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【読書感想】住んでみた、わかった! イスラーム世界 目からウロコのドバイ暮らし6年間 ☆☆☆☆


住んでみた、わかった!  イスラーム世界  目からウロコのドバイ暮らし6年間 (SB新書)

住んでみた、わかった! イスラーム世界 目からウロコのドバイ暮らし6年間 (SB新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
厳しい戒律だから不自由というのは、ウソ!?


世界から年間1000万人を呼びこむ都市ドバイ
世界一の高さを誇るビル、街中どこでもつながるWiFiなど、先端的な近未来都市である一方で、
そこに暮らす人々はイスラームの教えに忠実に生きていた!
イスラーム世界に飛び込んだ日本人女性による体験記!


著者は、商社勤務の夫の転勤で、アラブ首長国連邦UAE)のドバイに住むことになったそうです。
それまでは、とくにイスラム教徒との接点はなく、「イスラームは自分とは関係のないものであり、興味もなく、イスラーム教徒と理解しあえるとも思っていませんでした」と述懐しておられます。
そんな著者が、UAEの国立大学で日本語と空手道を教えることになり、現地の人々と接して実感したさまざまなことが、この新書では紹介されています。

 本書で明らかにするのは「イスラームの基本的な教えにはどんなものがあるか、その教えに従って教徒はどう行動すえうのか」ということです。
 アラビア半島の一角に位置する大都市ドバイにて、イスラームに疎かった一人の日本人がイスラーム教徒たちと過ごすことによってイスラームに馴染んでいった過程を、みなさんが追体験できるように書きました。中学生から読めるように、イスラームの細かい規則についての説明は避け、規則のアラビア語名は多くを省略しています。
イスラーム」という言葉には「神の教えを絶対的に信じ、よりどころにすること」という意味が含まれているので、本書では「イスラム教」という言葉ではなく「イスラーム」を使っています。
 イスラームの「異性に対して慎み深くあるべき」という教えに沿って男女が分かれて行動するUAEにおいて、女性の私が男性の社会を深く知ることはできません。また、イスラーム教徒ではない私が立ち入りできないUAE社会の側面も多々あることでしょう。これらの克服できない領域があることを承知の上で、今後、日本人が関わることが多くなるであろうイスラームについて、それを身近に感じ、馴染んでいただきたい、との願いを込めて著しました。


イスラム教徒」=「テロリスト」というようなイメージでみている日本人は皆無だとは思うのですが、日本で、とくに田舎で生活しているとイスラム教徒に接する機会がほとんど無いこともあり、僕も「関係も興味もほとんどない」というのが正直なところでした。
あまりに生活習慣や考え方が違いすぎて、理解しあうのは難しいだろうから、「お互いを尊重する」という名目の「あたらずさわらず」が無難だとうな、と。
とはいえ、世界の人口の5分の1以上がイスラム教徒なわけですから、けっして「そんなに特別な存在」でもないわけです。


この新書は、UAEのドバイで生活していた著者の目でみた「イスラームの世界」が瑞々しくすくい取られていて、好感が持てるものでした。
ブログに書かれていたものが元になっているそうなのですが、専門的にまとめようとするのではなく、日常生活で体験したことがそのまま描かれているので、読みやすいのです。
イスラム教徒とは、こういうものだ」ではなく、「私が実際に接することができた範囲のイスラム教徒には、こんな人がいましたよ」と。


僕がイスラム教世界に対して抱いていたイメージは、「アッラーへの絶対的な帰依」という教義への先入観もあり、「とにかく戒律重視の、厳格な社会で、男尊女卑。そして、西欧社会に対しては反感を持っている」というものでした。
ところが、この新書を読んでみると、彼らはみんな『コーラン』に従いながら、人生を愉しんでいるように感じられました。
無宗教の人間にとっては「戒律」という言葉を聞いただけで、がんじがらめにされているような気がするのですが、それを日常的に行っていると、かえって「精神的な安定」につながるのかもしれません。
「何も信じることができない」よりは「これを信じていれば安心」のほうが、リラックスして生きられる、という面もあるのでしょう。


断食月ラマダーン)」というのは、ヒジュラ歴9月1日の新月から、次の新月まで1か月にわたってイスラム教徒が断食をするという、イスラム教徒の「義務」として知られています。
「絶対に食べちゃダメ!」と強制されるというのは、日本人、とくに不規則な食生活を続けている僕のような人間にとっては、かなりつらそうに思われるのですが、著者は、こんなふうに書いておられます。

「もうすぐラマダーンだ、楽しみ!」


(中略)


「太陽が出ている間、飲まず食わずの日々が1か月ほど続くのだからみんな断食月を嫌がっているのだろうなぁ」と考えていた私は驚いて「断食はつらくないの?」と聞くと、学生たちは「最初の10日間ぐらいはちょっとつらいけれど、それ以降は慣れてきます。夜にみんなで集まって食べる毎日の断食明けの食事は楽しいし、何よりみんなとの連帯感が生まれるのが好きです」と言います。他国からドバイに来ている多くのイスラーム教徒にも聞いたところ、ほぼ同じ答えが返ってきました。
 ラマダーン前は、人々がラマダーンの特別料理の用意などで忙しくなりますが、街の中にもいろいろな変化が見られます。
 たとえば、道路脇や中央分離帯の植え込みにずらっと並んで立てられた広告柱には、ラマダーン特別番組の宣伝が掲げられます。テレビを見ていても、ラマダーン特別番組の予告が多く流れるようになります。ラマダーン中は家にいる時間が増えるため、テレビ視聴時間が各家庭で増えます。しかし、娯楽性の強い歌番組は一切禁止です。ですから、各テレビ局はラマダーン用のドラマやクイズショーをたくさん作ります。ドラマはアラビアの歴史大河ドラマやアラブ人家族を扱ったものが主流です。

 ラマダーン中は学校や企業は、ふだんよりも遅く始まり、早く終わるのだそうです。
 そして、一日の断食が終わると、毎晩大量の食事をとるのだとか。

 ラマダーンを象徴するキーワードだと私が思っているのは「集まること」と「与えること」です。約1か月のラマダーン中、家族・親族や親しい友人が一同に集まって毎晩食事をする習慣を人々はとても大切にしています。

 ものすごくつらそうにみえますし、実際につらい面もあるのだとは思うのですが、ラマダーンというのは、イスラム教徒にとっては「周囲の人々との繋がりを年に一度再確認するためのイベント」という面もあるようです。
 

 乳幼児や妊婦はラマダーンの対象から外されていたり、日々の礼拝も、忙しいときには「まとめて行う」ことが許されていたりと、基本的には厳格であるけれど、臨機応変に対処することも認められているのです。
 

 あらゆる場所で、男女が厳格に分けられていたり、結婚相手を自分自身で決めることができなかったりと、「違い」を感じるところもあるのですが、それを戒律として受け入れ、子供の頃から暮らしている人にとっては、「それが普通の状態」でもあるんですよね。
 そこに、あえて西欧式の慣習を押しつけるのが正しいことなのかどうか?
 これを読んで、現地の人たちが、その条件下で、それなり幸せそうに生きているのを知ると、他人がとやかく言うようなものでもないのかもしれないなあ、と感じます。

「英語しゃべれるの?」「女性が大学なんていくの?』
 私が日ごろ接しているUAE人女子学生たちは外国人と話すとよくこのように聞かれる、と言って嘆いていました。「イスラームの女性は家にこもっており教育を受けていない」と誤解する人は多数います。UAEに長く住んでいる外国人ですら、このような誤解をしている人が少なくありません。
 UAEでは義務教育である小学校の就学率は100%です。イスラームの「教徒はみな知識を得るべき」という教えも徹底されており、女性の大学進学率は2000年代以降7割を超えています。男性は中学や高校を卒業したあとに士官学校や警察学校に行く人が多いため、大学進学率は女性の方がずっと高いのです。

 働いている女性も多く、UAEの公務員は半分以上が女性なのだそうです。
 ただし、「女性は見知らぬ男性と知り合わないほうがよい」というイスラム教の教えがあるため、不特定多数の男性と接するようなサービス業に就く人はほとんどいないのだとか。
 外国人、とくに男性にとっては、働いている女性と接する機会が少ないことも、こういうイメージを助長しているのかもしれません。


 また、イスラム圏に有名なスポーツ選手が少ない理由について、こんな話も紹介されています。

 アラブには有名な女性スポーツ選手がいないことにふと気がつきました。UAE人女性たちを見ていても、スポーツを定期的にしているように見えません。そこで「どうしてスポーツをしないの? 楽しいよ」と女子学生たちに聞くと、その多くは「怪我をするから運動はしないように、と母親に注意されている」と答えました。母親は娘に「おてんばな女性は結婚相手が見つかりにくい」「体に傷があると結婚しづらくなる」とも言うそうです。つまり、UAE社会では運動好きの女子は行儀が悪いとレッテルを貼られてしまうことがあるのです。
 さらに驚くべきことは、運動をすると処女を失う、と考えている人が少なからずいることです。イスラーム社会では、未婚女性は処女であることが強く求められています。足を開いたり、ジャンプをしたり、重いものを持ったりすると、結婚できない体になってしまう、と信じている人は、娘がスポーツをすることを嫌がります。
 母親が運動をしたことがないので、息子に対しても運動をすすめません。「危ない」と言って息子に運動させないようにする母親が少なくないようです。こうやってUAE人は運動をしない人になっていきます。この現象はGCC諸国(アラブ首長国連邦バーレーンクウェートオマーンカタールサウジアラビアの6カ国)に共通のようです。


 暑くて気候的にスポーツに向かないからなのかな、となんとなく思っていたのですが、こういう背景があるのですね。
 親が運動をしていなければ、たしかに、子供が運動することに消極的になるのもわかります。
 「処女を失う」という誤解は、なんとかしたい気もするのですが……
 GCC諸国も、男子のサッカーでは、ワールドカップのアジア予選などで、日本の前に立ちはだかってくるのですけど。

 
 アラブ諸国では、1980年代から、日本のアニメが数多く放映されてきたそうです。

 とりわけアラブの少年をテレビの前に釘付けにしたのが、漫画家永井豪氏の作品をアニメ化した『UFOロボグレンダイザー』です。
 ロボットアニメの草分けのひとつであるこの番組は日本では1970年代、アラブでは1980年代末から1990年代に放送されました。現在の20代から30歳代のUAE人なら誰でもこの番組を知っています。今でも絶大な人気を誇り、ドバイのショッピングモールのおもちゃ屋にはグレンダイザーのフィギュアが堂々と置いてあります。


(中略)


名探偵コナン』は2000年代からアラブの子供専用チャンネルの看板番組ですが、この番組は一部変更させられています。名探偵コナンのファンでもある何人ものUAE人は私にこう教えてくれました。「アラブで流れている名探偵コナンは日本のものとは違います。主人公の一人である女子高校生はミニスカートをはいていますが、ミニスカートが出る場面ではそのシーンがカットされたり修正されたりしています」。彼らは正規品のDVDを見て、アラブでのTV放送との違いに気付いたのです。


 なぜ『マジンガーZ』でも、『ライディーン』でも、『コンバトラーV』でもなく、巨大ロボットアニメとしては、日本ではやや人気が落ちる『グレンダイザー』だったのだろう?
 僕としては、そんな疑問を抱いてしまうのですが、それこそが「国民性」みたいなものなのかもしれませんね。
 その一方で、いまの日本の子供(そして大人)と同じ『名探偵コナン』を、ほぼリアルタイムで楽しんでいるのです。


 UAEのドバイというのは、イスラム圏のなかでも、もっとも経済的に豊かな地域ですし、著者はそのなかでも大学に通っているような人との交流を中心に描いているので、「これがイスラーム世界の典型だ」とは言えないでしょう。
 しかしながら、それは、どの国を語るときにも言えることではあります。


 少なくとも「これを読むと、イスラム教徒が、少し身近に感じられる新書」ですし、こんな世界もあるんだな、と楽しく読むことができました。

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