琥珀色の戯言

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【読書感想】日本に殺されず幸せに生きる方法 ☆☆☆


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日本に殺されず幸せに生きる方法

日本に殺されず幸せに生きる方法

内容紹介
残業地獄、将来の介護、非効率の嵐……
こんな日本で、どうすりゃいいの!?


これからの日本を襲う、恐ろしい出来事の数々。
今気づいて動けば、まだ間に合う! ツイッター上で舌鋒鋭く日本の生き方、働き方を斬る@May_Roma、新たな提言。
紙の書籍購入者限定の特典で、音声ファイルがダウンロード可能!

先行発売されていた、Kindle版で読みました。
Kindle版は、1250円。
紙の単行本は、1575円。
電子版ではなく、(価格が高いとはいえ)紙媒体のほうに「特典」がついています。


この本、twitter発の論客、@May_Romaさんの著書なのですが、これで3作連続のリリースです。
さすがにちょっと新鮮味は薄れてきた感じではありますが、いまの日本の「労働」「介護」の問題について、そして、この時代をどう生きていくか、ということについて書かれています。


前二作は、「日本沈没!」とばかりに、日本のダメなところが挑発的かつ具体的に記されていたのですが、今回は、(とくに後半は)「でも、日本はまだ、なんとかなる!(はず)」という、ちょっと明るいトーンもみられます。

 2011年3月、労働問題に関するニュースを数多く掲載しているサイト、My News Japanで大変ショッキングな情報を発見しました。日本の大学生に就職先として人気がある企業225社のうち、実に60.8%に当たる137社が「国の過労死基準を超える時間外労働を命じることができる労使協定を締結していることが、労働局に対する文書開示請求によって判明した、というのです。
「有名企業は残業が多い」のは多くの人が薄々感じていることでしたが、このことが事実として、公的機関の公的な記録により明らかになったのは初めてではないでしょうか?
 1年間で見た場合の時間外労働時間が最も多いのは印刷大手の大日本印刷(1920時間)、2位がゲーム大手の任天堂(1600時間)、3位が消費者向け家電大手のソニーと光学機器大手のニコン(1500時間)です。
 他にも建設大手の清水建設中部電力NTTドコモなども時間外労働の上限は1000時間を超えています。いずれも日本では誰でも名前を知っている、就職希望の学生さんにも人気のある企業です。

 大日本印刷の1920時間って……よっぽど締め切りを守らない作家や漫画家が多いのだろうな……みたいなことをちょっと考えてしまったのですが、2位の任天堂も1600時間ですからね……ちなみに、1920時間残業するためには、365日、毎日5時間以上「残業」しなければなりません。もちろん、休日出勤の分なども含めてなのでしょうが、これはひどい
 まあ、医療業界も、「残業だと認めてもらえない残業」も含めて、ひどいものではあるんですけど。


それにしても、日本の労働条件の過酷さといったら!
有名企業の「平均」が、過労死レベルですからね……
しかも、こんなに働いているのに、日本の経済状況は、なかなか好転しない。
いや、最近は少し良くなっているみたいですが、それは「みんなが一生懸命働いたから」というよりは「お金をたくさんつくって、『アベノミクス』というキャッチフレーズで、『好景気感』を煽っているから」のように思われます。
じゃあ、こんなに身を削って働いてきたのは、結局何だったのか……
ちなみに、著者によると、日本の労働時間は長く、効率が悪いのだとか。
「自分だけ定時に帰るのは申し訳ない」と、だらだら残っている人、けっこういますしね。
で、昼間あんまり働いていないにもかかわらず、夜遅くまで残って、「あいつ早く帰りやがって!」なんて言う人もいます。


著者は、日本の「効率の悪さ」「コネ社会」「ファミリー主義の弊害」「情報の不透明性」などを、ヨーロッパで不況にあえいでいるイタリアやスペイン、ギリシアなどの例を用いて検証しています。

 イタリアやスペイン、ギリシャでは、会社の行事や学校の行事も案外多いのです。友達や同僚と連れ立って食事をしたり、「社内運会」のような行事に参加するのが大好きです。そういう「慣習」に「これはやめたほうがいい」と言うと一気に睨まれます。波風を立てるのはタブーなのです。

こんなイタリアの銀行の様子も。

 ちなみに、非効率だけではなく、仕事がかなり適当なので(悪気はない)、銀行からお金を送ると、なぜかどこかへ消えてしまう(同僚に実際発生)ことなどもあります。抗議すると「人間は誰でも間違いを犯す! ゴッドではない! お前はなぜそんなに怒るのだ。お前はファシストジャポネだ!」と逆ギレされますので、忍耐力をつけたい方はイタリアに何年か住むことをおすすめいたします。

テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリさんの夫はイタリア人で、夫の「イタリア家族」をヤマザキさんはマンガに描いておられるのですが、まあなんというか、そのあまりに濃厚な人間関係というか「ファミリー意識」に驚かされてしまいます。
もちろん、悪い面ばかりではないし、いまの日本では逆に、そういう「泥臭いコミュニティ」を見直そうという動きもあるのですけどね。


また、著者は、(著者にとって)身近な国であるイギリスで行われた「改革」についても述べています。
僕自身は、サッチャー首相時代に行われた改革が、すべて正しいとは思えないのですが、あの時代のイギリスを甦らせるには、あの方法しかなかったのかな、とも考えています。
イギリスは、「がんばった人が報われる社会」になった一方で、「能力や機会に恵まれない人たちにとっては、厳しい社会」になりました。
サッチャー元首相の死に際して、「お祝い」をしていた人たちの姿には、「死者に鞭打つ」ことが禁忌である日本人の僕としては唖然としてしまったのですが、当時「切り捨てられた人々」の恨みは、これほどの時間が経っても、消えることはなかったのです。


著者は「資本家の味方」ではありません。
むしろ、「介護とか自分の人生を楽しむとか、そういう時間を捻出するために、もっと多様な働き方が選べる社会にすべきだ」と書いておられます。
ただし著者は、この本の読者に「それなりの能力を持った人間になるための努力」を求めてもいるのです。
「社会が悪い」と言っても、社会はすぐには変えられない。じゃあ、何を変えればいいのか?


あなた自身でしょ!


著者がバッサバッサと矛盾を斬っていくのに快哉を叫びながらも、僕は自分の立場について考えずにはいられませんでした。
「でも、僕自身はむしろ、『見捨てられる側』なのではないか?」
小泉改革のときも、国民の多くは、自分たちが「痛みばかりを受ける、切り捨てられる側」であることを知らずに(あるいは、知りながら)、「既得権益を持つ連中をギャフンと言わせてやる」ために、自民党に投票しました。
もちろん、「このままではいけない」という危機感もあったのでしょう。


僕には、著者にぶら下がっているフォロワーには、そういう「死なばもろとも主義者」が多いのではないか、という気もするのです。
内田樹先生の著書に「もし能力主義が徹底されて、『自分の仕事内容=給料』になったら、多くの人は自分の無能さに打ちのめされることになる。だから、『こんなに働いているのに、給料が安い』と思い込めるような、不完全な能力主義のほうが、救われる人は多いのではないか」というようなことが書いてあって、僕は「そうかもしれないな」と感心した記憶があります。
本当は、大部分の日本人にとっては、イタリアやスペインのような「ファミリー主義社会」のほうが、生きやすいのかもしれません。


この本には著者自身も経験されているという「介護」の話が出てきます。
「介護は成長産業」という言葉のウソについても、詳細に書かれており、現場を知る僕としては、深く頷くところがありました。
そもそも、ちょっと黒字になると、すぐに国の報酬規定が変わって、収入が下がり、その規定の網の目をくぐるようにして(あるいは、働いている人たちやサービスを受ける人の条件をどんどん悪くして)、なんとかやりくりしているのが、いまの介護の現状です。


ただ、この本のなかでは、介護問題については、現状認識にとどまっており、今後どうすればいいのか、という提言には至っていません(あまりにも急速な高齢化でもあり、難しいのはわかっているのですが)。

 脳血管障害および虚血性心疾患などが起こった場合、発症直前の異常な出来事や短期間の重い労働に加えて、長期間の重い労働による疲労の蓄積も発症原因として考慮されるようになっています。
 過労死のところでも述べましたが、この基準では、発症前1ヵ月ないし6ヵ月にわたって1ヵ月当たり約45時間を超える時間外労働がある場合は、業務と発症との関連性が強まり、発症前1ヵ月間に約100時間を超える時間外労働が認められる場合、あるいは、発症前2ヵ月ないし6ヵ月間にわたって1ヵ月当たり約80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強い、ということになりました。
 つまり、政府が公的に「1日2時間以上の残業を1ヵ月から半年した場合、脳血管疾患や心疾患になる可能性が高いよ」と認めたというわけです。
 さらに、厚生労働省は、長時間労働が原因のうつ病など精神的障害も、労働災害であると認定しています。月80〜160時間の残業があったり、いじめ・パワハラやセクハラがあった場合は、うつ病などの精神的障害が起こった半年前の出来事でも心理的負担があった、として労働災害認定の要件に加えています。

「働きすぎ」が日本人を精神的にも肉体的にも不幸にしているのは間違いなさそうです。
ただ、「日本の労働時間の長さが、脳血管障害などのさまざまな病気のリスクを上げ、要介護者を増やしている」のは事実だとは思うけれども、「労働時間を減らしさえすれば、要介護者が激減する」とも考え難いのです。
介護の問題は、あまりにも人間が長生きするようになってしまい、さらに少子化で若者が急激に減ってきているという日本の宿業みたいなもので、その責任を「労働時間の長さ」ばかりに負わせるのは、あまりに「まず自分の主張ありき」の現実認識ではないかと。
もちろん、労働時間が短くなり、働き方が多様化(在宅での仕事や就業時間の柔軟性アップ)すれば「それぞれの人が、介護をしやすくなる」のは事実なのでしょうけど。
長生きするというのは、個々の人にとっては最上の幸福だと思います。
ただ、国という単位で考えると、「コストの割には、メリットが期待できない」のは事実なわけで。
にもかかわらず、「税金が重くなっても、公的にきちんと支えていく」という明確な覚悟もできていないのが、いまの日本なのです。


ただし、著者は「日本はインフラが整っており、比較的安全で、人々のモラルも高い国」であるという「強み」も強調しています。
「まだ、手遅れではないはずだ」と。
ニートなんて生き方が可能なのも、それなりに豊かだからだ」とも。


そういえば、森博嗣先生が、『「やりがいのある仕事」という幻想』という新書に、こんなことを書いておられました。

 ベーシック・インカムというのは、既に今の世の中には導入されていると考えた方が良い。最低限生きていくことはできるようになっている。ただ、手続きが面倒なだけだ。

まあでも、いろいろ考えますよね、これ。
手続きが簡単になったら、あっという間に破綻しちゃうんじゃないか、とか。
マメな人、インテリジェンスがある人じゃないと利用できないというのなら、ものすごく矛盾した制度のような気もします。

 私には2013年4月現在約4万5000人のツイッターのフォロワーがいますが、フォロワーから、毎日毎日「生活が苦しい」「仕事が嫌だ」「病気になってしまった」「うつ病です」というリプライがたくさん来ます。
 そのような人達に言えることはたった1つです。それは、外部環境を変えることは不可能ではないが、時間と労力がかかるので、まずは自分を変えましょうということです。

 この本には「自分を変えるための方法」も、もちろん書かれています。
 たぶん、多くの人は「変えられない」のではなくて、「本気で変えようとしていない」のです。
 でも、いま少しでも「貯金」をつくっておかないと、これからやってくる「超高齢化社会」が、もっと日本人にとって、いや、自分自身にとって厳しいものになることは、目に見えているのです。

 
 これからの日本人は、「日本に殺される」のではなく、「日本人であることに、なんとなく甘えて生きてしまっている自分自身に殺される」のではないか、と僕は思いながら読みました。

 
 『アリとキリギリス』の童話が大好きで、子供にはアリの生き方を推奨するのに、自分はキリギリスのように生きている大人たち。
 まあ、僕も偉そうなこと言えないんですけど。

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