- 作者: 古舘伊知郎
- 出版社/メーカー: 青春出版社
- 発売日: 2016/04/15
- メディア: 新書
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内容紹介
これぞ古舘伊知郎の真骨頂!
黙っていたら誰にもわかってもらえない。
“言葉"は自分を主張する最強の道具。
どんな相手からも本音を引き出してしまう驚きの会話術を大公開する一冊。
伝説の名著のリニューアル復刊!!
この本、最初に出たのは1990年で(2002年に新装版の単行本が出ています)、あの古館伊知郎さんが書いた、挑発的なタイトルの会話術の本とということで、読んだ記憶があるんですよね。
でも、内容はほとんど記憶にありませんでした。
今回、新書版が上梓されたのですが、僕は「古館さんが『報道ステーション』を降板したという話題性に便乗して昔の本を再発した、古くさい内容なんだろうな」と思っていました。
昨今では「コミュニケーションが苦手な人のための、コミュニケーション術」の本は、たくさん紹介されていますしね。
読んでいたら、「スマホ」という言葉が出てきて、「えっ?」と驚いたんですよ。
最後まで読んでみると、古館さんは、今回の新書化にあたって、自ら読み返し、2016年の時点で古くなった表現やエピソードは差し替えたみたいです。
手元に1990年版は無いので、どのくらい入れ替えられたのかはわかりませんが、少なくとも、いま僕が読んでも「古い!」と思う内容ではありませんでした。
登場人物には、ちょっと懐かしい人も多いんですけどね。
この本の冒頭で、古館さんは、「無口ではないが、話の核心になると、とぼけた口調でうまく話をぼかしてしまう」という江川卓さんとのトーク番組でのやりとりを紹介しています。
事前のスタッフの調査で、「江川さんは夫婦喧嘩で奥さんに一度だけ手を出したことがある」という情報を得ていた古館さんは、なんとかしてその話を江川さんから引き出そうとするのですが、のらりくらりとうまくかわされ、なかなかその話を引き出せない。そこで古館さんは……
古館「江川さん、僕は女房とケンカしちゃったら、その後のフォローはやはりSEXですよ」
江川「(警戒した表情で)あのですネ、いろいろなところで僕が女房を殴るなんてめちゃくちゃ大げさに書かれてますけど、そういうことに関してどうのこうの言われても……」
古館「ボクにSEXとまで言わせておいて逃げる気ですか。女房はそういうことをTVで言うのを一番いやがるんです。そりゃそうです。あえて私はそれを言った。もう一度言います。うちの場合は、ズバリ、SEXです」
すると急に江川さんは笑い出し、うちとけた表情でこう語ってくれた。
「もちろん手加減していますが、1回だけ殴っちゃったことあります。でも女房も負けてません。一度オレンジをぶつけたことがあります」
この場合、人間の心理として、うちはSEXではないと否定したいがために、無意識にその前段のケンカ話をスラスラ喋り始めたという例だ。
このとき思ったのは、普通に質問しても相手が喋ってくれそうにないときは、自分のほうから真っ裸になって、情けない部分や恥ずかしい部分を先に出せばいいのではないかということだった。
いまの世の中だと、「1回だけ殴っちゃった」という時点で、「DV男!」という罵声がとんできて、致命傷にもなりかねない話ではありますが。
それにしても、この古館さんの会話術はすごい、というか、肉を切らせて骨を断つ、というか、骨まで切らせて、肉をちょっと切っているくらいなんじゃないか、というか……
自ら腹を割って、というか、自虐的に語ることによって、相手も、ある程度胸襟を開かずにはいられなくなる。
逆にいえば、自分が格好付けながら、相手に心を開かせるのは難しい、ということなのでしょう。
でもまあ、これはある意味、会話術というより、覚悟術、ともいえるかもしれません。
こういうのを読むと、『報道ステーション』というのは、古館さんにとっては、ずっとアウェーだったんだろうな、と思うんですよ。
この本には、「言葉のニュアンスを換えたり、まわりくどくすることによって、不快感を和らげるテクニック」の数々も紹介されています。
以前、渡辺文雄さん(故人)がレポーターをやってる番組で、料理を食べた直後に渡辺さんが、一瞬しかめっ面をしたことがあった。ボクはTVを見ていて(あっ、きっとまずいんだな)と推測し、(こういうとき渡辺文雄は何て答えるんだろう?)とワクワクして見守った。
「まずい」とは死んでも言えないし、かといって「うまい」は食通としては言いにくいものがあるだろう。毎週いろいろな料理をあの手この手の誉め言葉を駆使して少しでも違ったニュアンスや表現を出そうとして苦心してきた名レポーターともなると、あからさまな見え見えのヨイショ言葉などは、プライドからいってもできれば避けたいと思ってるはず。
そういった期待をふくらませて画面に見入っていると、ものの見事な一言を渡辺さんはのたまった。
「いやー。好きな人にはたまらんでしょうなあ」
ボクは引っくり返って大爆笑。いや、さすがは渡辺文雄大先生、非の打ちどころのない超A級のリアクションだとすっかり感心した。
「自分はこの味が好きだ」とは一言も言わないで、勝手に逃げて「好きな人にはたまらんでしょう」と無関係な他人の好みを推測するという、偉大なるおせっかい発言。それによって巧みに自分の嘘を回避し、一般論にすり替えることですべての責任を架空のだれかに押しつける。
もしこれが「うまくもあり、まずくもあり」では問題になるけれど「好きな人には」と逃げを打つことで逆にその場がなごんでいく。
これを読んだとき、「さすが!」と同時に「でもこれ、けっこうよく聞くよなあ」とも思ったんですよ。
たぶん、この本が最初に上梓されてから現在までのあいだに、この「渡辺文雄メソッド」は、多くの人によって拡散されてきたのでしょう。
裏読みすれば、グルメ番組での「好きな人にはたまらんでしょう!」は、「自分の口には合わないというか、不味いんだけど」ってことでもあるのです。
誰かが、こういう、うまい表現を見つけ出すと、あっという間に広がっていくものなんですね。
この新書のなかでは、古館さんが結婚式のスピーチの要諦を教える、という興味深い項もあって、そのなかで、古館さんが司会をしていた披露宴での久米宏さんの名人芸ともいえるスピーチが紹介されています。
上手い、そして、久米さんらしい!という内容で、僕も感心してしまいました。
もし同じことを久米さん意外の人がやったら、会場は微妙な空気になりそうですけど……
興味を持たれた方は、ぜひ一度読んでみてください。
古館さんは、この本の最後に「小さい頃からいつも暗くて消極的で、引っこみ思案のやつ」だったと自分のことを振り返っておられます。
性格が暗いと観察眼が鋭くなる。ほかの人間が気にもとめない小さなことにも発見や驚き、こだわりを感じたりする。それはほんのささいな事柄なのだけど自分にとってはかけがえのない原体験のイメージとして蓄積され、いつしかおしゃべりのブイヤベースとなる。自分だけの言葉、オリジナリティーのあるおしゃべりの源となる。
暗くて引っ込み思案のやつは、たとえ今は無口であっても、頭の中はもうだれよりもおしゃべりではち切れそうになっているはず。あとは実際に口を開いて、少しずつ口がほぐれるのを待っていれば、やがては間違いなくおしゃべりになる。
古館さんは、『報道ステーション』をやっているあいだ、ずっと、自分の言葉で喋りたかったのではないか、と僕は思うのです。
そして、「頭の中はもうだれよりもおしゃべりではち切れそうになっている」のではないかと。
やっと、喋れる時間が、やってきた。
僕も「暗くて消極的で、引っ込み思案」なので、この古館さんのアジテーションは、心にしみるところがあるのです。真似できないな、とは思うけれど、「喋ること」で人生を変えられる人はいるのですよね。
喋りの達人と呼ばれる人って、「子どもの頃からおしゃべりで人気者だった」というタイプばかりじゃないんだよなあ。
悩みやコンプレックスがあるからこそ、工夫とか、向上心って、生まれてくるのかもしれませんね。