琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

火車 ☆☆☆☆


火車 (新潮文庫)

火車 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して―なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか?いったい彼女は何者なのか?謎を解く鍵は、カード会社の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。

 『ダ・ヴィンチ』2008年9月号の「宮部みゆき特集」でも、さまざまな人が「宮部作品第1位」に挙げていた名作です。僕はなんとなく読み逃していて今回が初読。やっぱり、文庫で400頁オーバーとなると、ちょっと読むのに覚悟も必要ですし……

 実際は、読み始めてみるとほとんどノンストップで600頁を読み切ってしまうほど引き込まれる作品であり、この作品にこめられた「カード社会、情報化社会のやるせなさ」は非常に身につまされます。

「カードでキャッシングして、支払いに困り、サラ金にまで手を出す――このパターンで、借入が200万円、年利30%としますと、7年目で1600万円ぐらいにまで膨らむんですよ。それがこのカーブです」と、もう一度斜線をなぞった。
「私の依頼者のなかで、30代の男性で1200万円の負債を抱えていた人がいましたが、彼の場合、そのうちの900万円ぐらいは金利分でした。夜店のカルメラ焼きですな。どんどん膨らんでいくんです。そういう金利の怖さに、借りるときは気がつかない。キャッシング機械は、カードを差し込んだとき、金利の説明までしてくれませんからな」
 弁護士は、口元をしわしわと歪め、笑ったような顔をした。
「そう、そして、これが私の言う3つめのことにつながってきます。それは、教育を徹底すること。知識を広げること。先ほど、キャッシングした人が、最初はそれほど高いと思わなかったと言った、と申しましたな?」
「ええ。それを覚えていてくれと」

(中略)

「とりわけ、若い人たちがこのからくりにひっかかってしまう。消費者信用は、若年層の利用者の開拓に力を入れていますからね。企業はどの業界でもみんなそうだが、客には美味しいことしか言わんですよ。こっちが賢くなるしかないんです。それなのに、現状ではその部分がスポンと抜けている。大手都市銀行が最初に学生向けクレジットカードを出してから今年でちょうど20年目になりますが、その20年間に、どこの大学が、高校が、中学校が、このクレジット社会で正しくカードを使いこなしてゆくための指導をしましたか? これこそ、今するべきことなのに。都立高校では、卒業前の女子生徒を集めて化粧の講習をするそうですが、そんな洒落っ気があるのなら、クレジット社会に乗り出すための基礎知識を教える講習も、一緒に開くべきなんです」

 この作品が単行本として最初に出版されたのが1992年。つまり、この作品からさらに16年が経過しているのですが、いまだに「クレジット社会に乗り出すための基礎知識」は、学校では教えられていません。「住宅ローン」を組んでみると、ほんの数パーセントはずの金利でも、最終的に払う金額が数千万単位で違ってきます。
 まあ、いまの僕にとっては、この『火車』に書かれている「クレジット社会の怖さ」は、あまりにも自明のことになってしまって、この作品に対するインパクトはそんなに感じなかったのですが、それでも「じゃあ、この犯人にそれ以外の方法があったのか?」と考えると、ひたすらやるせなくなるばかりです。
 「弱者」が「弱者」を踏み台にしなければ生きられない社会というのは、本当にいたたまれない……
 宮部さんの作品は『名もなき毒』『模倣犯』など、まさに「時代の犯罪」を描いたものが多いため、なるべくリアルタイムで読んだほうが良いのではないかと思います。
 でも、多くの「テレビや週刊誌や新聞が情報源の人々」にとっては、現在でも『火車』に書かれている内容は「衝撃的」なはず。だって、多くのメディアでは、大手広告主である「消費者信用」の不興を買うような記事は、いまでも「黙殺」されているのですから。

リボ払いは悪魔(ブログが続かないわけ)
インターネットには、↑のような良質の警告がけっこうあるのですが、実際には、「カード破産する人」っていうのは、こういう記事を自分から見つけて読まないのだろうし、宮部さんの小説も「こんな分厚い本は、ちょっと……」と敬遠してしまうのでしょうね……
 僕が「消費者金融の怖さ」をあらためて思い知らされたのは、「借金は身を滅ぼす」というメールマガジンだったのですが、これは書籍化されてから、ネット上で無料では読めなくなってしまったのです。
 インターネット上の無償の情報も、それに価値が出てくると有償になって、敷居が高くなってしまうことが多いというのは、なんだか悲しいことですね。

 自分の身に降りかかったことを、そういう形でしか外に向けて「清算」できない人間というのはいるんだよ、と思った。智には、まだ話して聞かせてもわからないのだろう。だが、もう2、3年したら、きちんと教えておかなくてはなるまい。これから先、お前たちが背負って生きぬいてゆく社会には、「本来あるべき自分になれない」「本来持つべきものが持てない」という憤懣を、爆発的に、狂暴な力でもって清算する――という形で犯罪をおかす人間があまた満ちあふれることになるだとう、と。
 そのなかをどう生きてゆくか、その回答を探す試みは、まだ端緒についたばかりなのだということも。

 残念ながら、宮部さんの「予言」は見事に的中しています。そして、この本が書かれてから16年経っても、その「回答」が見つかりそうな気配すらないのですよね……


借金は身を滅ぼす

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