いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」
- 作者: 長谷川晶一
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2017/05/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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内容紹介
明るく、家族的で、なぜかアンチがいない東京ヤクルトスワローズ。
その独特のチームカラーの正体を、多数のレジェンドOB、現役選手、
首脳陣らの証言で掘り下げた「新説・ヤクルトスワローズ史」。
若松勉、池山隆寛、岩村明憲、山田哲人が語る「ミスタースワローズの系譜」
広沢克己、宮本慎也、関根潤三が語る「負けグセの系譜」
松岡弘、尾花高夫、石川雅規が語る「歴代エースの系譜」など
球団創設時代から脈々と受け継がれる「9つの系譜」から
「ヤクルトらしさとは何か」を掘り下げていく。
あの八重樫幸雄はかつて、俊足内野手で一本足打法だった?
金田正一の背番号「34」はなぜ、永久欠番でないのか?
野村克也という“劇薬"に生かされた男、殺された男とは?
岡林洋一、伊藤智仁ら90年代のエースはなぜ、壊れたのか?
関根潤三に「1勝2敗の勝者論」を問いただす!
などなど、スワローズファン、プロ野球ファン必読の1冊。
「12球団ファンクラブ評論家R」でありながら、
実は熱狂的なスワローズファンとして知られる
ノンフィクションライターの長谷川晶一が
圧倒的な熱量と取材量で書き下ろす。
僕は広島カープの大ファンなわけですが、その次に好きなチームは?と問われたら、「越えられない壁」がありつつも、二番目はヤクルトスワローズかな、と思うんですよ。
ドラフトでの自由枠制度やFAで、セリーグは人気とお金のある3球団(巨人・阪神・中日)と、それ以外の3球団(広島、DeNA、ヤクルト)に二極化してしまいました。
個人的には、ずっとヤクルトとDeNAに「同病相憐む」みたいな感覚がありました。
カープの選手の引退試合では温かく見守ってくれるし、ともにBクラスに沈んだシーズン最終戦、神宮球場でスワローズの応援団がエールを送ってくれるんですよね。
2015年にヤクルトがリーグ優勝したときには、「カープの次くらいに嬉しい」と思いましたし、その一方で、「先を越されたか……」とも感じていました。
その後のヤクルトは、怪我人続出で、苦しいシーズンが続いています。
でも、カープが相手だと、なんとなくお互いに「同格」という感じなのか、いい勝負になるんだよなあ。
今年もそれで、9月16日、台風が近づいてきた日の胴上げを阻止されてしまいましたし。
アンチ巨人、アンチ阪神、アンチ広島はいても、アンチヤクルト、という野球ファンの存在は想像しがたいところがあります。
著者は、長年のヤクルトファンで、たくさんの名選手や監督に直接取材をして、「ヤクルトスワローズとは、どんなチームだったのか?」を探っていきます。
この本に出てくる、ヤクルトのOBや現役選手のインタビューを読んでいると、「感じ悪い人が、ひとりもいない」ことに驚かされます。
ヤクルトを出て巨人・阪神と移籍した広沢克実さんは、かなり厳しいことも仰っていますが、それも「ヤクルトへの愛着と、外に出た人間として、言っておかなければならないという義務感」のように感じるのです。
往年の大エース、松岡弘さんは、現役時代の191勝190敗という成績について、当時、王・長嶋を擁していた巨人にいたら、もっと勝てたと思うことはないですか、という問いに、こう答えておられます。
「うーん、”もしも巨人に入っていたら”ということはよく聞かれるけど、それは仮の話なんでね。(堀内恒夫さんの)203勝とか191勝とか、比較対象にしない方がいいと思うな。むしろ、僕や(大洋ホエールズの)平松はONと対戦させてもらうという得難い経験をしているわけじゃないですか。でも、堀内はONと対戦できなかった。それは投手としてはかわいそうな気もするからね」
さらに、松岡さんの言葉は続く。
「やっぱり、”たられば”で話をしたらダメなんだ。逆に僕は、ヤクルトにいたからこの成績を残すことができたんだと思いますよ。もしも、僕が巨人に入団していたら、ローテーションにも入れずに191勝もできなかったかもしれない。でもね、みんな《191勝》のことを口にするけど、本当に僕が自慢できるのは《190敗》の方なんだよね。190敗もしたのに、それでも信頼して試合に使ってもらった。それはいちばんの自慢。巨人にいたら、こんなに負けたら使ってもらえないよ。でも、僕はヤクルトで190敗もしながら、それでも信頼して試合に使ってもらった。それを自慢したい気分だね」
何浅はかだったのだろう。僕は「残り9勝」にばかり気を取られていたけれど、当の松岡さんは「190敗」を誇りにしていたとは! 器の大きさ、度量の違いを見せつけられたような気がする。あぁ男道。
——松岡さんが考える「エースの条件」とは何でしょうか?
その答えは日にシンプルだった。
「ケガしない、病気しない、ローテーションを守る。絶対にチームから、ベンチからも離れない。それがエースの条件」
チームが「常勝」を宿命づけられてはいない一方で、和気あいあいと楽しく野球をしている選手もいれば、コツコツと自分の仕事をやりとげる選手もいる。基本的にはみんなガツガツしてはいなくて、仲良し。
思えば、今年(2017年)の広島カープは、「ヤクルト的な野球が、もっともうまく機能した一例」なのかもしれません。
僕の知らない「国鉄スワローズ」時代の話も書かれていて(著者と僕は同世代なので、著者も「国鉄」時代のチームは直接見てはいないのでしょうけど)、あの国鉄がプロ野球チームを持っていたのか、と感慨深いものがあります。
もう、国鉄がJRとして分割民営化されてから、30年経つのだなあ。
1955年に国鉄スワローズに入団し、二塁手として活躍後、1961年に引退した佐々木重徳さんの話。
「スワローズの由来となった《特急つばめ》にも、よく乗りましたよ。最後尾がデッキ付きの展望車になっていて、本来は一等車料金が必要なんだけど、同じ国鉄同士ということで、”今日は他のお客さんが少ないから、どうぞご自由に”って、スワローズ選手たちに開放してもらったりしましたね。試合が終わって東京に戻るときも、本来ならば営業時間外なのに、スワローズ選手たちのために、特別に食堂車を貸切営業してくれて、ステーキを焼いてくれたり、温かいカレーライスを食べさせてもらったり、国鉄の仲間として、みんなが応援してくれているのは感じていましたね」
——当時は全国の国鉄職員がチームを支えてくれたそうですね。
「当時の国鉄職員はみな、スワローズ後援会の会員で、少ない給料の中から毎月500円が天引きされていたそうです。全国の国鉄職員の応援があったから、僕たちは野球ができたという思いはずっと持っていましたね。何しろ《国鉄》ですから、日本全国に鉄道網があり、何万人という職員、そしてその家族がいましたからね。名古屋や大阪、広島に行っても、国鉄関係者は応援してくれましたから。僕らもキャンプなどの時間があるときはご当地の鉄道管理局にあいさつに行きましたからね」
ヤクルトにとっての栄光の1990年代、野村克也監督によって「活かされた」選手たち、古田、宮本、飯田らのエピソードはよく知られていますが、「野村監督の指示に従わなかったため、起用されなくなって消えた選手」のことも詳しく書かれています。
苫篠賢治さんは、晩年にカープに在籍していて、コーチもつとめておられたので、僕の記憶には残っている選手なのですが、「脇役に徹することができない」とされ、怪我はよくなっていて、二軍では成績を残していたのに起用してもらえなかったそうです。
この本を読んでいると、苫篠選手の言い分には、けっこう理があるように感じるんですよ。
ただ、そこで「中途半端にものわかりが良い態度をとらなかった」ことが、野村克也監督の成功につながった、とも言えそうです。
とりあえず、勝負の世界だから、正しいから勝つというよりは、勝ったから正しいことになった、というのは致し方ない面もある。
この本を読んでいくと、理論家である一方で、そういう非情さを隠さなかった野村克也監督は、ヤクルトの監督としては、かなり異質な存在だったということもわかります。
だからこそ「劇薬として効いた」のでしょうね。
著者は最後の章で、「ヤクルトらしさ」について、OBや現役選手たちに訊ねていくのですが、現在の背番号「1」、ミスタースワローズの山田哲人選手は、こう答えています。
「ヤクルトらしさって、《ファミリー》って感じですかね。入団前から、ファミリー球団とかよく聞きましたし、フレンドリーな感じなのかなぁって。実際に入ってみて、やっぱりファミリーでした(笑)。実際、ロッカーとかではすごく楽しいですし、そうかと言って、練習場、球場に入るとオンとオフがハッキリしているというのは感じましたね。そういう部分でもヤクルトに入ってよかったなと思いましたね」
子どもの頃は巨人ファンだったという山田は、さらに続ける。
「かつて巨人ファンだった僕にしてみたら、ヤクルトは嫌なイメージありましたね。有名な選手とか多いですし、”いい選手がいっぱいいるなぁ”と思いながら、ファンとして見ていました。なんか、しぶとい感じのイメージでした(笑)。実際に入団してみると、先輩たちも、気さくに話しかけてくれましたし、すごい居心地がよかったんで、いいチームだなと思いましたね」
そして山田は総括する。
「僕が考えるヤクルトらしさって、”雰囲気がいい”っていうことじゃないですかね。自分としては、本当居心地がいいんで。ヤクルトでよかったと思います」
このような「ファミリー体質礼賛」のOBたちの言葉は並ぶなかで、前述の広沢克実さんは、苦言を呈しているのです。
広沢に「ヤクルトのチームカラーは?」と尋ねると強い言葉が続いた。
「松園(元オーナー)さんがまだ生きていた頃、ヤクルトに入った人は最後まで職員として面倒を見ていました。それがファミリー体質だったと思うんですよ。だから、野球が終わっても何らかの形でヤクルトの職員になったり、球団に残ったりできると。でも、それは本当の意味でのプロじゃないよね……」
一刀両断だった。そして、それは僕もかねがね思っていたことだった。
「……その姿勢はプロとしてのものではないよね。プロ野球チームにとって、本当のファミリーっていうのは勝つためにどうするかをきちんと考えるのがファミリーで、”ヤクルトに入れば、引退後も安心だ”って考えるのは違うと思いますよ。あの頃は社会、会社が終身雇用の時代だから、それに則った考えなのかもしれないけれど……」
広沢の話はなおも続く。
「……終身雇用のあの時代はそれでよかったのかもしれない。そうやって球団に残れる人は、そういう意味では非常に助かったのかもしれない。でも、ヤクルトの職員になることが、その人のその後の人生で、いいことかどうかわからないと僕は思いますけどね……」
ただ、プロ野球ファンがみんな、常勝球団の極限まで勝負に厳しい姿勢を見たい、と考えているわけではなく、仲良く、楽しそうに野球をやっていて、ときどき優勝争いに絡んでくれればいいや、という人たちが少なからずいるとも思うのです。
ヤクルトが巨人やソフトバンクみたいになったら、それはそれで寂しいじゃないですか。
とか思うのも、いま、自分の贔屓チームのカープが勝っているから、なんだろうな。
どんなにおおらかなファンでも、あまりにも負け続けていると、「もっと積極的に補強して、やる気を見せろよ!」って言いたくなるよね……
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