琥珀色の戯言

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名もなき毒 ☆☆☆☆

名もなき毒

名もなき毒

 「ひとり本屋大賞」、ついに9冊目(って、こだわっているのはもはや僕だけかもしれませんが)

内容(「BOOK」データベースより)
どこにいたって、怖いものや汚いものには遭遇する。それが生きることだ。財閥企業で社内報を編集する杉村三郎は、トラブルを起こした女性アシスタントの身上調査のため、私立探偵・北見のもとを訪れる。そこで出会ったのは、連続無差別毒殺事件で祖父を亡くしたという女子高生だった。

 宮部みゆきさんの3年ぶりの現代ミステリーだそうですが、そう言われてみると、僕も宮部さんの本を久々に読んだような気がします。基本的に「気軽に読める」というタイプの作家ではないので、なかなか手が出なかった、ということもあるのですけど。
 それで、この『名もなき毒』という作品ですが、読み終えての感想は、とにかく「重い小説」だなあ、というものでした。「考えさせられる」というより、「考えてもどうしようもない『毒』を僕たちは持ち、そして、その『毒』のために常に危険にさらされてしまっているのだ」という不安にうちのめされてしまう、と言ったほうが正しいかもしれません。
 すごい小説なのだけれど、読後感はけっして良いとは言えないし、率直なところ「(読むとダメージが大きいので)読まないほうが良い小説」なのではないかとすら感じます。
 この作品は、いわゆる「犯人探しミステリ」としては、そんなにすばらしい作品だとは思えません。驚くべきトリックも、凝ったレトリックも存在していませんし。
 でも、この作品に描かれた「人が人を傷つけようとするやるせない動機」に関しては、僕にもここに出てくるような人たちを想像してしまうような知り合いがいることもあり(たぶん、多くの読者にとってもそうでしょう)、「許しがたいし、そんなことがあるべきではないけれども共感はできてしまう」ものでした。僕はミステリを読んでいて「そんな理由で人を殺そうとまでするだろうか?」というところに引っかかることが多いのですが、この作品の「理由」は、理不尽ではあるのだけれども、すごく納得できるものなのです。そして、それだけに「普通に生きていく」ことの幸運と怖さを感じずにはいられません。
 医者なんて仕事は、どんなに本人が「自分は身を粉にして一生懸命に働いているのに」と主張しても(あるいは、主張すればするほど)、誰かの反感を買ってしまうことがある仕事なんですよね。「それでも、お前は恵まれているじゃないか」と。そして、そういう感情というのは、簡単に「説得によって改善」できるものではない。
 僕はこの小説の主人公の杉村さんに対して、「それでもこの人は幸せだよなあ」と思いました。
 たぶん、僕がここにどんなに落ち込んだり悩んだりしたことを書いていても、「それでもお前は恵まれてるんだよ…」と読んでいて苛立つ人もいるのでしょう。生きているかぎり、そういう視線から逃れることはできない。宮部さんには(いやむしろ、当代きっての人気作家である宮部さんだからこそ)、そんな「名もなき毒」が実体として見えているのでしょう。それって、なんて悲しくて怖いことなのだろう……
 「ミステリ」としてよりも「人間の心を描いた小説」として非常にすばらしい作品です。

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