、それを避けたという面もありました。

 
 そんなヨーロッパが、世界中に進出し、多くの植民地を獲得した背景には「軍事革命」があったのです。

 ヨーロッパは、圧倒的な軍事力で、世界を制覇した。では、ヨーロッパの軍隊はなぜ強くなったのだろうか。
 その答えとしては、軍事革命を経験したからだというのが一般的であろう。なかでも火器の導入により、戦術が大幅に変わったことが、もっとも重要な要因とされる。それに伴い、軍隊の規模がきわめて大きくなり、徴兵制が導入され、社会そのものが大きく変革したのである。
 軍事革命とはどういうものか、もう少し詳しく述べてみよう。『軍事革命』(邦訳は『長篠合戦の世界史』大久保桂子訳、同文館出版)を著したジェフリー・パーカーによれば、軍事革命の核心は16世紀にあった。それは、(1)軍艦の舷側砲の発展、(2)戦闘におけるマスケット銃(火縄銃)と野砲による援護、(3)ヨーロッパ史上例のない、急激で持続的な兵力の膨張、(4)「対攻城砲要塞」の発展である。
 これらの革新でヨーロッパは他を圧倒する軍事力をもつようになった。

 火器を積極的に受け入れ、戦術的に活かしていくことができたかどうかが、各国の「軍事力」の差になっていったのです。
 

 著者は、各国の経済状況をみながら、「世界の覇権国家」について語っています。
 18世紀のヨーロッパから外の世界への覇権争いにおいて、イギリス・フランスという二つの大国の勝敗を分けた要因を、著者は次のように分析しています。

 勝敗を分けたのは、英仏の両国の資金調達能力の差であった。まずもって中央銀行であるイングランド銀行が存在していたイギリスと、それに対応するような機関がなかったフランスとでは、資金調達能力で決定的な違いがあった。中央銀行をもつイギリスのほうが、金融の信用度が高く、外国からの資金の導入が容易だったのである。


(中略)


 では、財政面からみた英仏の相違は、それ以外にどこにあったのだろうか。
 イギリスの税制は間接税である消費税を中心にしていたのに対し、フランスのそれは直接税である土地税であった。しかもイギリスの消費税は、主として贅沢品に、具体的には、ビール、石炭、石鹸、皮革、ガラスに税がかけられたのである。
 多くの人々は、収入が増えると、奢侈品をより多く買う傾向がある。経済学的には、このような商品は、「需要の所得弾力性」が高い商品である(たとえば、経済成長率が3パーセントであるとき、ある商品の購入額が5パーセント伸びるとすれば、「需要の所得弾力性」が高い商品になる)。
 そのためイギリスでは、経済成長以上のスピードで税収が伸びたので、借金をしても返済がしやすかった。一方、フランスの税の基盤であった土地税の収入は、経済成長があってもなかなか伸びず、国庫にはあまり貢献しなかった。だから借金が返済できず、やがてフランス革命へと至ったのだ。借金をしたことではなく、それを返せなかったことが、フランスの問題点だったのである。
 両国の税制の差が、一方はヘゲモニー(覇権)国家になり、他方は革命によって国が破綻するという相違を生み出したのである。


 イギリスは狙って間接税中心にしたわけではなく、伝統的に地主の勢力が圧倒的に強かったため、土地税を上げられず、間接税、とくに消費税を財源にせざるをえなかった、という事情があったそうです。
 イギリスにとっては、消極的選択だった「間接税中心の政策」が、時代にフィットして、結果的にイギリスを覇権国家に押し上げていったのですから、歴史というのは不思議なものですね。
 
 
 著者は「イギリスの覇権」について、このように述べています。

 イギリスは、確かに世界で初めて産業革命を成し遂げた、世界最初の工業国家であった。しかし、イギリスが世界経済のヘゲモニー国家となったのは、おそらくそのためではない。
 オランダがヘゲモニー国家だった時代には、オランダが「ゲームのルール」を決めた。とはいえ、それはまだ、ヨーロッパの一部に限られていた。しかしイギリスは、世界全体の「ゲームのルール」を定めたのである。
 電信は、イギリス史家ヘッドリクにより、「みえざる武器」と呼ばれている。電信の使用で、情報の伝達は大幅にスピードアップした。前章で述べたように、国際貿易をしようとすればイギリスの電信を使わなければならず、人々は、イギリスが開発したシステムに乗らなければビジネスができないという状態になった。
 イギリスは単に工業製品を輸出しただけではない。イギリスが生産した工業製品はイギリスの船舶に積載され、しかもイギリスの海上保険会社であるロイズによって保険がかけられた、それに、電信が加わり、イギリスは経済のゲームのルールを決める国家として決定的な役割を果たすようになった。
 1870年代から、イギリスの工業生産高は世界1位ではなくなり、第二次産業革命の旗手となったドイツやアメリカに、その地位を明け渡した。しかし、輸送や保険や電信のおかげで、世界の貿易が発展するほどイギリスは儲かるのだから、むしろイギリスの経済面での支配力は、上昇したとさえいえよう。


 イギリスは工業生産力では1位を明け渡しても、世界経済のシステムやインフラを握っていたのです。
 ギャンブルの胴元みたいなもので、これは確かにすごい「利権」ですよね。

 

 すでに述べたように、経済学には、「未開拓の土地」という用語がある。まだ開拓していない地域があれば、経済は成長できる。しかし現代は未開拓な土地などない。これは、新たなマーケットを求め続けてきた近代世界システムの終焉を意味するものだと思われる。

 著者は、終章で、これからの世界経済は「これまでの近代世界システム」が成り立たなくなっていくのではないか、という考えを述べています。
 近代の世界は、植民地や、より安い人件費で働いてくれる人々を「開拓」することによって、その格差で先進国側が儲ける、というシステムで動いてきました。
 ところが、どんどん世界は「平準化」していくし、もう「未開拓の土地」は地球上には存在しない。
 「格差」はあっても、それを利益につなげるのも難しくなっている。


 これからの世界は、どこへ向かっていくのか?
 「これまでの歴史に学ぶ」ことは、それを考える上での、大きなヒントになると思います。
 ヨーロッパ人やキリスト教が優れていた、というよりは、「軍事革命」を受け入れたタイミングの違いが、いまの世の中での「覇権」の行方を左右しているのです。
 まあでも、こうしているあいだにも、次の「覇権」を左右する何かが、世界のどこかでもうすでに生まれているのかもしれませんね。


イスラームから見た「世界史」

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