琥珀色の戯言

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【読書感想】どん底名人 ☆☆☆☆

どん底名人

どん底名人


Kindle版もあります。

内容紹介
名人四連覇など囲碁界の頂点を極めた依田紀基。頂点を極める才能を開花させた環境とは? そして私生活でも極めた贅沢。やがて頂点から遠ざかり、家庭も崩壊していく破天荒な人生を、著者自らが書き記す。


 飲む打つ買うの三拍子!つけて加えて名人四期!
 囲碁界「最後の無頼派」とも言われている依田紀基九段の自伝です。
 依田さんは、自らの子供時代を振り返っておられるのですが、とにかく自分の興味があることは徹底的にやらなければ気が済まず、興味のないことは全くやらない、そんな子どもだったみたいです。
 幼少の頃は野山を駆け回っていたのだけれど、自分の相手をさせようとお父さんが囲碁教室に連れていったのがきっかけて、依田さんは将棋にのめり込んでいくことになります。


 囲碁や将棋の「棋士」といえば、囲碁の修行をしながらでも、とりあえず学校の勉強もそれなりにやって、優秀な成績をおさめている「天才」というイメージがあります。
 僕は囲碁棋士にはあまり詳しくないのですが、将棋の棋士のなかには、プロ棋士として活躍しながら、難関大学に合格している人も少なからずいるのです。
 藤井聡太四段が、高校に進学するかどうか悩んでいる、というのが最近話題になっていましたが、彼ほどの天才であれば、学校の勉強をすることも将棋界にとっては「時間の無駄」なのかもしれません。
 その一方で、「普通の高校生の生活」を経験することが、人生全般にとってはプラスになる可能性もありますよね。
 そもそも、周囲からみれば「天才」「特別な人」でも、本人にとっては「一度しかない、自分の人生」なのです。
 甲子園で大活躍し、ヤクルトスワローズ早稲田実業から入団した荒木大輔さんが、自分の人生で後悔しているというか、残念に感じていることは「大学に進学しなかったこと」だそうです。
 野球人としての成長云々ではなくて、「友達とダラダラ過ごしたり、サークルやアルバイトをするというような、普通の大学生」を経験してみたかった、と。
 

 依田さんは、本当に囲碁にしか興味がなく、学校の勉強はほとんど(全く?)やらなかったそうです。
 通知表は、オール1。
 いやいやいや、「オール1」なんて、『ドラえもん』の野比のび太でもないかぎり、現実にはありえないだろう、囲碁で名人にまでなった人だし、テスト前にサラッと勉強するだけでも、オール1ってことはなかろう、と「釣り」認定していたのですが、この本には、中学校3年生のときの通知表の写真が掲載されています。
 一学期の社会に「2」がひとつある以外は、本当に「オール1」!
 すごいなこれ……先生のコメント欄には「卒業おめでとう!自分の目指す道をばく進してください。期待しています」という、あまり接点がない人に義理で出す年賀状のようなコメントが……
 ここまでくると、逆にひとつだけある「2」が、残念にも思えてきます。
 いやしかし、よっぽど学校の勉強をやる気なかったんだろうなあ。


 依田さんは、棋士として強くなれた理由をこんなふうに説明しているのです。

 ただし、碁が好きなだけでは強くなるとは限らない。
 北海道岩見沢市に高橋さんという豆腐屋の碁好きがいた。碁が好きというだけならこれほど好きな人を見たことはない。
 高橋さんは配達の途中でも、碁を打っている場所を通りかかると居ても立っても居られずに自転車を止めて飛び込んで碁を打つ。
 高橋さんが碁を打っている時の表情を見ていると、恍惚の人という感じであった。私が岩見沢から上京する時四段で打っていたが、私が入段してプロ棋士になり岩見沢に帰省した時も高橋さんは四段のままであった。高橋さんがなぜ碁が上達しなかったのかと言えば、高橋さんは碁を打っているだけで無上の喜びで、それ以上を望まなかったからである。
 プロ棋士になって上を目指そうとすれば信念が必要であり。
 例えば、私と同等か私以上の勉強時間を費やしても、プロ棋士になれるとは限らない。これは信念の違いによるところが大きいと私は考えているのである。
 私がプロ棋士を目指すにあたって幸運だったと思うことは、まずは、学校の勉強ができなかったことである。
 自分は頭が悪いというコンプレックスを持っていたから、碁が強くならなければどうにもならないと考えていた。


 依田さんは、ずっと「背水の陣」で、碁を打っていたのです。
 好きなだけでは、楽しいで終わってしまっては、それで食べていくのは難しい、ということなのでしょう。
 まあ、こういうのは、言われて真似できるものじゃないですよね。
 

 デビュー後、期待の若手として大活躍していた依田さんなのですが、いろんな遊びを覚えてしまったこともあり、伸び悩む時期がやってきます。
 そんななかで、囲碁界の「無頼派」として知られる故・藤沢秀行さんとの出会いと交流が、依田さんにさまざまな影響を与えていったのです。


 この藤沢先生のエピソードがまたすごい。

 秀行先生の碁はスケールの大きく華麗な碁で、特に序盤から中盤の感覚は日本一と言われている。プロ棋士が対局後の検討で結論が出ないとき、「ともかく秀行先生に聞きに行こう」というのが、かつては合言葉になっていたほど、感覚が卓越していた。ただし、秀行先生はポカ(うっかりや、早とちりでのイージーミス)が多いことで有名で、ポカさえなければ実力日本一と言われていた。
 また、秀行先生は主に競輪で数億円の借金を作り、囲碁界最高のタイトル戦である棋聖戦を、51歳の時から6連覇して借金をほぼ返したとされる。この間棋聖戦の賞金は管財人が管理し、秀行先生が棋聖防衛のインタビューで「誰が一番喜ぶと思いますか?」と聞かれて、「借金取り」と即答したのは有名な話だ。
 秀行先生は家に借金取りが押し寄せて、神経がすり減り、それが原因でウイスキーの瓶ごとラッパ飲みするようになった。
 秀行先生には世間で知られているだけでも、奥さんが3人いてそれぞれ家庭があり、子供がいた。秀行先生は1925年(大正14)年の生まれであるから、昭和と同じ年である。だから1980(昭和55)年当時、秀行先生は55歳ということになる。
 秀行先生ほど破天荒でドラマチックな生き方をした棋士はいないだろう。


 藤沢さんや依田さんの生きざまを読んでいて感じるのは、「人間にとって、モラルとは何だろう?」という疑問なんですよ。
 処世訓としては、「ギャンブル、浮気、お酒に溺れる人間はロクなことにならない」というのが一般的なのですが、藤沢さんや依田さんのように、自ら強い意志をもって、「破滅型の人生」に踏み込んでいく人というのは、傍からみたら修羅場みたいな状況でも、けっこう本人は楽しんでいるようにみえるし、応援してくれる人もいるんですよね。
 そもそも、本人が「野垂れ死にするのも覚悟の上で好きに生きる」というのであれば、刹那的な快楽を追求しつくして破滅するのもまた本望なのでしょう。
 そういう人たちは、けっして反省しないし、する必要も感じていない。
 そして、そういう人のなかにも、野垂れ死にせずに、みんなから愛されて畳の上で死んでいく人もけっこういるのです。
 中途半端な覚悟で無頼派を気取っている人のほうが、他人に利用されたり、骨までしゃぶれられ、後悔したまま死んでいく。
 まあでも、これを読んで「そうなのか……」とか思う人は、藤沢さんや依田さんの人生を真似しないほうが良いと思います。
 無頼派として生ききれるのは、もともと「そういうふうにしか、生きられない人」だろうから。
 この本のタイトルは「どん底名人」なのですが、依田さんは「自らのどん底っぷりを楽しんでいる」ようにもみえます。
 3人のお子さんに会えない、というのだけは、本当につらそうだけど。

 それに、年上の女性が年下の私に興味を持って話しかけてきたり、好意を寄せてきたりするということは、即、体の関係を持つことができる可能性が極めて高いということである。
 よほど、自分の好みから外れている場合でも、酒が入っているといい女に見えてくるのが不思議である。
 その勢いで関係を持って、酒が抜けてから後悔することも多々あった。
 この当時は女性が複数いる時期のほうが長かった。
 電信柱すら女体に見えるサル状態だったから、最高で8人同時進行という時期もあった。
 それでもほとんど罪悪感はなかった。
 恋人の関係という意識が希薄だったからである。浮気という感覚がほとんどない。
 世間一般では、どちらかが告白したりして、男女の付き合いが始まることが多いらしいが、この頃の私はそういうことは極めて少なく、とりあえず関係を持ってから始まるというのが大半だった。

 私がなぜ、バカラで負けるのか、ここまで読んだ人はわかるかもしれない。
 要するに私はバカラで勝つことよりも、バカラをやることのほうが好きだからである。
 勝っていても負けるまでやる。だから負けるのである。


 いま51歳の依田さんと僕はそんなに年が離れていないのですが、これを読んでいると「自分が生きてきたのと同じ時間に、別の世界が存在していたのではないか」と圧倒されてしまいます。
 真似できる生き方ではないのは、わかっているし、真似しようとも思わないけれど、僕はこういう生き方をしてきた人の話を読むのは、たまらなく好きなんですよね。
 何かの代償行為、なのかもしれないけれど。


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