琥珀色の戯言

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ちあきなおみに会いたい。 ☆☆☆☆


ちあきなおみに会いたい。【徳間文庫】

ちあきなおみに会いたい。【徳間文庫】

内容(「BOOK」データベースより)
夫の死とともにちあきなおみが表舞台を去って20年、レコード大賞を受賞した「喝采」の発表から40年となる2012年、今なお復活が希求される伝説の歌姫はどんな生き様を経てきたのか、今どこでどうしているのか―。船村徹中村泰士、吉田旺、美川憲一こまどり姉妹友川かずき杉本眞人らの証言からちあきの人間像に肉迫するドキュメント。

書店に寄り道をする前、カーステレオで流していたラジオ番組で、ちょうど『喝采』がリクエストされていたのです。
それで、これも何かの縁じゃないかと、この文庫を購入。


率直に言って、僕はちあきなおみさんをリアルタイムで観た記憶がほとんどありませんし、曲も、「レコード大賞回顧」で必ずと言っていいほど採り上げられる『喝采』以外は、全然記憶になかったのです。
21世紀になってから発売された、1万円以上もするCDボックスセットが、10万セットを越えるような大ヒットとなっていたり、北野武さんや桑田圭祐さんが、ちあきなおみさんの大ファンだったということも知りませんでした。
そもそも、ラジオから流れてきた『喝采』も、「なんか私小説みたいな歌だなあ」というくらいの印象でしたし。


それでも、この本を読んでいると、昭和の後期に活躍した「ちあきなおみ」という「伝説化してしまった歌手」のことに、すごく興味がわいてきたのです。
そしてこの本、「ちあきなおみ」というひとりの天才歌手を軸にした、昭和の歌謡史として読むこともできます。

 昭和歌謡に数多くの名曲を残した作詞家の阿久悠は、昨今のカラオケブームの弊害として「『歌い歌』ばかりが氾濫し、『聴かせ歌』がなくなった」と嘆いたが、ちあきと日吉(ミミ)は共に歌わせることを前提としない「聴かせ歌」の歌い手であったといえよう。

ちあきなおみという人が、こうして「伝説」となったのは、まさに「聴かせ歌」を歌い続けていたから、なのかもしれません。


この本では、名曲『喝采』の誕生と、この曲がレコード大賞を受賞するまでの話が詳細に書かれています。

「喝采」という曲は印象的なフレーズの多面体である。聴き手によって鮮烈な記憶となる箇所がこれほど異なる歌も珍しい。サビの「あれは三年前」だったり、唱い出しの「いつものように幕が開き」だったり、「ひなびた町の昼下がり」だったり、「今日も恋の歌 うたってる」だったり、この取材の過程でも会う人それぞれが別のフレーズを口ずさむ場面に出くわした。ただ、誰もが思うのは「黒いふちどり」という表現に関する違和感だった。そんなざらつきはしかし、「喝采」を「喝采」たらしめる大きな要素である。
「レコード会社にも事務所にも『黒いふちどり』ってのは縁起でもないと猛反対されました。でも、ここはどうしても譲れない。まだ駆け出しの作詞家の私でしたが、そこは死守しました。天下のコロムビアに対して『喪に関する言葉は水商売の世界じゃ縁起がいいんですよ』とまで主張したんですから」
 こう「作詞家の矜持」を語る吉田旺は、叙勲の年齢に達しながらも志はいまだ青雲のごとく若々しい。このフレーズをめぐっては、若き中村泰士も激しく火花を散らした。
「メロディができて、『ひなびた町の昼下がり』ってイメージ詞をつけて吉田さんに渡したんですよ。そしたら『黒いふちどり』ってフレーズ……いくら別れの歌でも殺す必要はないんじゃないかと、ものすごく抵抗した。吉田さんに外してほしいって言ったけど『いや、ここが核だから』って聞き入れてもらえなかった」

『喝采』という曲のなかで、この「黒いふちどり」(訃報であることを意味している)という言葉は、僕にとってもたしかに「引っかかる」ものがありました。
それにしても、曲をつくる人たちというのは、こういうひとつの言葉にも、ここまでこだわるものなのだなあ、と。
そして、名曲には、たしかにそんな「ざらつき」が必要なのかもしれません。

「第14回日本レコード大賞は……『喝采』を歌ったちあきなおみ!」
 高橋圭三の名調子に乗せ、ちあきが歌謡界の頂点に立った。実は高橋も、審査結果の入った封を開けた瞬間「えっ?」という顔をしたと伝えられる。まさに史上に残る逆転劇だったのだ。

僕はこの回のレコード大賞をリアルタイムでは観ていないのですが、この本を読むと、少なくとも当時のレコード大賞は、それぞれのレコード会社の「駆け引き」はあったものの「やらせ」や「デキレース」ではなかったようです。
その後は、「なんでこんな売れていない歌が『大賞』?」なんていう結果が目立つようになり、「賞レース辞退」の歌手も増えていきました。
でもまあ、いまとなっては、レコード会社の「伝説」となったこの逆転劇も、当時の人にとっては、「なんで『瀬戸の花嫁』じゃないの?これって裏があるのでは?』という感じだったのかもしれませんね。


高倉健さんは、ちあきなおみさんの大ファンだそうなのですが、その高倉さんとちあきさんは、『居酒屋兆治』という映画で共演しています。
その映画の降旗康男監督は、ちあきさんをこんなふうに評していたそうです。

「歌もうまいし存在感がある。健さんと似ていて、ただそこにいるだけでいいという人」


巻末のディスコグラフィをみてみたら、ちあきさんの曲で「大ヒットした」といえるのは、『喝采』だけなんですね。
にもかかわらず、夫の死をきっかけに、表舞台に立たなくなってから20年ものあいだ、ちあきさんの存在が忘れられることはありませんでした。
むしろ、姿を消してしまったことが、「存在感」を増してしまったようにも思われます。

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