琥珀色の戯言

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【読書感想】仕事を人生の目的にするな ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

ソニー再生の立役者が次世代を担う若い人たちに向けて語る、働くことの本質。


「働けば幸せな人生を送ることができるのか?」
「仕事はつらいのになぜ働くのか?」
「好きなことを仕事にしなければならないのか?」

日本を代表する企業・ソニーを襲った三度の経営危機を立て直し、
ソニー再生の立役者となった異端のリーダー・平井一夫が、これから社会人になる若い世代、そして働くことへの悩みを抱くすべてのビジネスパーソンへ向けて今こそ、伝えたい「働くことの本質」。


 2012年にソニーグループの社長兼CEO、18年には会長を務められた、ソニー再生の立役者のひとりとして知られる平井一夫さんの著書。
 平井さんは1984年に大学を卒業し、CBSソニーの洋楽部門に配属されています。
 契約関係の法律に関する仕事を専門にしていて、1994年にはニューヨークに出向し、1995年にソニー・コンピュータエンタテインメントアメリカでPlayStationの北米発売業務に参加され、以後、ゲーム機をはじめとするソニーのエンターテインメント部門で活躍を続け、社長兼CEOまで上り詰めたのです。

「上り詰めた」と書きましたが、平井さんのこれまでの著書を読んでいても、出世欲がそんなに強い人ではなく、自分が好きなこと、できることをやっていたら、いつのまにか会社のトップになっていた、というようにも見えるのです。
 もちろん、ソニーのような大企業のトップは、そんなに甘いものではないのでしょうけど。
 僕が子どもの頃、若い頃のソニーのイメージを思い出してみると、ソニーは日本が誇る電気製品、とくに「ウォークマン」やビデオデッキをはじめとするAV機器だったんですよね。
 プレイステーションが発売されたときは、あのソニーがゲーム機を出すのか……でも、天下のソニーでも、ゲーム業界では経験に乏しいし、そんなにうまくいくのかなあ、と疑ってもいたのです。

 いまや、テレビやオーディオ機器は価格競争が激しくなっており、韓国や中国などのメーカーの対等で、ソニーのシェアは落ちてしまっています。
 現在(2024年)のソニーは、プレイステーションを中心とするエンターテインメントと、スマートフォンのカメラなどに搭載される「電子の目」イメージセンサー事業が収益の柱になっているのです。


fujipon.hatenadiary.com



 入社当時は花形だったテレビやビデオの開発に従事した技術者たち、そして、思いがけず、主役に躍り出てしまった部門の人たちは、「未来のことなんて、わからないものだな」と痛感しているのではないでしょうか。

 実際、子どもの頃に夢見た仕事にそのまま就いて食べていける人って、ごくわずかしかいませんし、産業の栄枯盛衰も、ひとりの人間には予想するのが難しいものではあります。
 僕自身も、あんまり気乗りしないけど、みんな取っているから仕方ないな、と思いながら取った専門的な資格のおかげで、なんとか生活しているので、「こんなはずじゃなかった」と「人生こんなものだよな」が入り混じっているのです。

 さて、改めて人生について「大切なものは何か」「したいことは何か」と考えてみると、複数のことが思い当たるかもしれません。優先順位に従って生きようというのは、その複数思い当たったものたちに「順番」をつけて、トップにあるものを一番大切にしていこおう、というシンプルな話です。
 シンプルなのだけれど、言うは易し、本当はあなたの中で何が一番大切なのかがわかっていても、それをトップに据えて生きることが難しい場合もあるでしょう。親の期待に応えることを優先したり、周囲の人たちの目が気になったりして、そう簡単に「我が道」を歩むことができない人も多いようです。
 もちろん優先順位はあなただけのものです。もし「親の期待に応えること」や「周囲の人たちの目を気にすること」が本当にあなたの優先順位のトップに来るのなら、それを一番大切にしていけばいいと思います。
 たとえば、先祖代々医師の家系であり、あなたも医師になることを親に期待されているとする。その期待に応えることこそがあなたのトッププライオリティであると、心からそう思えるのなら、躊躇なく医師を目指せばいいでしょう。
 ちなみに私の父方の親族には、金融系の仕事に就いている人がたくさんいました。父も銀行員でしたが、だからといって金融系に進むことを期待されませんでしたし、私にもそのつもりは毛頭ありませんでした。
 金融系の仕事が嫌だったというより、若いころの私は世間知らずで、金融系の仕事が一体、何をしているのかよくわかっていなかったというのが正直なところです。
 就職活動では「自分の好きなことに携わりたい」という気持ちから、ずっと大好きだった自動車と音楽の業界の会社を受けました。迷った末に音楽業界に飛び込むことを決めますが、いずれにせよ、当時の私にとっては、「好きなことに携わる仕事に就くこと」が就職活動で最も優先順位が高かったわけです。

 
 平井さんは、「やりたいことを自分で見つけなければならない」とは仰っていないことが印象に残ったのです。
 平井さん自身は「好きなことに携われる業界」での仕事を優先したけれど、それは自分自身の価値観であって、「親の後を継ぐ」とか「周囲にカッコよく見える仕事」も、それが本人にとって優先順位のトップになる人がいるし、それはそれで認めるべきものなのだ、と。
 実際のところ、高校とか大学を卒業する時点で、「自分が本当に好きなこと、向いていること、やりたいこと」を決められる人って、そんなにいないと思うんですよ。そもそも、今の世の中には「選択肢」が多すぎる。
 やりたいことを無理してやるのは勧められないけれど、「親の期待の応えること」が優先順位のトップになる人がいてもいい。
 どうしても向いていなければ、軌道修正することをためらう必要もない。


 平井さんは、これから自分の仕事を選択していく若い人たちに、こんなアドバイスをしています。

 楽しい学生生活も後半に差し掛かると、いよいよ就職活動が始まります。といっても、まだ社会経験がないので、自分には何が向いているか、何が得意なのか、何が好きなのか、すべてにおいて手探りで希望業種を絞ることになるでしょう。
 ここでおすすめしたいのは「大きな網」を投げることです。どういうことかというと、希望の職種をあまり絞り込みすぎないほうがいい。就職は「一本釣り」ではなく「投網漁」と考え、しかも投げる網は大きいほうが実は希望は叶いやすいのです。
 本書の最初から述べてきた「優先順位」の重要性と矛盾するんじゃないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
 たとえば、「ゲームが大好きだからゲームクリエイターになりたい」と考えたとします。そのために必要な勉強や経験を積んだけれども、残念ながら、ゲームクリエイターの募集枠が少なかったことも影響して選考に残ることができなかった。
 選択肢を「ゲームクリエイター」1つに絞っていると、この時点で希望は絶たれ、何年も追いかけてきた目標を諦めることになります。
 でも、大きな網を投げていたら、どうでしょうか。この場合は、希望職種を「ゲームクリエイター」ではなく「ゲーム業界の何か」としておく、ということです。
 ゲーム業界は何百種という職種によって成り立っています。ゲームクリエイターにはなれなくても、その何百種という職種に携わる人たちの一員になれたら、少なくとも大好きなゲームのそばに身を置くことはできるのです。
 最初に、「ゲームクリエイターになりたい!」という夢を持つこと自体は否定しません。
 ただ、希望通りにならなかったとしてもすべてを諦めなくてもいいように、第2、第3の選択肢を持っておく。すると自分では思ってもみなかった形で、好きなものに携わるという夢が叶う場合もあるという話です。


 平井さん自身も、就職の際に大好きだった音楽か車か、どちらかに関係した仕事に就きたいと思い、音楽を選ぶことになったのですが、平井さんは「楽器が弾けるわけでも作曲ができるわけでもなく、音符すら読めないというくらい音楽の基礎知識に欠けていた」と当時のことを振り返っておられます。
 そんな平井さんのCBSソニーでの主な仕事は「法務関係の事務方」だったそうです。
 平井さんが就職した当時は、海外のアーティストとの契約や版権に詳しい人が会社におらず、平井さんも会社に入ってから勉強し、その分野の稀有な専門家として頼りにされるようになっていきました。
 ちょうど、海外との契約が増えていった時期でもあったのです。
 
 そんな立場からスタートし、仕事よりもなるべく定時に帰ってプライベートを充実させよう、人生を楽しもうとしていたはずの平井さんが、結果的にはソニーの社長になったわけですから、人生ってわからないな、と思うのです。

 マリオの生みの親、任天堂宮本茂さんも、ユニークなものを作っている任天堂という会社の創生期に、花札やトランプ、ゲームセンターに置いてあるゲームの筐体などのデザイナー(ゲームデザイナーではなくて、工業デザイナー)として入社されています。
 それが、『ドンキーコング』のゲーム制作に関わったのがきっかけで、「世界のミヤモト」への道が開けていきました。

 平井さんや宮本さんは「激レアな事例」であり、成熟した業界では、こういうサクセスストーリーはなかなか成り立ち難いとは思います。
 平井さんは「楽しい学生時代」と書いておられますが、今の意識の高い大学生たちは在学中から遊びよりも就職活動に忙しかったり、学費を稼ぐためにアルバイトに明け暮れたりしていますし。

 それでも、こういう生き方、登坂ルートもあるのだ、というのを知ることは、とくに若い人にとっては「視野を広げる」と思うのです。
 ターゲットを絞りすぎて、それが叶わなかったときに、絶望してしまわないように。

 「ビジネス書」として肩肘張らずに、『楽譜も読めない俺がCBSソニーに法務で就職し、いつのまにかソニー本社の社長になってしまった話』と、ライトノベル感覚で読んでみるのも良いんじゃないかな。


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