琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

床屋での会話の憂鬱


参考リンク:美容師や風俗嬢に会話は求められていない(はてな匿名ダイアリー)

↑のエントリや、このエントリへのブックマークコメントを読みながら、僕もいろんなことを思い出してしまいました。
といっても、風俗嬢との会話じゃないんですが。

僕はとにかく知らない人と話すのが苦手です。
いや、率直に言うと、知っている人とでも、あんまり意味の無い世間話とかしたくないんですよね。
「そんな時間があったら、本を読んだほうが『効率的』なんじゃないか?」とか考えてしまうのです。

でも、「世間話をしてくる人を拒絶して、相手の機嫌を損なうのも怖い」のですよね。
それで、イヤイヤながらも、表面上は愛想よく返事をして、あとで自己嫌悪に陥ったりもするのです。


僕は昔から、床屋が大の苦手でした。
椅子にじっと座って、逃げ場のない状態で話しかけられるもダメだし、僕みたいなカッコ悪くて面白味のないヘアスタイルの男の髪を切るのは、床屋さんもイヤだろうな、とか考えてしまうし。
そこで、腕はさておき、とにかく速く切って解放してくれるというのが、僕の「床屋選びの基準」なのです。
できれば、店に入って「いつもどおりで」の一言だけしか喋らなくていいような床屋が望ましい。

そういえば、就職してすぐ、床屋ですごく居心地の悪い体験をしたことがあります。
その床屋は、ビルの2階にあって、「シャンプー付き 1800円」くらいの「速い、安い、腕はよくわからんが、少なくとも上手くはない」という店だったのですが、そこの店長が、僕の髪を切りながら、しきりに話しかけてくるのです。

「お兄さん、どこの学校?」
「いえ、もう働いてます」
「ふうん、どこで働いているの?」
「ええ、まあちょっと……」
「何の仕事」
「いや……公務員です……」
「ふうん、公務員、ねえ。学校の先生かなんか?」
「いえ、ちがいます」
「そう。学校の先生かと思った。学校といえば、オレは昔悪かったもんね〜」

ああ、なんかイヤな流れです。
こういう場面で「医者です」って普通に言えない自意識過剰さが悲しい。
でも、「医者」とか言うと「すごいですね〜」か「病気相談」か、「医者なんてロクなもんじゃない」のいずれかのリアクションを引き起こすことがほとんどで、僕はどれも避けたいのです。
で、普段は「会社員」とか「公務員」とか答えることが多いです。「公務員」は、とりあえず噓じゃない職場に当時は勤めていましたし。

そして、ここから店長のオンステージが始まります。

「いや〜オレはほんと、悪かったよ〜学校なんか行かずに、バイクで走り回って、他の高校に行って、鉄パイプで気に入らない連中や先生をボコボコにしたり、女の子と遊んだり。あの頃は本当に楽しかったなあ。真面目に学校に行ってる連中が、信じられなかったよ〜勉強なんて、サッパリできなかったしねえ〜オレは、○○高校では、けっこう顔だったんだから。カッコいいだろ〜」

店長の「悪さ自慢」を聴かされながら、僕は「すごいですね〜」とか「そんなことまでやってたんですか」とか、必死に相槌を打っていました。
内心、「あーもう勘弁してくれ、僕はそういう『不良自慢』みたいなの、反吐が出るほど嫌いだし、僕がその『真面目に学校に行ってる連中』のひとりだったんだよ!」と毒づきながら。
あの話を聞かされている時間、そして、そんな話に興味もないどころか不愉快でしょうがないのに楽しげに相槌を打って見せようとしていた自分自身への不快感は、いまでも忘れられません。
だいたい、床屋って怖いよね。相手は刃物を僕の喉元にあてているわけだから、ちょっと怒らせたら、のどを掻き切られるかもしれない。

僕はこの風俗嬢の気持ちも、わからなくはないんですよ。
誰かと向かい合っているとき、「沈黙」って、けっこう辛いものです。
海外を旅行するときにいつも感じるのですが、「敵か味方かわからない人」がたくさんいる空間では、「ハロー!」って挨拶をすることによって、かなり不安が緩和されるんですよね。
ああ、すくなくとも、この人は敵じゃないというか、積極的に敵対しようという意思はなさそうだ、と。
実は、風俗嬢も、けっこう怖い仕事のはず。
裸で知らない男にマンツーマンで相対するわけだから、相手がちょっとヘンな気を起こしたら、傷つけられるリスクは十分にあります。
そういう「怖さ」を想像できなければ、「客はセックスさえできればいいんだから、黙っていればいいんだよ」って思うかもしれないけれど。

それにさ、やっぱり、風俗嬢だって、美容師だって、「セックスマシーンや散髪ロボットじゃなくて、『人間』として扱われたい」って思っているのではないかなあ。
「会話」っていうのは、とりあえず、「相手の存在をみとめている」状態でなければ、成り立たない。

美容師さんも同じような問題を抱えているということを知った。

接客中の会話もサービスの一つと考えている美容師さんはそこそこいるらしいが、

「自分の事を聞かれたくないから話しかけないでほしい」という客は結構多いらしい。

かといって、美容師の仕事の話や私生活の話をしたら、「興味ないから聞きたくない」というくせにね。


医者でも弁護士でもタクシーの運転手でも何でもそうだろう。



客はお金を払って技術的なサービスを受けることのみを望んでおり、

それ以外の会話を持ちかけられると、

気力や精神力あるいは情報という自分の資源を略奪されていると感じるのであろう。

これを読んで、僕はけっこう驚いたんですよ、実は。
相手が話しかけてくることに対して、「興味ないから聞きたくない」って、はっきり意思表示できる人が、そんなにいるのか、って。
僕だったら、その場は愛想よく接して、もうその店には二度と行かない、それだけだと思います。
「お前の話なんて聞きたくない」って言えるのは、すごく勇敢な行動です。

僕は、話しかけられると、「気力や精神力あるいは情報という自分の資源を略奪されていると感じる」というよりは、「自分と全く違う価値観を持つ人の話を、逃げられない状態で聞かされるのは辛いし、それを辛いと感じてしまう自分がイヤになってしまう」のですよね。要するに「他人に、否定されたり、媚びられたりするのが怖い」のです。不粋なことを言って軽蔑されるよりは、黙っていたい。
ヤンキートークに頷かされるくらいなら、話しかけないでほしい。
でも、話しかけられたら、無視したり、相手の話を全否定したりするのは「失礼」だと思ってしまう。

いろんな作家や芸能人って、むしろ、「タクシーの運転手さんから、面白い話を聞きだしてしまう」タイプの人が多いように思います。
そういう「外に向かって、開いている」人のほうが、たぶん、人生を楽しめているんだろうなあ。
世の中には、「あの風俗嬢は、ずっと黙っていて愛想がない」とか、「タクシーの運転手は、客に話しかけずに、ずっとムスッとしている」なんていう「評価」をする人もいます。
結局のところ、「接客に王道なし」なんですよね。
僕の理想としては、「僕には話しかけずに、その分のストレスを、『話して欲しい客』で解消してほしい」のですが……

しかしまあ、そう考えると、「世間話」っていうのが無くならないのも、わかるような気がします。
結局のところ、ああいう「ほとんど意味はないんだけど、とりあえず『会話』をしたという事実がつくれる儀式」っていうのは、沈黙も、ディープなヤンキートークに付き合わされるのも嫌な僕のような人間にとっては、まさに「最適な落としどころ」なのかもしれません。
「ロボット床屋やロボットタクシーが、はやく普及してくれるといいなあ」というのが、僕の本心なんですけどね。

そうそう、こういうことを書くと、「お前はよくそんなんで医者とかやってられるな、やめちまえ!」という温かい声援をおくってくださる方がいらっしゃるのですが、不思議なことに「医者と患者」みたいに、ある程度、お互いの役割が決まっている状況だと、会話に苦労することって、そんなに無いんですよね。お互いに「目的」を共有できる状況であれば、コミュニケーションというのは、それなりにできるもののようです。
もちろん、「そういう肩書の関係じゃなくて、人間対人間のつきあいを!」なんていう人もいるわけですが、僕はそういうのは、全然ダメです。
実際は、そういうタイプの患者さんは、ほとんどいませんしね。それだと患者さん側も疲れるんじゃないかな、たぶん。

参考リンクの風俗嬢さんの場合は、悩みのあまり、「お客さんを楽しませる」という本来の職務を忘れてしまい、「うまく会話をすること」が主目的になっているのが問題なのかもしれません。
そういうのを臨機応変にやるっていうのは、すごく難しいことではあるし、それができる人なんて、どの世界でも、ほんのひとにぎりの「サービスの達人」だけなんですけどね。

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