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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】ゲームセンタークロニクル (~僕は人生の大半をゲームセンターですごした~) ☆☆☆☆

ゲームセンタークロニクル (~僕は人生の大半をゲームセンターですごした~)

ゲームセンタークロニクル (~僕は人生の大半をゲームセンターですごした~)

内容紹介
ゲームセンターの出現から、2017年の現在までを
ゲームファンの視点から描いた1冊です。


スペースインベーダーに始まり、ゼビウスグラディウス
いったシューティングゲームの流行や、
ストリートファイターIIバーチャファイター2など
格闘ゲーム隆盛の時を経て、現在では大型ネットワーク型ゲームが
中心になってきているゲームセンター。


本書は、プレイヤーの移り変わりや、進化し続けるハードウェアの影響を受け
少しずつその姿や役割を変えつつあるゲームセンターと、
その当時のプレイヤーが感じていた雰囲気、
時代の象徴となった名作ゲームたちの素晴らしさを、
元『ゲーメスト』編集長であった石井ぜんじが、
ゲームプレイヤーの視点から詳細に書き下ろした渾身の1冊です。


一時でもゲームセンターの熱気を味わったことのある人なら
必ずそのときの空気感を思い起こすことでしょう。


 『ゲーメスト』の元編集長・石井ぜんじさんによる、ゲームセンターの年代記。1970年代前半からのゲームセンターの歴史を概説している本なので、個々のゲームについての詳細な記述はされていません(一部、著者の思い入れの深さが溢れているゲームもありますが)。
 高校時代から現在まで、コンスタントに通い続け、「ゲームセンターに行かない日よりも、行った日のほうが多い」という、ゲームセンターの雰囲気の刑事的な変化などは、この人じゃないと書けないだろうな、と思うのです。
 僕も小学校高学年くらいからテレビゲームが大好きで、ゲームセンターにも通っていましたが、1990年代前半の対戦格闘ゲームブームくらいから、なんとなく足が遠のいてしまって、今では子どもと一緒にショッピングモールに行った際に、クイズゲームをちょっとやってみるくらいになってしまいました。
 自由にゲームセンターに通えるようになったはずの大学生時代に、なぜか足が遠のいてしまったんですよね。対戦格闘ゲームで他人と勝負する、というのが、あんまり好きじゃなかったからかな。
 それでも、子どもが『ポケモン』とか『妖怪ウォッチ』とかのカードゲームに夢中になっているのをみるだけでも、なんだかちょっと嬉しくなります。
 ゲームセンターの歴史というのは、半世紀弱、というところなのでしょうけど、ほとんどの人は「夢中になって通っていた時期」と「離れていた時期」があるはずで、著者のように「本当にずっとゲームセンターに行き続けていた人」は、ほとんどいないのではなかろうか。


 個々のゲームについて、あまり詳しい記述はないのですが、「クロニクル」と銘打っていることもあって、『ゼビウス』や『ストリートファイター2』のような時代を変えたゲームだけではなくて、一時的にものすごく話題になったけれど、もう今では覚えている人も少なくなったゲームについても、きちんと触れられているんですよね。

 80年代に、アーケードで異彩を放ったゲームジャンルがある。それがレーザーディスクゲーム(LDゲーム)だ。LDゲームは、レーザーディスクの映像を主に使い、レバーやボタンなどで介入していくタイプのビデオゲームである。
 LDゲームは操作に合わせて実写やアニメの映像を切り替えるだけなので、それほど複雑なゲームは作れない。2000年以降の家庭用ゲームで、ムービーシーンにボタン操作で割り込むQTEというシステムがあったが、LDゲームのゲーム性はそれに近いスタイルである。
 80年代はCGの技術が未熟だったため、たいした映像効果は得られなかった。そこでグラフィックを美しい実写やアニメーション映像にして、レバーやボタンを使って遊べるゲームが考えられたのである。
 LDゲームは海外で考案され、その後日本に持ち込まれた。国内に輸入されて話題になったのが『ドラゴンズレア』(スターコム)である。この作品はファンタジーの世界観を美しいアニメーションで描いており、そのインパクトは強いものがあった。早い時期に少数輸入されていたが、1984年にはユニバーサルが国内販売をしている。
 国内で最初作られたLDゲームは、セガの『アステロンベルト』(1983年)である。この作品は宇宙空間を舞台にしたSFシューティングだが、東映の協力を得た特撮映像には目新しさがあった。しかしゲーム性が単純なので、すぐに飽きてしまうという欠点があった。
 LDゲームは、1983年から1985年までの2年間に集中し、10タイトル以上がリリースされている。なかでも傑作とされるのが『サンダーストーム』(1984年・データイースト)である。戦闘ヘリに乗り込み、敵をミサイルなどで倒していくゲームで、LDゲームのゲーム性をうまく活かした作りになっていた。


 LDゲーム懐かしいなあ。当時は、実写の映像でゲームができる、というあだけで大興奮だったのですが、アーケードゲームのグラフィック性能がどんどん向上していって、あっという間にLDの優位性は失われていったんですよね。
 そういえば、LDゲームが家でできる、というのもありました。あれを買った人はいるのだろうか?
 『アステロンベルト』『タイムギャル』本当に懐かしい。
 ゲームとしては、タイミングに合わせてレバーを入れるとかボタンを押すっている、シンプルなものだったのですが、僕にとってはすごく印象深いものでした。
 テレビ番組で『アステロンベルト』が使われていたんですよね。
 クイズゲームで、タイトーの『ウルトラクイズ』にも触れられていたのは嬉しかった。クイズ好きなので、よく塾の帰りにやっていたものです。

 この本を読んでいると、ゲームセンターを定点観測してきた著者ならではの記述に唸らされるのです。

 この時代(2002年の『麻雀格闘倶楽部』発売の時期)まで、ゲームセンターにはいわゆる脱衣麻雀というジャンルが綿々と続いてきていた。しかし本作(『麻雀格闘倶楽部』)の登場により、ゲームセンターで麻雀ゲームを遊ぶプレイヤー層の大半は、この作品へと流れていった。本作の人気は、脱衣麻雀の歴史に終止符を打つものだったといえる。


 僕は麻雀をやらないのですが、この経緯をみると、みんな『脱衣』を求めてゲームセンターで麻雀をやっていたのかと思いきや、麻雀そのものをやりたい人が多かった、ということなんでしょうね。脱衣だって、無いよりは有ったほうが良いのかもしれないけれど。


 この本のなかでいちばん印象的だったのは、著者が「テレビゲームという文化とそれを愛する人々」について書いているところです。

 筆者の行きつけのゲームセンターはおおむね平和であった。特に何をするわけでもなかったが、ゲームセンターという価値のある場は、自分たちが守らなければならない、という意識がどこかにあった。他人から見れば、周囲ににらみを利かせていたように見えたかもしれない。
 そんな筆者から見ると、ゲームセンターでもっとも態度が悪いのは不良ではなく、巡回する補導員だった。特に子供の親達が担当する補導員が、いちばん態度が悪かったと感じた。彼らはゲームセンターそのものを忌避すべき場所であると見なしており、その態度や言動から見下している雰囲気がにじみ出ていた。ゲームセンターで遊んでいる自分たちはビデオゲームが好きでそこにいるわけだから、そこにはお互いに分かり合えない断絶がある。
 21世紀になった現在、ビデオゲームは文化として社会に広く認められ、その記録と収集が国によって補助されるまでになってきている。それを考えると、80年代のゲームセンターを取り巻く状況は、ウソのような話に思えるかもしれない。しかしこの当時、ゲームセンターは社会悪であると一般的に思われていたのは、厳然たる事実である。そのような逆境のなかで、プレイヤーはビデオゲームという趣味を自ら選び取っていた。そこには彼らなりの“覚悟”があったのである。


 「覚悟」なんて言われてもねえ……って思われるかもしれませんが、たしかに、テレビゲームが好きだというと「暗い」と言われ、ゲームセンターでは不良や補導員のビクビクしながら……という時代を経験してきた僕にとっては、ものすごくよくわかります。
 「テレビゲーム好きの女の子」が珍しくもなんともない時代が来ることになんて、当時の僕は思いもしていませんでした。

 『サイキックフォース』(1996年・タイトー)のキャラクターは『ザ・キング・オブ・ファイターズ』シリーズよりも、さらにアニメのキャラクターに影響を受けたデザインであった。女性プレイヤーの人気が高い作品でもあり、それまでの対戦格闘ゲームとはまた別のプレイヤー層を取り込んでいたといえる。そのため、この作品とそのファン層を嫌うプレイヤーが少なからず存在した。
 またこの作品はそれまでの対戦格闘ゲームとは違い、立体フィールド内を自由に動き回れる独特のゲームシステムを採用している。奥の深い作品だがそれまでの対戦セオリーが通じないゲームであり、それがプレイヤーの理解を難しくした部分があった。広く一般的なプレイヤー層に受け入れられた作品ではなかったといえる。
 しかしこの作品に熱烈なファンがいたことは確かだし、それがゲームセンターに新しいプレイヤーを呼んだことも間違いない。本来それは喜ばしいことのはずなのだが、既存のコミュニティを維持したかったプレイヤーはそれを拒否した。一部のオタクが騒いでいるだけのゲーム、というレッテルを貼りたがったのである。
 『サイキックフォース』シリーズは、発売から20年経った今でもイベントに人が集まるほど人気のシリーズである。それでもいまだに嫌悪感を表す人が存在しており、愛憎半ばを受ける作品といえる。
 ゲームセンターの基盤を盤石なものとするには、異なる嗜好の人たちを許容する必要がある。しかし人はどうしても、自分の縄張りを侵されたくない、という本能に突き動かされがちだ。「サイキックフォース」シリーズの騒動は、人間の業のようなものをいやおうなく感じさせるものであった。

 かつて、「ゲーマー」たちは、肩身が狭い思いをしてきました。
 ところが、ゲームという趣味がメジャーになってくると、その中でも縄張り争いが起こってくるようになるのです。
 かつて、自分たちがされて嫌だったはずの差別や疎外を「新参者」に対して、行ってしまう。
 人間って、めんどくさいものですよね。
 こういうのは、ゲーム好きだけの話だけではなくて、まさに「人間の業」みたいなものなのでしょう。


 淡々とゲームセンターとテレビゲームの通史が語られる「だけ」の本なのですが、こういう内容がコンパクトにまとまっている本って、実際には無いんですよね。
 ゲームセンターを知るための史料として、貴重な一冊だと思います。
 いやほんと、45年間、ゲームセンターに通い続けていて、それを語れる人って、なかなかいないですよ。


fujipon.hatenadiary.com

石井ぜんじを右に! ~元ゲーメスト編集長コラム集~

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