琥珀色の戯言

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【読書感想】イベリコ豚を買いに ☆☆☆


イベリコ豚を買いに

イベリコ豚を買いに

内容紹介
謎だらけのイベリコ豚を追ってスペインへ!


「本当にどんぐりを食べているのか?」「イベリコという町はどこにあるのか?」「安売りセール肉は本物か?」……。
レストラン、スペインバルはもとより、今やコンビニ、回転寿司でもごく普通に売っているイベリコ豚。高級食材として知られているはずのものが、いまや日本全国で手に入るのはなぜか?そもそも、イベリコ豚はそんなに沢山いるのだろうか?
著者はそんな素朴な疑問をいだき、取材を始めた。日本人が知らないイベリコ豚の「真実」を明らかにすべくスペインを目指した著者。幾多の困難を乗り越え、現地に辿り着いた著者を待っていたのは、驚きの連続だった。……。
ローマ時代の遙か昔からスペインで幻の豚を守り育ててきた熱き男たち。そして素晴らしい生ハム作りに命を捧げる職人たちとその家族のドラマを紡ぎながら、知られざるイベリコ豚の生態、そして食肉流通事情を解き明かしていく。さらになりゆきでハム作りにも携わることになり……。
多様なジャンルをテーマに、多くの傑作ノンフィクションを世に出してきた著者がスペインと日本を舞台に描く、読み応えのある食ノンフィクション。


どんぐりを食べている、香りに特徴がある高級豚肉、というのが、僕の「イベリコ豚」に対するイメージです。
ただ、これまで何度か「イベリコ豚」と称する豚肉を食べたことはあるのですが、正直、ふだん食べている豚肉との違いはよくわからなくて。
まあ、こんなものなのかな、あるいは、僕の舌ではわからないのかな、などと考えていました。


この本、「イベリコ豚」に興味を持った著者が、スペインにまで何度も通って、その特徴に迫り、ついにはイベリコ豚を輸入して独自のハムまでつくってしまう、というノンフィクションです。

 毛色の黒い豚は樫の木の下にいた。
 最初は豚ではないと思った。まるでカバのように大きかったからだ。それくらい、イベリコ豚は巨大で圧倒的な存在感だった。
 そこにいた20頭のうち、数頭は地面に長々と寝ていたけれど、残りはポリポリと、樫の実、つまりどんぐりを食べていた。殻ごと食べるのではない。豚は中身だけを味わい、殻は口からペッと吐き出していた。豚にとってもどんぐりの表皮は硬いに違いない。
 わたしがいたのはスペインの首都マドリードから南西へ150キロ離れたイベリコ豚の放牧場「フィンカ・デ・カシージャス」である。だが、放牧場とはいえ、「アルプスの少女ハイジ」に出てくるようなのんびりとした平原を想像されては困る。
 そこは森だ。樫の木が生えている森だ。フィンカ・デ・カシージャスの広さは1900ヘクタール。東京ディズニーリゾートの20倍近い。放たれたイベリコ豚の数はわずか600頭。豚の群れを探し出すだけでひと苦労なのである。そう、イベリコ豚たちは広い森のなかで暮らしていた。


 こんな優雅な暮らしをしている、イベリコ豚たち。
 ただし、これはあくまでも「イベリコ豚のなかでも、ごく一部」なのです。

 イベリコ豚とは、「スペインのイベリコ地方のブランド豚」と思い込んでいた。松阪牛三重県松阪産の牛肉であるように、また、東京Xが東京産の豚肉であるのと同じようにイベリコ豚もイベリコ地方で産まれた豚の肉だと思っていたのである。しかし、それは完全な間違いだった。
 いくら地図で念入りに調べてみてもスペインにイベリコという地区はなかったのだ。専門書を調べてみると、イベリコ豚とはスペインのあるイベリア半島固有の畜種、イベリカ種のことを指していると知った。

 イベリコ豚って、スペインが名産だし、イベリア半島の豚のことなのだろう、となんとなく思っていたのですが、「イベリコ種」というのがあるのですね。
 イベリア半島の豚なら、なんでもかんでもイベリコ豚、というわけじゃない。
 それは、東京の豚がすべて「東京X」ではないのと、同じことなのでしょう。


 著者は「イベリコ豚」に興味を持ったきっかけを、こんなふうに紹介しています。

 2009年夏のことである。秋田県のある町で開かれたコンサートに行った。終了したのは午後10時。地方へ行くと深夜までやっている店は多くない。そこで、一軒のスナックを見つけ、焼きそば、焼きうどんを頼み、ビールを飲んだ。すると、「おまけ」と言って、女子従業員が秋田名物の漬物、いぶりがっことともにイベリコ豚のメンチカツを数個、皿に入れて持ってきたのである。
「うめから食べてみろ」とすすめられた。
 焼酎を飲みながら、わたしはひとりごとのように呟いた。
「秋田のスナックでさえイベリコが出てくるのか。ということは日本全国でイベリコ豚を食べてるんだな。イベリコ豚っていうのは、そんなに飼われてる豚なのか」
 女子従業員は「ふん」と鼻を鳴らした。
「あんた、うめかったら、イベリコでも何でも関係ないんじゃないの。これ、スーパーで揚げてたんだよ」
 それはそうだ、うめかったら、何も考えずに食えばいいんだけれど、それでもわたしの頭のなかは疑問であふれていた。


 たしかに僕も「こんなにイベリコ豚って、たくさん流通しているのか?」と思うほど、「イベリコ豚の○○」というメニューは最近よく見かけるのです。なかには、本物じゃない「イベリコ豚」もあるのかもしれません。
 それにしても、名前とイメージだけで「高級豚肉」だと思われがちな「イベリコ豚」とは、どんな豚なのか?そして、本当に日本人の口に合うような美味しさなのか?
 考えてみると、けっこう口にしているはずなのに「さすがにイベリコ豚は美味い!」という感慨を抱いた記憶って、ないんですよね。


 著者は、食品関係の伝手をたどって、実際にスペインでイベリコ豚を飼育しているところを訪問しようとします。
 ところが、口蹄疫の流行などもあり、なかなか現地でイベリコ豚に会うことができず……
 さまざまな工夫と執念が実り、著者がようやく本物のイベリコ豚を目の当たりにすることができたときは、2012年の1月になっていたのです。


 イベリコ豚には、3つの種類があるそうです。

 レヒーノは3種類のイベリコ豚についての育て方の違いを語った。
「まず純イベリコ種のベジョータ。これが最高級のイベリコ豚だ。
 毎年7月から8月に誕生した純イベリカ種の豚のうち、生後3ヶ月経過した時点で骨格の良いもの、発育が良いものを選出し、餌は最低必要数量のみ投与して養豚する。そして誕生から約1年経った翌月の8月に、その年のどんぐりの収穫量予測から最終的な放牧頭数を決めるんだ。誕生から約15か月経った10月から11月にベジョータ養豚場(どんぐりの森)で養豚が開始される。
 ベジョータは誕生から12か月経過後でもどんぐりの実がなるまで体重は80キログラムに抑えられ、10月、11月に実がついてからはどんぐりと雑草を主として無制限に食べることができるようになる。その結果、約2、3か月で体重が約80キログラムも一気に増加する。こうして養豚されたイベリコ豚の中には、誕生から約18か月経過後に仕上がった際に180キログラム以上にまで達するものもいる」

 こうして育てられた「生産効率が非常に悪い豚」が、最高級のイベリコ豚・ベジョータなのです。
 スペインには、あと2種類、どんぐりを食べて成長するのではない「セボ(給餌する)」というイベリコ豚も存在するのだそうです。
 セボの中での2種類の分類は、純イベリカ種のイベリコ豚か、イベリカ種とデュロックの交雑種のイベリコ豚か。
 著者によると「ベジョータはおいしいが、セボは普通の豚とそれほど変わらないし、ナッツの香りもしない」とのことです。

 
 この本では、イベリコ豚の生産方法や、肉の部位、おいしい食べ方だけではなく、スペインの文化や伝統的な食べ物なども紹介されています。
 実際にイベリコ豚のベジョータを輸入することになった著者が、それを使った新しい製品を生み出すまでの試行錯誤、そして周囲の人々の協力が描かれています。
 個人的には「著者の新製品開発の話」は、「書きたいのはわかるけど、イベリコ豚の秘密を知りたいと思って読んでいる側としては、ちょっと蛇足というか、その話のボリュームが多すぎる」とは感じたんですよね。

 日本に来ているイベリコ豚のほとんどはセボだ。ベジョータではない。また、もうひとつ言えば、食べてベジョータだとわかるのは生ハムと精肉のステーキくらいのものだ。メンチカツとか豚の角煮にしてしまえばベジョータでもセボでも食べて区別するのは難しい。食べるとかすかなナッツの香りが口中を満たすのがベジョータだ。生ハムがいちばんわかりやすく、次が精肉でもミディアムレアに焼いたもの。

 日本のスーパーで総菜に加工されている「イベリコ豚」のほとんどは「セボ」なのでしょう。
 それでも「イベリコ豚」には違いないのだし、味が変わらないのであれば、高価なベジョータを使う理由も必要もありませんから。
 この本を読むと、結局のところ、僕も「イベリコ豚らしいイベリコ豚(ベジョータ)を、その魅力が伝わる形で食べたことはほとんど無かったのだな」ということがわかります。
 イベリコ豚(たぶんベジョータ)の生ハムも食べたことはあるような気がするのだけれども、生ハム自体を食べる頻度が少ないので、それが「他のものより美味しい生ハムかどうか」なんて、判断できないし……


 なんとなく「すごいもの」だというイメージは持っていたけれど、詳しいことは全然知らなかった「イベリコ豚」の話。
 興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてください。

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