琥珀色の戯言

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【読書感想】続・僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
2017年2月刊行『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』の第2弾。
偉大な構成を残し、今なお挑戦し続ける各界の著名人たちの生きざまを、細胞学者にして歌人永田和宏氏が、「天才の原点」を引き出す。

若き日の大きな決断の時、思い切って一歩を踏み出した瞬間、など生きていく上で道しるべとなる珠玉の言葉があふれた一冊。


第1章 池田理代子(劇画家・声楽家)
自分が今ここにある意味を見つけよう
「人間の一生のうち、自分がやりたいことにチャレンジできるチャン
スというのは、一回か二回巡ってくるかこないかだと思います」


第2章 平田オリザ(劇作家・演出家・青年団主宰)
わかりあえないことから
「コミュニケーション能力なんていうものは大したことはない。恐れ
ることはないんです」


第3章 彬子女王殿下(京都産業大学日本文化研究所専任研究員)
石橋を適当にたたいて渡る
「自分に対して嘘をつかない正直な生き方をすることを、留学を通し
て学んだ気がしております」


第4章 大隅良典(東京工業大学栄誉教授・2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)
知りたいという欲求
「信頼する人が面白いと言ってくれることだけで、相当な苦労もしの
げるようになります」

 前作『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』では、山中伸弥さんをはじめとする、各界のトップランナー4人の京都産業大学での講演+永田和宏さんとの対談が収録されていました。


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 この「続」では、池田理代子さん、平田オリザさん、彬子女王殿下、大隅良典さんの京都産業大学での講演と永田和宏さんとの対談が収録されています。


 永田和宏さんは、「はじめに」で、こう仰っているのです。

 私は、どんなに偉い人でも、初めからいまのように偉かったのではないという、当たり前のことをもう少し若い人たちに実感してもらうことが、ぜひとも大切なことなのではないかと考えている。こんな人たちでも、10代の時は、あるいは20代、30代の時は、いまの自分たちと同じように、現在の自分に自信がなく、将来の自分に不安で、もがき、苦しんでいたのだということを知ることは、自分う存在を見つめ直すときの、一つの座標軸を与えてくれることになるだろう。たとえ及ばなくとも、現在の自分に少し自信を与えてくれるはずだ。あるいは、ひょっとしたら自分でもあんな風な存在になれるかもしれない、とちょっとでも思ってもらえればうれしいのである。
 そんな自分と同じだと感じてもらう一方で、しかし、彼らはどこかで<一歩>を踏み出したのだということも、ぜひ知って欲しい、感じて欲しいことである。彼らがいまあるのは、まちがいなく、人生のどこかで新たな一歩を踏み出したからである。その一歩を踏み出す勇気と決断。それをもまた、ここに収めた講演と対談のなかから、多くの人に感じ取ってもらいたいところである。


 最近のネットをみていると、希望や野心を語る若い人たちを応援・称賛する人もいるけれど、その一方で、まだ「これから」である彼らに対して、「あなたは才能がなさそうだから、やめておいたほうがいい」と説得したり、「そんなこと、うまくいくわけがない」と嘲ったりする人も多いんですよね。
 「どうせ自分はあんな天才じゃないから」と、諦めてしまっている人もいます。
 気持ちはわかるのだけれど、この本を読んでみると、大きな仕事いた人たちも、けっして、約束されたレールの上を走っていたわけではなくて、懸命に試行錯誤を繰り返し、結果的にその「何か」をつかんだだけなんですよね。
 もちろん、同じようにやったら、みんながうまくいくほど甘いものではないけれど、宝くじだって、買わなければ当たらない。


 池田理代子さんの講演から。

池田理代子ベルサイユのばら」を描くまでは貧乏漫画家で、飛行機に乗ったこともありませんでした。当然フランスにも行ったこともなくて、「ベルサイユのばら」は、本の資料だけで描いたものです。ですから、連載が終わったあと、ぜひヨーロッパを見てみたいということで出かけました。そのときつくづく感じたのは、やはり実物を見ないと物事のスケール感がわかないということです。たとえば、いかにヨーロッパの石の建物の壁が分厚いか、柱が大きいかというのは、写真ではわかりません。エドガー・アラン・ポーの「黒猫」という小説の中で、主人公は妻を殺して壁の中に塗り込めます。我々普通の日本の住宅に住んでいますと、どうやってこの中に人を塗り込められるのだろうと不思議に思いますが、はじめてヨーロッパで壁を見たとき、「ああ、これなら何人でも入れるわ」と衝撃を受けました。
 その旅行では、パリからウィーンを回ってドイツに入ったのですが、日が暮れてきたからという理由でたまたま降りた駅がレーゲンスブルクでした。どんな街かわからないけれど、朝起きて気に入ったらちょっと滞在しようかということで宿泊し、次の日になってみるととても歴史のある素晴らしい街だった。すっかり気に入って、何日か滞在することになりました。そのとき、街中で偶然音楽学校の前を通りかかり、音楽学校で勉強する若者たちの群像を描いてみたいと思った。それが、「オルフェウスの窓」を描くことになったきっかけです。


 池田さんの代表作のひとつである「オルフェウスの窓」が描かれることになったきっかけは、ヨーロッパ旅行の際に、偶然降りた街だったのです。
 ただし、池田さんには、子どもの頃にずっとクラシック音楽をやっていて、音大受験を目指していたという基盤があった、というのも「オルフェウスの窓」誕生の背景にあるんですよね。
 「偶然のきっかけ」というのが語られることが多いけれど、何かの「ひらめき」が生まれるためには、それなりの準備や下地が必要なことが多いのです。
 ちなみに、池田さんは、47歳のときに音大を受験し、卒業後はソプラノ歌手として活動されています。
 

 劇作家・演出家の平田オリザさんは、こんな話をされています。

 ホスピスに、50代の働き盛りの男性ががんで入院してきました。余命半年と宣告されて、奥さんがつききりで看護しています。高熱で苦しむ男性に解熱剤が処方されますが、これがなかなか効かない。そこで奥さんが「何でこの薬を使うんですか?」と看護師に聞きました。すると、ホスピスに集められている優秀な看護師さんなので、こういう効能のある薬だけれど、他の薬との兼ね合いでなかなか効かないかもしれません、もう少し頑張りましょうね、と親切丁寧に説明します。奥さんも、その場は納得します。ところが、翌日になると奥さんはまた同じ質問をする。これが、毎日繰り返されるようになります。いくら優秀な看護師さんでも毎日だと嫌気がさしてきて、ナースステーションでも問題になりはじめます。そんなある日、ベテランのお医者さんが回診したときに、奥さんがまた「何でこの薬を使うんですか?」と尋ねました。するとそのお医者んは薬について一言も説明せず、「奥さん、辛いね」と声をかけました。奥さんはその言葉を聞いて泣き崩れたのだけれど、もう二度とその質問をしなくなったそうです。
 つまり、奥さんが効きたかったのは薬の効用ではなかった。なぜ自分の夫だけががんに侵され、死んでいかなくてはならないのかという不条理を誰かに問いかけ、訴えたかったんです。もちろん、近代医学はその答えを持っていません。科学は、「How」や「What」には比較的答えられますが、「Why」にはあまり答えられない。たばこの吸いすぎであるとか、生活習慣の乱れというように、おおざっぱには答えられますが、同じようにたばこを吸っていてもがんになる人もいればならない人もいます。あるいは遺伝子の研究が進めば、もう少し細かく説明することはできるようになるかもしれません。けれども、もともと人間の存在に理由がなく、なぜ生きてなぜ死んでいくかに理由がない以上、誰もが納得できる答えど見つからないでしょう。それは、哲学や宗教の領域です。


 こういうのは、AI(人工知能)が発達しても、なかなか適応するのが難しいところだとは思うのです。
 こういうことについて知っておくのは、人生において、有用なことのはず。
 ただ、現場の人間としては、ヘタに気の利いたことを言おうとすると、かえって相手の気分を害したり、ごまかされているのではないか、という疑念を持たれたりすることも少なくないのです。
 この医者にだって、うまく伝えることができなかったこともたくさんあるはず。
 結局、コミュニケーションというのは技術なのだけれど、万人に対して通用するような模範解答はない、ということが大事なのでしょう。
 難しいなあ、と思うのと同時に、だからこそ、まだ「人間の役割」は残っているのかな、とも感じます。
 どんなにAIが進化しても、その恩恵を受け、それを評価するのは、人間なのです。

 この本で紹介されている4人の演者のうち、2人以上に興味があれば、読んでみても損はしないと思います。
 「自分に縁がなさそうな人」の話ほど、役に立つこともありますし。


fujipon.hatenadiary.com

オルフェウスの窓(1)

オルフェウスの窓(1)

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