琥珀色の戯言

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【読書感想】ヤラセと情熱 水曜スペシャル『川口浩探検隊』の真実 ☆☆☆☆☆


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70年代後半から80年代にかけ、世界を股にかけ、未知の生物や未踏の秘境を求めた男たち。それが川口浩探検隊。ヤラセだとのそしりを受け、一笑に付されることもあったこの番組の「真実」を捜し求めるノンフィクション。当時の隊員たちは、どのような信念で制作し、視聴者である我々はこの番組をどのように解釈してきたのか。そして、ヤラセとは何か、演出とは何か。当事者の証言から、テレビの本質にまで踏み込む危険な探検録。


 「川口浩探検隊」が『水曜スペシャル』で放送されていた頃は、まだ家庭用ビデオデッキもほとんど普及しておらず(というか、ビデオデッキが登場したときには、番組を「録画」できること自体に驚いたものです、どうしてこんなことができるんだろう?って)、水曜日の夜は、家族でテレビの前に集まって、この番組を観ていた記憶があります。
 とくに、僕の父親がこの番組の大ファンで、朝から新聞のテレビ欄を確認して「今日は探検隊の日だな」と嬉しそうに子どもたちに告げていたんですよね。

 父はこの番組を「リアル探検もの」だと思って楽しみにしていたのか、「ネタ」として面白がっていたのか?
 思い返すと、なんとなく後者のような気がするのですが、本人が亡くなった今となっては、確認する術はありません。
 僕は、昔からヘビが大嫌いで、一度通学路でヘビを見て以来、その道をずっと避けていたくらいなのですが、「探検隊」は大好きで、「うわー、ヘビだらけだ、こんな島、絶対に行きたくない……」と思いながら「怖いもの見たさ」で見続けていました。
 原始猿人バーゴンが「保護」されたときには、「わざわざ捕まえなくてもいいのに」と思いましたし、「なんでこんな大発見が新聞に載らないのだろう」という疑問もありました。
 まあでも、「なぜ?」というところは数々ありつつ、この番組を楽しんではいたのです。
 ジャングルを歩くときの、やたらと緊張感を高めるような音楽も効果的だったんだよなあ。

水曜スペシャル』とは1976(昭和51)年から水曜夜7時30分に放送された90分枠のテレビ番組である。1986年まで続いた。放送内容はバラエティもあればスポーツもありドキュメントもある。週ごとに内容が替わるまさにスペシャル枠。定番のシリーズも生まれた。抜群の人気を集めたのが俳優の川口浩を隊長として探検を繰り広げる「川口浩探検シリーズ」である。
 未開の地や伝説の生物を捜索する川口浩探検隊。世界中の秘境を踏破し、巨大怪鳥ギャロン、幻の魔獣バラナーゴ、石器裸族タオパントゥなどを捜索した。
 まずオープニングからたまらない。「戦慄!毒蛇の猛襲!」など赤い毒々しいテロップが画面いっぱいに映し出され、「怪獣か!怪蛇か!」と迫る。そこへ田中信夫の名ナレーションが響き渡り、BGMとしてアメリカのテレビドラマ『特別狙撃隊S.W.A.T.』の「反逆のテーマ」などが流される。これだけで子どもは興奮して画面に釘付けになってしまう。そこでクライマックス。多くの回で、遂に未知の怪物を見つけるのか!? という混沌の時「だが非情にも我々にゆるされた時間が終わるときが来たのだ」と田中信夫がゆっくりと語り始めるのだ。と同時に映画『ロッキー』のクライマックスでもお馴染み「Going The Distance」が格調高く聞こえてくる。いつしか画面はボートに乗って夕陽に映える川口浩隊長の横顔のアップになる。この感動的なエンディングに「次も頼むぞ……」と小学生の私は思っていたのである。


 あれから40年くらい経ち、そろそろ「時効」だろうということで、当時の関係者が『川口浩探検隊』の舞台裏を明かしてくれています。「『バーゴン』の回はさすがにやりすぎだった」というような話も出てくるのです。
 読んでいると、番組を観ていた当時のことが頭に浮かんできて、久しぶりに亡くなった父親がまだ今の僕よりもずっと若かった頃のことを思い出しました。もしかしたら、父親は「探検隊」そのものよりも、「『探検隊』を観ている子どもたち」を見るのが好きだったのではないかなあ。

 探検隊が見つけた謎の少数民族が「仕込み」だったり、「双頭の大蛇」は、釣り糸で縫い付けられたりしていたのです。
 しかしながら、当時のスタッフの話を読むと、ターゲットは「作りもの」だったとしても、未開のジャングルの奥地に大勢のスタッフで辿り着き、視聴者を興奮させる映像を撮るというのは、かなり大変なミッションであったことがわかります。


 放送作家の藤岡俊幸さんは、若かりし頃に携わった「探検隊」についてこんな話をされています(「」内が藤岡さんの発言です)。

 ヘビと言えば「恐怖! 双頭の巨大怪蛇ゴーグ!」(1982年5月12日放送)という傑作回がある。ゴーグを探し求めるうちに、隊員達は地下がヘビだらけの寺院にたどり着いてしまう。地下一面がヘビ、ヘビ、ヘビ。番組屈指のインパクトがあるシーンだ。

「タイにはヘビ屋という専門家がいるんです。その人に全部仕込んでもらって何百匹っていうヘビを用意するんですよ。会議で出たアイディアでしたね。でもね、専門家は付いてるけど用意した無数のヘビには猛毒がありますからね。実際に何が起こるかはわからない。でも我々隊員はディレクターから『行け!』って言われてしまう(笑)。上からヘビが降ってくるわけだから。現場は修羅場ですよ」

”嘘”のなかで起きる”本当”。私が唸ってしまったのは藤岡が現場でのAD仕事を我々に説明しているときに「ロケの途中にガラガラヘビが道を塞いでいたら、ADはそいつを捕まえて排除しなくちゃいけない」と言ったときだ。
 藤岡は当然のように言っていたが、よく考えたらすごいことである。カメラが回ってからの安全のために、カメラが回っていないところでは危険な冒険のような状況が普通に存在している。もはや探検隊のロケはどこからが探検でどこからが探検かわからない。嘘と本当が混然となっている摩訶不思議な空間。

「危険な目にはたくさん遭いますよ。僕が一番危ない思いをしたのはベネズエラだったかな。渓流みたいな急な流れの川があるんですよ。で、そこに落ちるっていうシーン。泳ぎは得意なんですが、探検服着て登山靴履いてるじゃないですか。あれで飛び込んだら、重たくて泳げないし、死ぬかと思いましたよ、ホント」

 リハや段取りはないのだろうか。

「イケるだろうみたいな前提で全部やっていく(笑)。だから飛び込んで死にそうになっている映像は真実なんですよ」


 グランドキャニオンを降りていくシーンの練習のため、ロープを使ってテレビ朝日の近くの5メートルくらいの壁を降りて「準備」をしたら、本番は200メートルの懸垂下降だった、ということもあったそうです。
 あの「隊員」たちは、冒険のプロや熟練者ではなく、番組スタッフが探検服を着て出演していたのです。

 よく誰も死ななかったな……

 そんな命懸けのことを「面白い番組をつくるために」命じる人がいて、それを当たり前のこととして受け入れるスタッフがいる時代があったのです。
 「怪蛇ゴーグ」は実在しなくても、道中には無数の毒蛇が出てきて、「仕込まれたもの」とはいえ猛毒があります。
 ヘビが苦手な僕には、絶対に耐えられない状況です。
「演出」で強調されたり、フェイクが混ぜられたりはしているけれど、「危ないことを実際にやっている」のは間違いありません。

 今の感覚でいうと、「だからといって、視聴者に事実と誤認させるような番組づくりは許されない」のだと思います。
 『探検隊』が終わったのも、「アフタヌーンショーヤラセ事件」の影響が大きかったことを、著者はこの本のなかで検証しています。
 でもそれは「報道」の話で、「ドキュメンタリーとエンターテインメントの境界」にあった『探検隊』にもあてはめるべきなのか?

 探検隊は、少なくとも番組内では「これはフィクションです」と公言してはいませんでした。
 最近も出演者の自殺という事件が起こった「リアリティショー」のひとつの源流でもあるのです。
 この本によると、「アフタヌーンショーヤラセ事件」を受けて、『探検隊』も、最後に「ネタばらしの特番をやろう」という話が具体化しつつあったそうです。川口浩隊長の病気もあって、実現できなかった、とのことですが。
 「みんなわかっているかもしれないけれど、あえて明言はしなかった」からこそ、水曜スペシャルは、こうして「伝説」になっているのではないか、とも思います。


 川口浩探検隊の隊員だった会田昌弘さんと渡辺達朗さんは、こう仰っています。

「テレ朝は再放送していいと思うんですよ。観てる側はもうわかってますから。こんな演出をやってたんだってパロディとして観ることがもうできますから」(会田)
 パロディとして見る。さらに、メタ的に川口浩探検隊を振り返るだけでなく、海外ロケ番組の源流として振り返ることもできる。
「探検隊を始めて、その構成に加わった作家さんたちがのちに作ったのが、『なるほど!ザ・ワールド』であり『世界ふしぎ発見!』。『世界ふしぎ発見!』は藤岡さんで、『なるほど!ザ・ワールド』はウザワさんっていう方ですけどね。世界中には面白いものがたくさんあるってことを知った探検隊の人たちが、テレビの中で秘境だったり世界の情勢を紹介していく番組をつくる先駆け的な存在になったんじゃないかなと思いますけどね」(渡辺)
「やっぱり喜んでる顔が見たいんですよ。自分が面白いことを言いたいっていうよりも、人が喜んでくれる顔が見たいんですよ」(会田)


 川口浩探検隊には、「面白い番組をつくる」ために、ここまでやるのか!というエピソードが満載なのです。
 この番組で、海外の「秘境」の魅力や、ロケのやりかた、面白く観てもらえる伝えかたを学んだテレビマンたちが、その後の「海外ロケ番組」の全盛期を築いて行ったのです。
 でも、最初に「これはフィクションです」ってテロップが出ていたら、全く同じ内容でも、ここまでの人気番組になったかどうか。
 明示されていなくても視聴者はわかるだろう、というのは「視聴者のリテラシーに期待しすぎ」のような気もするのです。
 そういう「曖昧さ」こそが、この番組や勢いがあった時代のテレビ番組の魅力でもありました。

 「コンプライアンスに厳しくなったおかげで、テレビはつまらなくなった」と言う人もいれば、「面白くするために、嘘をつくことを許していてはキリがなくなってしまう」と警鐘を鳴らす人もいる。困ったことに、多くの視聴者は、そのどちらかの陣営に属しているというわけではなく、その両方の感情を併せ持っていて、そのときの状況や自分や周囲の反応で、どちらにも転んでしまうのです。

 「メディアのヤラセと演出についての彷徨」をたどってもいいし、「懐かしい『川口浩探検隊』の思い出話」として楽しんでもいい、そんな証言を集めた本だと思います(僕は後者でした)。


fujipon.hatenablog.com
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