琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】「最前線の映画」を読む ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
映画を観れば「世界の今」が分かる!アメリカ、ヨーロッパ、アジア諸国の「最前線の映画」を当代一の評論家が鋭く解剖。なにげないシーンやしぐさに秘められた監督の意図、ちょっとした台詞の中に隠された過去の名作・傑作の引用などを次々に読み解いていく―。「町山映画塾」、ますます絶好調!


《本書で登場する映画》
ワンダーウーマンエイリアン:コヴェナントブレードランナー2049◆セールスマン◆マンチェスター・バイ・ザ・シー哭声/コクソン◆イット・フォローズ◆ドント・ブリーズシンクロナイズドモンスターラ・ラ・ランドダンケルクサウルの息子LOGAN/ローガン◆メッセージ◆ベイビー・ドライバー……全20作品!


 町山智浩さんの映画の話は面白い。
 この本は、最近2年間に公開された映画・20本についての町山さんの解説を集めたものです。
 面白いとかつまらないとかいう感想ではなくて、語るべき映画について、一歩踏み込んで「解説」がなされている本なんですよね。
 僕はこの20本のうち8本しか観ていないのですが、ここで紹介されている映画、全部観てみたくなりました。
 僕自身が観て、「うーん、これはちょっとイマイチかな……」と思った作品でも、この解説を読むと、もう一度観直してみたくなるのです。
 作品の「背景」を知ると、映画というのは、本当にいろんな情報の塊なのだな、と思うのです。
 そもそも、撮られているものには、なぜ、それをそういうふうに撮ったのか、という「意味」があるわけですし(すべての映画がそういわけではないのだとしても)。
 個人的には、それでも、『エイリアン・コヴェナント』や『ムーンライト』が好きにはなれそうもないけれど。
 あと、ネタバレ的な内容も遠慮なく含まれていますので、「これから絶対に観るつもりの作品」については、先に観てから読むことをおすすめします。
 

 『ブレードランナー2049』の回より。

「細胞組織は?」コンピュータに聞かれたKは「連結している」と答える。
「高く白い噴水は?」
 噴水? 何のことだ?
 その意味は、ジョイがKにプレゼントする本に隠されている。ウラジミール・ナボコフの『蒼白い炎』(1962年)だ。
 それは1959年に殺されたジョン・フランシス・シェイドという詩人が遺した未完の自伝的な詩「青白い炎」に、彼の友人で文学教授のチャールズ・キンボートが注釈をつけたという体裁のもので、「青白い炎」は、九百九十九行しかないのに、注釈は岩波文庫では三百五十四ページに及ぶ。
 シェイドもキンボートも実在しない。アパラチア州、ユタナ州、ゼンブラ王国など、地名も全部架空だ。そして注釈はそれだけで国際謀略殺人ミステリ的な物語になっている。


 ナボコフか……
 と、知ったようなことを言っている僕は、ナボコフの作品を『ロリータ』しか知らず、しかも、その『ロリータ』さえ、一度も通して読んだことがありません……
 こういうところで、「じゃあ、『ロリータ』を読んでみよう!」というのが、1970年代、80年代の「筋金入りのオタク」だったんだよなあ。
 今は、どちらかというと、「そんなマニアックなコンテクストを商業映画に入れるのはいかがなものか」みたいな反応も少なくないはずです。
 まあ、最近は、「ネットで元ネタの解説をしてくれる人」もたくさんいるので、なんとなく知ったような気分にはなれるのですが。


 また、クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』の回では、この映画と史実との「違い」についても語られています(町山さんは、感動を生み出すための、いくつかの噓、だと仰っているのです)。

 まず、小船はいっせいにダンケルクの沖合に現れたわけでも、一度に兵士を助けたわけでもない。救出に向った民間の船は三々五々、ダンケルクに到着し、撤退作戦は5月26日に始まり、6月4日まで続いた。つまり、およそ十日を要している。
 また、兵士たちの大半は、イギリス海軍駆逐艦が助けている。民間の小船が助けた兵士がいたのは事実だが、全体から見ればごく少数だ。
 これはイギリスでは「小さな船の伝説」と呼ばれている。小船による救出劇は「国民が一丸となって戦った」という戦時プロパガンダとして利用された。そのいきさつを題材にした『人生はシネマティック!』(2016年)という映画も作られた。
「伝説化されたことは分かっている」。ノーランは言う。「だが、彼ら普通の人々が命懸けで兵士を助けるために小さな船で危険な海に飛び出していった英雄だったのは事実だ」。
 ノーランは確信犯だ。
ダンケルクは撤退戦だ。ラストに引用した演説のとおり、チャーチルも撤退では勝てないと言った。だが、同時にダンケルク撤退が成功しなければ最終的に英国がドイツに勝利することはなかったとも言っている。ダンケルク撤退は兵士を救っただけでなく、国民の心を一つにしたんだ」
 伝説が必要な時もある。最後にマーク・ライランス扮する船長は不快な事実を隠し、息子の友人の死を伝説化する。


 たぶん、同じように、「不快な事実を隠して、伝説化されたこと」って、歴史にはたくさんあると思うのです。
 人間の歴史のうえで、「噓」(あるいは「物語」)が重要な役割を果たしてきたことは否定できません。
 クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』にも、バットマンが自分を犠牲にしてハービーの名誉を守ることによって、ゴッサムの市民を絶望から救おうとした描写がありました。
 『ダンケルク』は、リアリズムの映画だというイメージがあったのですが、実際は「多くの人が求めている、現実であったほしいと願っているもの」を忠実に映像化した作品だったともいえそうです。


 この本のなかで、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙-サイレンス-』についての解説が、僕はいちばん心に残りました。
 この『沈黙』という映画が好きなこともあって。
 この解説は他のものよりも長くて、町山さんも語りたいことが多かったのかな、と思ったのですが、長さの違いは、それぞれ公開された媒体の制約によるもののようです。
 ちなみに、この『沈黙-サイレンス-』の解説は、ブルーレイディスクのプレミアム・エディションに封入されていたブックレットに書かれていたものです。
 そこには、遠藤周作さんが小説を出版した際の『沈黙』へのカトリック教会の反応やマーティン・スコセッシ監督の「司祭を目指しながら、酒と性欲とロックンロールに溺れて、罪にまみれてはまた教会に行って懺悔を繰り返していた」という過去、そして、「赤狩り」に屈して仲間の名前を言ってしまった、スコセッシ監督の師匠、エリア・カザンの人生の彷徨が紹介されているのです。
 そうか、だから、スコセッシ監督は、この『沈黙』の映画化に、長い間、取り組んできたのか……

『沈黙』のロドリゴに最初から最後までまとわりつづけるキチジローという切支丹がいる。生き延びるために家族を売り、何度でも踏み絵を踏み、ロドリゴを売った。キチジローは裏切りを重ね、そのたびに懺悔する。最初、ロドリゴは、キチジローへの軽蔑を抑えきれない。だが、遠藤周作は「キチジローは私です」と言っている。卑怯で弱い裏切り者こそ最も救われるべきではないのか。
 ロドリゴは自ら裏切り者に堕ちていく過程で、キチジローに共感し、キリストを裏切ったユダにも共感していく。ユダはキリストに接吻した。それは「裏切りのキス」と呼ばれるが、果たしてそうだろうか。ユダこそ、どの信徒よりもキリストを愛していたのではなかったか。だからキリストを売るという最もつらい役割を引き受けたのではなかったか。
 最後、キチジローが再び告解に現れる。キチジローを演じる窪塚洋介の顔がロドリゴの脳裏のキリストの顔に非常に似ていることに観客は気づく。スコセッシはインタビューで「実はキチジローはロドリゴの教師なのです」と言っている。再びキリストの声が聴こえる。
「主よ、あなたがいつも沈黙しておられるのを恨んでいました」
「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのだ」
 人間に最も必要なのは、奇蹟でも説教でもなく、ただ黙って肩を抱いてくれる存在ではないのか。
 それに気づいたロドリゴはキチジローを抱き、黙って額を寄せた。それはアカデミー賞のステージでスコセッシがエリア・カザンに額を擦り寄せた姿にも似ている。


 2時間の映画には、いろんな人生が詰まっている。
 この本を読んでいて、「とりあえず、あの映画を観ておいて、よかったな」と思うところがたくさんあったのです。
 

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