琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「WEB上の文章の可能性」を考える(1)

http://blog.excite.co.jp/blog-jutsu/524758/

 僕自身は、何の変哲もない、平板な文章を書き連ねているだけなのですが、ずっと書いていて、「はたして、ブログやサイトでの『表現方法』って、このままでいいのかな?って考えることがあるんですよ。昔(って言っても、まだ3年くらい前しか前じゃないので、ほんと、ネットというのは、短期間でいろんなものが動いているものだなあ、と感慨深いのだけれども)、「テキストコンテスト」というイベントに参加させていただいたことがあって、僕はその中でたとえばこんなの(http://homepage3.nifty.com/reticle/text3/23-league/sega/sgstart.htm)を書いていたのだけれども、今から考えると、もっと「冒険」できた、あるいはしておくべきだったのではないかなあ、と思うことがある。
 最近、結局これでは、長年の伝統を持つ「活字文化」を、ネット上の文章が後追いしているだけではないのか、という気がしてきてならないのです。「WEB上の文章だからできること」も、たくさんあるはずなのに。
 僕たちは、さんざんあの「フォント弄り」というやつをバカにしてきたけれども、実際のところ、あれって「WEB上で実現した、新しい表現形態のひとつ」であることは確かなんですよね。もちろん、舞城王太郎さんとか鷺沢さんみたいに、それを紙の上でやっていた人もいるのですが。
 だから、やたらと隙間の多い文章

 彼が……




 私に……



 

 好き、って……

 とかいうようなもの、「アリ」なわけですよ。それもひとつの「表現」なんだから。
 もちろん、好き嫌いはあって当然だし、僕もこういうのはまだるっこしくて苦手ですけど。
 「嫌われるサイト」として、「いきなり音が出る」とか、「絵文字だらけ」とかいうのもよく言われることなのですが、考えてみれば、むしろそういう面にこそ、「特徴」があるとも言えるわけで、一概に「ダメ」と言っていては、いつまで経っても「ネットという媒体を上手に利用した表現」は生まれてこないような気もします。せっかくだから、音とか、文字の大小なんていうのも、効果的に使ったほうが、より進化できるのではないかと思うのですよ。まあ、仕事場で見るには困るんだけど。
 本みたいに、残りの厚さで「まだコイツが真犯人じゃないな」とかいうふうに「先がわかる」ということもないというのも、大きなメリットなのだし。
 でもまあ、こういうことを思いつきで言うのは簡単なんだけれど、実践するとなるとなかなか難しいんですよね、本当に。

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