- 作者: 小野俊哉
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/03/15
- メディア: 単行本
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内容(「BOOK」データベースより)
「あと少し」まで行った打者は何人かいるが、戦後プロ野球で「夢の4割打者」は誕生していない。しかし、日米の歴代ヒットメーカーの成績を徹底調査すると、決して不可能な数字ではないことが分かってくる。「俊足」は絶対条件ではなく、キーポイントは「対右投手」「四球」「固め打ち」だ。超絶的なデータ分析から見えてくるプロ野球の奥深い真実。
昨年、1シーズンのホームラン数日本記録が、ヤクルトのバレンティン選手によって、ついに更新されました。
これまでは、王貞治さんの記録が「聖域化」してしまっていたこともあり、タイ記録まではいくものの、なかなか更新されなかったのですが、とうとう、新しい記録が生まれたのです。
しかも、これまでの1シーズン55本から、一気に60本という大幅な記録更新。
記録というものは、いつかは破られる宿命を持っているはず、ですし、ありえない、と思われるような記録が達成された瞬間を、僕もそんなに長くもない人生のなかで、何度か目の当たりにしてきました。
しかしながら、「4割打者」をリアルタイムで観たことはありません。
最近では、イチロー選手がオリックス時代に、しばらく4割をキープしていた記憶があるのですが、残念ながら、シーズンを通じての4割達成には至りませんでした。
1941年。
アメリカのメジャーリーグでは歴史に刻まれる大記録がふたつ誕生していました。
ひとつはヤンキースのジョー・ディマジオによるものです。5月15日から7月16日まで安打を続け、56試合連続安打という金字塔を打ち立てたこと。ディマジオは打点王を獲得し、チームをリーグ優勝に導いたことが評価され、MVPに選出されました。
もうひとつがレッドソックスのテッド・ウィリアムズが.406を記録。すなわち打率4割を残したことです。
打率4割については1930年にニューヨーク・ジャイアンツ(のちサンフランシスコへ移転)のビル・テリーが.401を打って以来11年ぶりだったものの、タイ・カップ、ジョージ・シスラー、ロジャース・ホーンスビーなどすでに7人が20世紀に達成した実績がありました。10年も待てばまた誰かが打つだろう――。ウィリアムズだけでなく、ファンもマスコミもそう考えていたのです。
しかし昨年(2013年)で72年が経過しました。挑戦者が現れては消え、「ウィリアムズの再来か」と騒がれては、4割達成寸前に失速。どんな巧打者でも、最後は打率がお辞儀をしてしまうのです。
戦後のメジャーリーグ最高打率は、1994年にパドレスのトニー・グウィンが記録した.394。
この年は、選手会のストライキによって、シーズン途中で打ち切りになってしまいました。
21世紀では、イチロー選手がシアトル・マリナーズ時代の2004年にシーズン262安打(世界新記録)を達成しましたが、年間打率は.372。
1941年には「10年に一度くらいの記録」だと思われていたのに、結局、テッド・ウィリアムズを最後に「4割打者」はメジャーリーグでも、日本プロ野球でも出ていないのです。
というか、日本のプロ野球の歴史では「4割打者」そのものがいないのです。
著者は、さまざまなデータを駆使して「4割を打てる可能性」と、「4割を打つには、どうすればいいのか?」「今後4割を打つとすれば、どの選手なのか?」を分析しています。
ただ、この本を読んでいくと、「4割は打てる!(でも、実現するのは、かなり難しい……)」と感じてしまうのも事実です。
1941年と比べると、現在はピッチャーが投げる変化球の球種は多彩になりましたし、分業制のため、試合後半でバテたピッチャーから固め打ち、というのも難しい。シーズンの試合数が増え、シーズン終盤では疲れからパフォーマンスが落ちてしまいがちです。
それに、2012年シーズンまで採用されていた「飛ばないボールの使用」なんていう、一選手の力ではどうしようもない状況の変化もあります。
著者は、さまざまなデータを分析しつつ、「4割への道」を模索しています。
打率を上げるにはヒットが多く必要です。まして4割を維持するのですから打って打って、打ち込んでいかなくてはならない。ファンも選手もそう考えるのが普通です。
ところが、1941年のテッド・ウィリアムズは「打たずに4割を達成した」と表現して間違いではないのです。
打たずに4割を打つとはどういうことか。
8人による13例の4割は、多くが140試合から150試合前後の出場で成し遂げられています。ウィリアムズも143試合ですから例外ではありません。他の達成者と同じです。
しかし安打数に着目してみてください。唯一200安打をせず、たったの185安打で4割を達成しているのです。
打率.406の内訳を見ると、143試合、456打数185安打。例えば2013年プロ野球の両リーグ首位打者はソフトバンクの長谷川勇也(打率.341)、横浜DeNAのブランコ(打率.333)であり、それぞれ144試合で580打数198安打、134試合で483打数161安打です。
さてウィリアムズが打率を維持した秘訣はどこにあるのか。
四球が多いことにあるのです。
(中略)
前半戦70試合では96安打に対して55四球でしたが、後半戦の73試合が89安打に対して92四球。ついには安打を追い越しているのです。すなわち四球によって打数が小さくなり、打率を押し上げているのです。
打率は(安打÷打数)の計算をします。四球は打数に含まれません。打率計算と無関係のように思えますが、四球が増えると分母になる打数の増加が抑制され、打率が落ちない効果を生むのです。ウィリアムズが達成した.406のからくりは、ここに潜んでいると考えていいでしょう。
僕のイメージでは、高い打率を残すのは、俊足巧打で、当たりそこねでも、内野安打を稼げるような選手。まさにイチロー選手のようなタイプだったのですが、著者は、イチロー選手の実力は認めながらも、「四球をあまり稼げないことが、イチローにとってはネックになっている」と述べています。
イチロー選手は俊足で内野安打が多いし、選球眼だって悪くはないと思うのだけれども、「塁に出たら盗塁できる足があり、しかも、長打は比較的少ない」という選手です。
その場合、ピッチャーは「四球なら100%出塁されて、盗塁までされる可能性が高い。でも、勝負すれば、打ち損じもあるだろうし、ヒットを打たれても四球と結果は同じだから」と、積極的にストライクゾーンに投げてくることが多いのです。
相手がストライクゾーンで勝負してくれば、そんなに四球は稼げない。
イチロー選手自身のバッティングスタイルも、四球を選んでいくというよりは、「どんな球でもうまく打ち返してみせる」タイプですしね。
長打があって、あんまり足が早くない強打者のほうが、「ホームランを打たれるよりは、歩かせたほうがいいや。ランナーになっても走ってこないだろうし」と、四球で勝負を避けられることが多くなるんですね。
テッド・ウィリアムズも足は遅かったそうです。
俊足のほうが、アベレージヒッターにとっては内野安打が稼げて有利だと思われますし、おそらく、ある程度のレベルの打率においては、その通りだと思うのですが、「超高打率狙い」となると、けっして有利には働かないのです。
こういうのを知ると、野球というのも「頭を使うスポーツ」「読み、の勝負」だと唸らされます。
あとは「右投手を打てること」。
著者は「ウィリアムズ以降」の、年間.370以上の高打率を残したメジャーリーグの10選手を分析しています。
もっとも特徴的なのは、戦後の高打率は左打者が多いことです。ノマー・ガルシアパーラを除いて、イチローなど全員が左打者でした。
左が高打率に有利となる技術的な解釈は、まず一塁に近いこと。一塁への到達時間が短いのです。さらに左打ちは一般に右投手を打つのを得意とし対右投手の打率が高いことと関係があるでしょう。左打席からは右投げの投球リリースが見やすいためで、上位5位まで全員が対右投手打率の方が高い事実が、それを証明しているように思います。
たとえば、1994年におけるトニー・グウィンは.394(419打数165安打)ですが、右投手打率.403(293打数118安打)、左投手打率.373(126打数47安打)の内容。打数が同じで、打率が逆だったらどうなるかを計算してみると、右投手打率.373(293打数109安打)、左投手打率.403(126打数51安打)となり、合計すると.382(419打数160安打)。安打数が減り打率を落としてしまいます。
指摘したように投手の競技人口は右投手のほうが多いからで、より多く対戦する右投手を得意としたほうが高い打率を残すには有利なのです。
野球の試合では「左対左」に注目されがちで、「左投手を打てない左バッター」というイメージがあるのですが、右利きの投手のほうが多いのですから、全体としては、やはり「左打者有利」ではあるようです。
日本のソフトバンク・内川聖一選手のような「高打率の右打者」もいるところが、プロの世界の面白さ、なのですけど。
ここで御紹介したのは、本のなかのごく一部です。
この他にも、さまざまな興味深いデータが紹介されています。
読んでいくと、「実力者のある選手が、4割を打つことだけに全力を尽くせば、可能なんじゃないか」という気がするんですよ。
「四球狙いばかりをして、長打を捨ててミートに徹し、左打者なら、左投手が出たら交代。疲れが出てくるペナントレース後半戦は、なんとか規定打席にまで到達して4割になっていれば、残りはすべて欠場」というようなやり方が「4割を打つための合理的な戦略」になります。
1ファンとしては、そんな選手、そんな野球が「面白い」とは思えないのが、難点ではあるのですけど。