琥珀色の戯言

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【読書感想】EU離脱 ☆☆☆☆

EU離脱 (ちくま新書)

EU離脱 (ちくま新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
2020年1月末ついにイギリスが正式にEU離脱へ……
これまでの経緯とこれからの課題がこの一冊でわかる!

2016年6月23日、イギリスにおけるEU残留の是非を問う国民投票での離脱派の勝利は、世界中に大きな衝撃をもたらしました。その後、保守党のメイ首相の下で行われたEUとの離脱交渉は混迷を極め、ジョンソン首相に交代。数度の延期の末、2020年1月末、ついに正式な離脱となりました。「紳士の国」「経済合理性で動く」といったイメージとは真逆のイギリスの迷走ぶり。なぜこんなことになったのか――。
本書では、イギリスとEUの両面からブレグジットの全体像をわかりやすく解説しています。イギリスが失うものとはなにか? 一枚岩になれないEUはどうなるのか? これまでの経緯とこれからの課題が見通せる、最速のブレグジット・ガイド。なお問題山積のヨーロッパの現在を最も正確に論じる一冊です。


 2016年6月23日のイギリスの国民投票でのEU離脱決定と、その後のトランプ大統領の誕生は、「世界がポピュリズムで変わっていく」と、僕を不安にしたのです。
 あれから4年近くが経ったのですが、「世界の終わり」のような事態には至っておらず、イギリスは紆余曲折がありつつも、ようやく2020年1月末にEUを離脱しました。



ブレグジット推進したファラージ氏「最後です」  欧州議会で別れの演説


 なぜこんなに時間がかかってしまったのか、EUがどんな存在であるかよくわからないまま離脱に賛成した人が多かったのではないか、国民投票をやりなおして、取りやめることはできないのか?

 僕はそんな疑問をずっと持っていたのですが、EU離脱の経過とその意義について、わかりやすく説明してくれたのがこの新書だったのです。

 本書は、2016年6月の国民投票自体の検証を目的としてはいないが、ここまで述べてきたことに関連して、触れておきたい数字がある。それは、国民投票における年齢層別の投票結果である。公式の統計ではないが、アシュクロフト卿の調査(Lord Ashcroft Polls)によれば、18歳から24歳までの年齢層では、実に73%が残留だったのに対し、65歳以上では60%が離脱に投票した。若年層ほど残留の比率が高い。25歳から34歳でも62%が残留だったのである。
 これが意味することは、イギリスにおいても、若年層の間ではEUの存在が当たり前になっており、自らの将来を考えるうえでもEUという大きく広がった空間が意識されていた事実であろう。この点に関して、他のEU諸国の若年層と大きな相違はないのだといえる。
 イギリスがEUに加盟して40年以上が経つなかで、それ以前の時代を知らない年齢層──つまり生まれたときからEU加盟国であった世代──がここまで「ヨーロッパ化」していたことは、特筆に値する。
「イギリスはヨーロッパではない」というのは、45歳以上に限定の議論なのだろうか。もちろん、そこまで単純な議論は慎むべきだが、離脱票が残留票を上回り始めるのが、45歳から54歳の年齢層であることは示唆的である。
 「高齢層が若年層の未来を奪った」という評価は、残酷なまでに現実なのである。長く労働党の下院議員を務め、現在は上院議員のジャイルズ・ラディーチェは、国民投票結果を受けて孫の一人から、「じいちゃん、あんたの世代が僕の人生を台無しにしたんだよ」と涙目で言われたことが忘れ得ないと述べている。


 こういうのを読むと、本当に離脱でよかったのか、とか、これからの世の中を支えていくであろう若年層と高齢者が、同じ「一票」であることは正しいのか、とか、いろいろ考えてしまいます。
 EU離脱に関しては、イギリスの経済的にはデメリットだらけですし、北アイルランドの国境問題など、これまでEUの一員であったことで覆い隠されてきた問題を再燃させることにもなったのです。
 EUにとっても、イギリスという大国をメンバーから失うことは、大きな痛手であり、はじめての「離脱」を経験することになりました。
 そもそも、イギリスは「大国」であるがゆえに、EUの単一通貨ユーロを採用していない、出入国管理を撤廃したシェンゲン協定に参加していない、などの「特別扱い」を受けつつ、EUの単一市場の恩恵を大きく受けている国でもあったのです。

 EUからの離脱を経験した前例がないこともあり、イギリスでの離脱のプロセスへの議論は混迷をきわめ、離脱の時期は何度も延期されました。
 「離脱した」といっても、事後処理はまだたくさん残されているのです。
 やーめた!と言えばやめられる、というような、簡単なものではありません。
 イギリスとしては、EUの経済的なメリットはなるべく残しておきたいのですが、加盟国の責任を果たさない国に、メリットだけを享受させることは、他のEU加盟国が許さないはず。とはいえ、険悪な雰囲気になることを望んでいるわけでもない。

 こんなに揉めるのであれば、離脱を撤回してしまう、あるいは、再度の国民投票を行うべきではないか、と僕は思っていたんですよ。
 それについて、著者はこう述べています。

 再度の国民投票で仮に残留派が勝利したとしても、前回同様の僅差だったとした場合に、直近の意思が尊重される原則はあるとはいえ、「どちらの52%」がより高い正当性を有するかは、自明ではない。
 その場合、二度目があるのであれば、三度目があってもおかしくない、という議論になった可能性が高い。負けたほうが再度の国民投票を求めるというサイクルが発生しかねなかった。選挙のたびに国民投票の実施が焦点になるような状況が続けば、イギリス政治において、他の政策課題に悪影響が及ぶことも避けられなかったであろう。
 皮肉なことだが、ブレグジットが実現しない限り、ブレグジットというアジェンダは終わらない。これはイギリスの国内的結束という観点でも深刻である。
「残留支持だったが、国民投票で民意が示された以上、それに従う」という消極的離脱派が増えたといわれる。それは、イギリス的なジェントルマンシップだという説明もあり得るかもしれないが、離脱撤回がもたらし得る茨の道がリアルに感じられていたということでもあった。


 少なくとも、国民投票で「離脱」という結論が出てしまった以上、一度は「離脱」しないと、この問題はずっと燻りつづける、ということなんですね。
 再投票すればいいのに、というのは、僕が原則的に「EU残留のほうが良いと考えている」からでもあります。
 ここで再投票で結果が覆ってしまうと、賛否が拮抗した問題では、ずっと負けた側が再投票を要求し続ける、という前例をつくることにもなります。

 EU離脱というのは、イギリスにとっては「大英帝国の栄光ふたたび」みたいな感じなのかもしれませんが、現実はそんなに甘くないようです。

 ヨーロッパ統合の第二の顔は、グローバリゼーションの荒波に抗う、いわば防波堤だった。ヨーロッパの価値を守る砦だといってもよい。国境を超えた経済活動を域内で推進しつつ、しかし、そのスタンダードは、ヨーロッパの信じる価値に則していることを確保しなければならない。この二つの間を取り持つのが、EU統合だった。
 自らの力を蓄えることで、国際関係における影響力を強め、加盟国を守るのである。個別の小舟では大海原を進めないが、EUという大きな船に皆で乗ることによって、荒波や他の大きな船(大国)に対処するというイメージだった。
 イギリスが離脱することの、EUにとっての最も直接的な意味は、EUのパワーの低下、つまりEUという船の小型化である。米・中・露の間の関係が戦略的競争と表現される時代にあって、EUはいかなる役割を果たし、どこに向かうのか。どのような選択を行うにしても、EUは可能な限り大きな・重い存在であり続けることが保険となる。
 イギリスの離脱は、GDP比で約15%、人口で約13%の喪失を意味する。国連安全保障理事会常任理事国も、二ヵ国(英仏)から一ヵ国に減少する。政治・外交上のインパクトはこうした数字以上のものとなるだろう。ブレグジット後のEUは、より小さなパワーで自らを守らなければならない。
 これにより、可能なことの範囲が変化するとすれば、EU自体が不可避的に変質するということにもなる。端的にいって、これまでのEUではなくなるのである。
 イギリスにとっては、これまでの防波堤としてのEUがなくなることを意味する。世界の荒波に単独で立ち向かわなければならないのである。


 イギリスとしては、EUに縛られてやりたいことができない、と思い込みがちなのだけれど、世界への影響力を考えれば、EUという大きな組織の主要メンバーであるほうが、自分たちのやりたいことを実現できる、という面もあるのです。

 本当の問題は、離脱するまでよりも、離脱してどうなるか、なんですよね。
 イギリスの選択は、どんな結果をもたらすのでしょうか。


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