- 作者: 森見登美彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/06/01
- メディア: 文庫
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内容(「BOOK」データベースより)
私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
半分くらいまでは、あんまり「面白い」とは感じられなかったんですよね、この作品。僕の中に「なんか最近、森見登美彦って書店員さんたちからエコヒイキされてない?」というようなドス黒い情念があったり(「この文庫がすごい!2007年版」でも1位だったし)、「なんでこの作品が『ファンタジーノベル』なんだ?」と疑問に思ったりもしていましたし(まあ、「ファンタジーノベル大賞」って、けっこう「なんでもあり」の賞ではあるんですけど)。
でも、この小説の主人公「モテなくて、妄想にふけってばかりで、自意識過剰で、世界のほうが間違っていると信じたい大学生」に、僕は「これは俺だ……」という感覚を抱かずにはいられなかったのです。僕もクリスマスが憎くて、その夜には彼女がいない男たちばかりで集まって「精神修養」をしながら呪いの言葉を吐いていたものです。この作品を読み終えてみると「何が言いたいのかはよくわからないし、別に何か役に立つことが書いてあるわけではなさそうだけれど、とにかくこれは「モテなくて、自分を持て余している男にとってのささやかで忘れられないファンタジー」なんですよね。ストーリーも、登場人物の描写もすべて「中途半端」なところもあるんですけど、その中途半端さこそが「男子大学生のリアル」のような気がするし。
「水尾さん」の具体的な描写がほとんどない分だけいろんな想像の要素があって、僕はこちらの作品のほうが『夜は短し歩けよ乙女』より好きでした。
その日も祇園会館は空いているらしかった。
ガランとしたロビーの右手にある階段を上って、閑古鳥と世間話をしているらしい女性に料金を払い、私は二階に上がった。すでに映画は始まっているが、私は慌てて客席に入るような無粋なことはしない。
私は隅に展示されて黒々と光る「栗山四号映写機」を眺めてから、横手の自販機コーナーへ入った。珈琲を買い、黒いベンチに座って、悠々と煙草をふかした。通路は薄暗く、自動販売機のぶううんという音が響き、目の前にはいろいろな映画のビラが並べてあった。防音扉の向こうから、爆音や、音楽や、もごもごとして聞き取れない台詞が聞こえてきた。中では何事かスペクタクルな大騒動が持ち上がっているらしい。
そうして、私は地震鯰のように息をひそめ、見てもよい、見なくてもよいという瀬戸際を行ったり来たりしながら、映画の外側にうずくまる。映画の予感だけを味わうという知的で高尚な遊戯、誰にでも出来ることではない。
私が祇園会館に足を運ぶのはこうして映画の外側にむっつりとうずくまるためであり、むしろこのまま帰ってしまっても満足である。蕎麦湯を飲むために蕎麦屋へ行くようなものだと言えるだろうが、私は蕎麦湯を飲むために蕎麦屋へ足を運んだりはしないから分からない。蕎麦湯を飲んだこともない。
なぜだかよく自分でもわからないのですが、僕はこのシーンがものすごく気に入っています。「照れ」みたいなものが伝わってくることも含めて、「うまいなあ」と思わずにはいられません。
ちなみに、森見さんは、前掲の『この文庫がすごい! 2007年版』でのインタビューのなかで、「恋愛」について問われて、
さほど思い悩んでいなかった。面白い男友達ばかりだったので充足していたのでしょう。『太陽の塔』のひがみっぽい部分は創作です。
また、登場人物である大学の友人たちについては、
馬鹿をやったといっても、密度はあんまり高くなかったんです。もっと淡々としていたし、モデルとなった人たちも阿呆なだけじゃない。彼らの勉強していたことは僕の手に余るから書けなかっただけで、その点は申し訳なく思っています。大学4年間の出来事を取捨選択し、圧縮して妄想を加えたものが『太陽の塔』で、あの世界は僕にとっても憧れなんです。この作品に限ったことではなく、僕は自分の憧れを書くタイプなんですよ。だから嫌いなタイプの女性キャラクターは書けなかったりするんですよね。
と語っておられます。その「創作」に共感してしまう僕って……と悲しくもなりますが、「自分の妄想に溺れてしまう人間」には「妄想を小説にする」ことはできないのでしょうね。
ここまでの僕の感想を読んで、「読んでみようかな」と興味を持たれた方には、ぜひオススメしたい作品です。