- 作者: 増田俊也,一丸
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2017/04/21
- メディア: 単行本
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内容紹介
破格の低賃金、驚異の長時間労働、 そして、超個性的な同僚たち……
『七帝柔道記』の続編は、新人新聞記者の奮闘を描く 熱血お仕事小説! 「仕事っていうのはな、恋愛と同じなんだ。
お前が好きだって思えば向こうも好きだって言ってくれる」
平成2年(1990年)。全国紙の採用試験にすべて落ち、北海道の名門紙・北海タイムスに入社した野々村巡洋。縁もゆかりもない土地、地味な仕事、同業他社の6分の1の給料に4倍の就労時間という衝撃の労働環境に打ちのめされるが、そこにはかけがえのない出会いがあった――休刊した実在の新聞社を舞台に、新入社員の成長を描く感動作。
僕はこの本を読みながら、自分の人生と仕事について、考えをめぐらせていました。
なんでこんな仕事しかさせてもらえないのだろう、なぜ自分がこんなところに派遣されたのだろう、と悩んでいたことがあったのですが、そんなとき、先輩にこんなことを言われたんですよね。
「つまらない仕事やつまらない職場を嘆くのは簡単だけど、結局、そこで自分が働いているということそのものが、お前の実力であり、周囲からの評価なんだと認めないと。不貞腐れているだけじゃ、どんどんダメになっていくだけだぞ」
そこで、一念発起して、まずは自分が変わってみようとしたのが、この作品の主人公の野々村で、それでもなんとなく日常を過ごしているうちに、時間ばかり経ってしまったのが僕、なんだよなあ。
この小説を読みながら、僕は、けっこう複雑な気分だったのです。
増田俊也さんの『七帝柔道記』は、体育会系とは正反対の道を歩んできた(というより、体育会系の人たちが通らないところを、こっそり歩いてきた)僕でさえ、「体育会系の抗い難い魅力」みたいなものを思い知らされる傑作でした。
でも、この『北海タイムス物語』の舞台となる、北海道のローカル新聞『北海タイムス』は、有り体に言って、「ブラック企業」なわけです。
この小説がスタートするのは1990年なのですが、その前の年には天安門事件やベルリンの壁崩壊という、世界を揺るがす大事件が立て続けに起こっていました。
まだインターネットのごく初期、一部の好事家がパソコン通信をやっていたくらいの時代で、新聞やテレビというメディアは大きな影響力を持っていたのです。
この『北海タイムス』の労働環境はひどい。
「担当するページ数が二倍、月の拘束時間が二倍だから、他紙の整理部の四倍働いてる。年収が七分の一だから時給換算すると二十八分の一だよ。やってられねえよ」
少し計算が乱暴にすぎるが、実際に仕事をしている先輩たちの実感のようだった。それくらいきつく、それくらい拘束時間がが長く、それくらい休みが少なかった。そして賃金が安かった。
先輩たちはタイムスの職場を「タコ部屋」と呼んでいた。「いや、タコ部屋以下だ」と言う先輩もいた。
タコ部屋という言葉はいまでは重労働の例えとして一般的に使われるが、日は北海道出自の言葉で、開拓時代に都市部や農村から誘拐まがいの方法で集められた窮民が、足に鉄球付きの鎖をつけられ道路や鉄道の建設に従事させられた非人道的な監禁部屋の呼び名だという。こういった強制労働はいまでは労基法によって禁止されているが、ここタイムスでは「それでも新聞社で働きたい。ジャーナリズムを守りたい」という者たちの献身で、いまだにタコ部屋そのものの職場が成り立っているのだという。他の業種なら、全員がいますぐ辞めてしまうだろうと先輩たちは言っていた。
マスコミといえば、高給をイメージしてしまうのですが「北海タイムス」では、40代前半のベテランの年収が200万円くらいで、「看護師の妻に養ってもらっている」なんていう話も出てきます。
これって、いまの感覚でいえば、「マスコミで働きたい、ジャーナリストになりたい」という人たちの「やりがい搾取」だし、厳しい環境で頑張っている、という「美談」として消化して良いものなのだろうか、と読みながらずっと考えていたんですよ。
『七帝柔道』は、学生たちが命懸けでやっていたことだけれど、彼らには妻や子どもはいないし、もともと、学生スポーツというのは「お金を稼ぐ」という報酬とは無縁の世界です。
だからこそ、ただ、勝つために努力する姿に、熱くなることができた。
これが「仕事」となると、「憧れの仕事をエサに、こき使われているだけじゃないか」と言いたくなってしまうんですよ。
「北海タイムス」に愛着があっても、生活苦から、もっと労働条件の良い同業他社(朝日新聞とか読売新聞とか)に移ってしまう人も少なくないのです。
その人たちに向かって、残っている人たちは「裏切り者!」と罵声を浴びせる。
そうやって罵られるプレッシャーもあって、義理堅い人ほど、辞められなくなり、厳しい生活を続けることになる。
ああ、これってまさに、ブラック企業じゃないか……
昔の広島カープの選手が、「同じ仕事をしていても、労働条件が悪かった」にもかかわらず、ファンは「より良い環境を求めて出ていった選手に罵声を浴びせていた」のと同じなんですよね。
そういう「裏切ることへのプレッシャー」が、組織を維持するためには役立っていた。
いまのすっかり人気球団となったカープは、たぶん、多くの選手にとって「本当に居心地の良い職場」になっている、と思うのですが……
厳しい環境で、パワハラを受け、労働時間も長く、やさぐれ、毎日飲んだくれ、早朝野球だキャンプだマラソンの警備だ、と「業務以外もほとんど一緒にいなければならない濃厚な人間関係」に晒される野々村をみていると「なんでこんなブラック企業、辞めないんだよ!」って言いたくなるのです。
いやこの野々村っていう男も、プライドばっかり高くって、ずっと不貞腐れている感じ悪いヤツ、なんですけどね。この本の半分くらいまでは。
「仕事っていうのはな、恋愛と同じなんだ。おまえが好きだって思えば向こうも好きだって言ってくれる。おまえから抱きしめないかぎり、仕事の方もお前を見てくれないぞ」
ああ、そういうところって、確かにあるよなあ、って。
むしろ、恋愛のほうが、こっちはそのつもりでも、客観的にみればストーカーになってしまうこともあるし、難しいのかもしれません。
自分の意識を変えて頑張っていると、周りの見る目も変わる。
そして、実力をつけ、周りから評価されることによって、自信も生まれてくる。
野村克也監督は、こう仰っています。
心が変われば態度が変わる
態度が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる
すべては、自分の「心」から。
環境を変えることによって、気持ちを切り替えやすくなるのは確かだけれど、それでも、「心」は強制的に変えることはできないのです。
まあ、そんな人生訓みたいな小説じゃなくて、「鬱屈しきった前半と、極上の熱血お仕事小説に変貌する後半のギャップ」に魅了されてしまえば、良いのだと思います。
読みながら、ちばあきお先生の野球マンガ『キャプテン』を思い出しました。
僕のような「なるべくラクしたいなあ」という不謹慎な人間でも、何かにひたすら打ち込む人の姿には、感動してしまうんですよ。
世の中、こんなに「ブラック企業批判」が渦巻いているのに、「徹夜してなんとか仕事をやり遂げる娯楽作品や企業ドキュメンタリー」って、たくさんあるのだよなあ。
あんまり作品の内容には触れずに「ブラック企業とお仕事小説」についてあれこれ書いてしまいましたが、この『北海タイムス物語』、どうして自分の仕事はこんなにつまらないんだろう、と日々鬱々としている若い人に、ぜひ一度呼んでみていただきたいのです。
つまらないのは、会社や周囲の人たちのせい、それだけだろうか?
もちろん、なんでも自分のせいにして、自分を追い詰めてはいけないけれど。
- 作者: 増田俊也
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