琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

ベスト・オブ・映画欠席裁判 ☆☆☆☆


ベスト・オブ・映画欠席裁判 (文春文庫)

ベスト・オブ・映画欠席裁判 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
伝説の活字漫才コンビ、復活!映画への愛ゆえに怒り、ツッコミ、笑い、時に対立も辞さず語りつくす。『千と千尋の神隠し』のアンタッチャブルなテーマを喝破し、『スター・ウォーズ』を『巨人の星』に、『チャーリーズ・エンジェル』を「通いたい店」にたとえて止まらない、対話型暴走映画評論集。

この文庫を読みながら、考えていました。
もし僕がこれから急に出張で3時間ほど電車に乗るとしたら、持っていく本は、これがいいな、って。
550ページもあるけっこう分厚い文庫、895円+税なのですが、かなりの読みごたえ。
これだけいろんな映画に関することが書いてあると、観たい映画が増えすぎてしまうのは困ったものですけど。


この文庫では、町山智浩さん(=ウェイン町山)と柳下毅一郎さん(ガース柳下)のふたりの対談形式で、さまざまな映画(91本!)が語られています。
このふたりの掛け合いの面白さと、映画への愛情、そして、「映画評論への問題提起」が、この1冊にはあふれています。


世界の中心で、愛をさけぶ』の回より。

ウェイン町山しかし柳下は偉いね。他の映画評論家は試写室で自分の観たい映画だけ観て好きなこと書いて、それで偉そうに評論家でございって言ってるからね。それってグルメみたいだな。高くていいレストランに行って舌鼓打ってるだけ。一般的な食文化の現状について調べもしない。


ガース柳下あんたに言われたかないよ! こういうダメ映画は全部僕に押しつけてるくせに! しかし、『セカチュー』やら『Deep love』やら、最近のヒット作は、評論家からは酷評どころか無視されてる映画ばっかりですね。


ウェイン:いかに評論家という存在が無意味か、社会には何の影響も与えていないか、よくわかるね。評論家十人が誉めるより、柴咲コウ一人のほうが客が呼べるわけだから。


ガース:いや、ヒット作というものは、批評なんて一生に一度も読まないような、つまり普段は全然映画を観たり小説を読まないような客をも集めてはじめてヒット作といえるんですよ。


ウェイン:昔のように誰でも映画を観て、小説を読んでいる時代じゃないんだよな。

いまは、評論も「正しい」だけではなく、「面白い」ものじゃないと、読まれなくなっています。
そういう意味でも、この文庫は「楽しみながら、映画の見方がわかる」(というか、『チャーリーズ・エンジェル』に対する、町山さんのこの言葉には、目から鱗が落ちました。

ウェイン:チャリエン』だって店だよ。映画だと思うから「ストーリーがない」とか言うバカがいるんだ! 店にストーリーがあるか! 水商売ならおねーちゃんが若作りしているのも普通だしな。

映画をあまり「お高く」考えずに、「お尻を楽しむのだってアリ」なんですよね。
2時間店にいて、1800円とかなら、かえって安い!
でも、映画評論家っていうのは、なかなかこんなふうに言ってはくれません。


でも、2人の話のなかには、「映画の現状について」の危機意識が語られたものも少なくないのです。
ALWAYS 三丁目の夕日』の回より。

ガース:いや、どうも監督は「全部セリフでわかりやすく説明してやらなきゃ観客にはわからないんだ」と信じてるみたい。だって、子供が自動車に乗せられて去った後、吉岡は少年が書き残した手紙を見つけるんですが、そこには「おじさんといたときがいちばん幸せでした」って書いてあって、それが子供の声で画面にかぶさるんですよ!


ウェイン:そんなもん、金持ちの息子になるのに憂鬱そうな子供の顔を見せるだけで充分だろうが! どうしてセリフで観客の心を無理やり誘導するんだ?


ガース:誘導どころか無理やり手を引っ張って、「ハイ、ここが泣くところです!」って引きずりまわしているみたいなもんです。観客に自主的に考えさせる隙をいっさい与えないんですよ。


ウェイン:最近の小説やマンガもみんな同じだけどね。「悲しい」とか書き手の感情がそのまま書いてある。それこそ夕日や風景に託して言外に語るという和歌や俳句の伝統はどこへ行っちゃったんだ?


僕も『三丁目の夕日』を観て、同じように考えていたのです。
「こんなに過保護だと、誘導されているみたいで気持ち悪いな」って。
でも、世間では評判が良いみたいだし、僕のほうが間違っているのかという気もしていました。

これを読んで、ああ、やっぱりそうなんだ……と。
映画、とくに邦画はどんどん「過激で前衛的なもの」と「わかりやすい、過保護なもの」に両極化しているみたいです。
「そうしないと観てもらえない」というのであれば、作る側にとっては仕方が無いのかもしれないけれど、それを観て育った観客は、ずっと「成長」できないのだよなあ。


「映画好き」にとっては、これだけの内容が、この手軽さで読めるのは、かなりお得だと思います。
 いままでの「説教くさい映画評論」に食傷気味の人もぜひ。

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