はやぶさ、そうまでして君は〜生みの親がはじめて明かすプロジェクト秘話
- 作者: 川口淳一郎
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2010/12/10
- メディア: 単行本
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内容紹介
「大気再突入で燃え尽きてしまう運命であるにもかかわらず、どうして君は、これほどまでに指令に応えてくれるのか」「小惑星探査機はやぶさ」の生みの親である川口淳一郎教授が、JAXAのホームページに寄せたはやぶさへのメッセージです。2009年11月、すべてのイオンエンジンの寿命がつき、地球帰還を目前に運用停止に追い込まれたのち、奇跡的にエンジンが復活したとき、川口教授は深い愛情と熱い想いをメッセージに込めたのです。本書はプロジェクトをゼロから進めてきた川口教授による、「はやぶさ」のすべてがわかる初めての著書です。
内容(「BOOK」データベースより)
人類初の快挙、サンプル回収に成功!「はやぶさ」生みの親・川口教授がはじめてすべてをつづった!日本の宇宙開発の歴史を変えた、前人未到のプロジェクトの全容がここに。
この本を最初に書店で見かけたとき、僕は内心「プロジェクトマネージャーの川口教授が自分で書かれたとはいえ、字が大きくて二百数十ページくらいだし、ブームに乗って強引につくられた「関連本」なのではないか、と思ったのです。
『はやぶさ』の偉業は、すでにネット上では語り尽くされている感がありましたし、『はやぶさ』関連本には、もっと分厚くて細かいことがたくさん書いてある本もありましたし。
しかしながら、この本を読んでみて、僕は、著者である川口教授、そして、当事者として『はやぶさ』と7年間をともにしてきた人たちの「想い」が少し理解できたような気がしました。
こういう気持ちには、他の「関連書籍」を読んだときには、ならなかったんですよね。
この本は、かなり易しく、簡潔に書かれていて、それはたぶん、「『はやぶさ』のことを、もっと多くの人たちに知ってもらいたい、わかってもらいたい」という川口教授の気持ちからなのでしょう。
類書と比べると、そんなに情報量が多いわけではありませんし、NHKの『プロジェクトX』みたいに、人間ドラマを前面に出して、読者に感動を呼び起こす書きかたがされているわけでもありません。
むしろ、淡々と、「そのとき『はやぶさ』に起こったこと」と、「それに対して、川口さんをはじめとするスタッフは、どのように対処していったのか」が書かれています。
僕はこの本を読むまで、「宇宙への無人機の旅」というのは、「最初にプログラムをきちんと組んで、あとはそれを見守るだけ」なのだと思っていたのですが、実際には出発後に多くの不確定要素があり、その場その場で判断していかなければならないのです。
とはいっても、地球から出した指令は宇宙の彼方の『はやぶさ』に届くまでには当然時間がかかり、それがまた運用に困難を生み出していきます。
小惑星に到着して、表面にタッチダウンを行うときは、ある高度から下では、完全な自律航法を行う必要があります。3億キロ彼方の「はやぶさ」に信号を送っても、通信には往復で30分以上、簡単な処理を入れると40分近くもかかってしまうため、精度の高い誘導はとてもできないからです。毎秒1センチの誤差でも、信号の往復に2000秒以上かかるとすると、その間にプラス/マイナス20メートルずれてしまう。毎秒1ミリ程度の精度でコントロールできなければ、まったく見当違いのところに着地するか、障害物に衝突して破損する可能性が高い。着陸地点に定めたイトカワ上の「ミューゼスの海」の幅は40メートルくらいしかないのです。
「はやぶさ」は4つの斜め方向の距離を測定できるレーザー距離計を駆使して、小惑星との距離を測り、かつ表面に対して水平を保つように姿勢を制御しながら、少しずつ着地へと向かいます。さらにイトカワ表面にターゲットマーカーを投下し、それに向かって自動制御させるのです。このとき、「はやぶさ」は自分の目、そして全身の感覚を使い、考えながら動いています。それも3億キロの彼方で。そんな途方もない計画に我々は挑もうとしていました。これが目指した自律性です。
しかも、電波光学複合航法も自律航法も、宇宙空間での試験は降下練習くらいしかできないため、いってみれば「出たとこ勝負」に近い面もあります。理論上は完璧でしたが、いくら計算やシミュレーションで成功しても、それが本番での成功を保証してくれるわけではありません。
『はやぶさ』のさまざまな困難を乗り越えての「イトカワ」への旅は、「奇跡」と称されることが多いのですが、僕があらためて思い知らされたのは、「奇跡」というのは、起こるものではなく、生み出されるものなのだ、ということでした、
『はやぶさ』のスタッフは、さまざまな「起こりうる事態」を想定し尽くして、『はやぶさ』のシステムをつくりあげ、そして、「想定外の事態」に対しても、「いま、ここで使えるもの」と最大限に利用し、知恵を絞って、なんとか満身創痍の『はやぶさ』を動かし続けます。
『はやぶさ』には、イオンエンジンをはじめとする、最新鋭の設備が搭載されているのですが、重量の問題もあり、「完璧なバックアップシステム」を準備するわけにはいきませんでした。
そもそも、現在の人間の知力で、宇宙空間における「完璧なバックアップシステム」をつくり上げるのは不可能でしょうし。
もちろん、『はやぶさ』には、「低い確率に賭けなければならない、危険な状況」がいくつもありましたし、「イトカワ」で検体採取用の弾丸が発射されなかったというような、「大きなエラー」もありました。
それでも、この「日本発の壮大なミッション」は、結果的に大成功をおさめたと言えるでしょう。
それを支えたのは、「関係者の人知を尽くした努力」と「ほんの少しの幸運」だったのです。
記者会見で全エンジンが寿命を迎えてしまったことを発表しつつも、私は一つの腹案を実行に移す決意を固めていました。それは、複数のエンジンのイオン源と中和器を連動させて運転する方法です。打ち上げ前から原理的には可能だと認識はされていた案ですが、2009年の夏頃からは、迫りくるエンジンの寿命を見て、いずれこの方法を試すことになるだろうと、國中さんらイオンエンジングループと話していました。いずれかのエンジンが動いている間は、とにかくそれを使い切ろうという作戦でしたが、いよいよそのときがきたのです。
イオンエンジンの開発を担当した國中さんらに、回路の確認とこの連動運転の可能性を検討するよう指示したところ、翌日、その結果はただちに帰ってきました。
「回路上は、連動運転は可能です」
國中さんとNECの堀内康男さんたちの説明を聞いて、私は最初、どうしてそんな原理として明らかなことを言うのか、腑に落ちませんでした。
「バイパスダイオードが入っているので……」
はじめて聞く内容でした。堀内さんは、ひょっとしたら役に立つかもしれないと思い、開発の最後の最後に、一つの回路を加えていたというのです。打ち上げ前の慌ただしい時期でもあり、使う可能性もほとんどないだろうと、私には報告していなかったのかもしれません。私は、原理的に連動運転はできるだろうというだけの浅い認識でいたので、バイパス回路の必要性を認識していませんでした。アクションを指示していながら、情けないことです。
「天は自ら助くる者を助く」という言葉がありますが、『はやぶさ』というミッションを成功に導いたのは、ドラマチックな幸運ではなく、名前も知られていない人を含む、スタッフの地道な献身でした。
どんな宇宙開発のミッションでも、みんな同じように努力をしているわけで、『はやぶさ』には、やはり、「幸運」があったのは事実なのでしょうけど。
川口教授は、『はやぶさ』帰還のときのことを、このように記しています。
研究室のデスクに座り、パソコンを立ち上げると、インターネット中継の画面に無数の星がまたたく夜空が映されていました。しばらくすると、緞帳が上がったステージを、ひと筋のスポットライトで照らしたように、細い光のラインがモニター上に走ります。打ち上げて以来、はじめて目にする「はやぶさ」です。
声をかけようとしましたが、思うように口が動きません。次の瞬間、輝くラインの先頭に、打ち上げ花火のような大きな光の球が生まれ、雲を明るく浮かびあがらせながら、ぱあっとはじけたかと思うと、ばらばらに散りながら、夜空に消えていきました。爆発したように見えたのは、「はやぶさ」に最後まで残っていたキセノンと酸化剤タンクの爆発だったはずです。その瞬間、過酷なミッションから解き放たれた「はやぶさ」は、私の記憶のなかで永遠に羽ばたく不死鳥になりました。
光が生まれ、大きく輝き、ばらばらに砕けるまで、出来事は一瞬です。最初、私は思わず画面から目を背けそうになりました。とでも見ていられない。覚悟していたつもりでしたが、「はやぶさ」が燃え尽きることに耐えられない。けれど、最後まで見送ってあげなければ、ここまでがんばった「はやぶさ」に対して失礼だろう。そう思い直し、一部始終を目に焼き付けました。曇った視界を、何度も拭いながら。
これを読んだあと、あらためて、『はやぶさ』帰還の映像を観ると、やはり、感慨深いものがありますね。
宇宙開発には、『はやぶさ』のような「打ち上げから帰還まで、7年間もかかるミッション」もあれば、打ち上げ担当者が生きているうちには、結果が出ないようなミッション」すらあります。
日々の仕事に追われていると、つい、すぐそこにある目標のことばかり考えてしまいますが、こういう「人類の未来につないでいくための研究」を大事に続けている人たちもいるのです。
本書は「はやぶさ」プロジェクトの発端から、開発、打ち上げ、そして7年間の航海の間、私が何を考え、どのように運用してきたかを私なりの思いを込めて書きつづったものです。
「はやぶさ」のプロジェクトで目指したものは、もちろん技術実証もありますが、次代を担う人材を育成することです。宇宙や科学技術にはまだまだ夢があるんだと示すことで、若い方に希望を与えたい。子どもにもその親にも、宇宙開発や科学技術に少しでも関心をもってもらいたい。「はやぶさ」で刺激を受けた子どもたちが、たとえその後、宇宙を目指さなくても、どんなジャンルでもいいので、新しい知的な挑戦を志すようになってくれれば、一技術者として、これほどうれしいことはありません。本書がそのきっかけになれば幸いです。
『はやぶさ』は燃え尽きてしまったけれど、「『はやぶさ』を見て、宇宙や科学に興味を持った子供たちが、いつか、『はやぶさ』のつくった道を歩み、『はやぶさ』を超えていく。
悲観的な未来ばかりが語られる今の世の中ですが、それを求める人間がいるかぎり、「希望」は、必ずそこにあるのです。