琥珀色の戯言

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【読書感想】経済評論家の父から息子への手紙: お金と人生と幸せについて ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

山崎元 最後の書き下ろし】「余命3カ月なら、ぜひやっておきたいと思った3つのことのうちの一つが本書の執筆でした。(中略)息子にも、読者にも、本書が経済と付き合う上で、いつまでも役に立つ『明るい人生のマニュアル』であり続ける事を、著者は心から願っています」(あとがきより)

●実際に息子へ送った手紙「大人になった息子へ」からできた本作品。手紙原文も全文収録。
大学に合格した息子へ手紙を送ったことをきっかけに、闘病の中で新たに書き下ろし、書籍化。株式市場との付き合い方、最初の仕事の選び方、リスクとサンクコストについて、自分の人材価値とは・・・。人生をサバイブする戦略が満載。「モテ」や「酒の飲み方」などの楽しいアドバイスも。


 経済評論家・山崎元さんが65歳で亡くなられたのは、2024年の1月1日のことでした。
 食道がんで闘病中であることを明かされていましたが、亡くなられる前の山崎さんの言葉や文章には、鬼気迫るものを感じていたのです。

 もともと、「保険は基本的には不要、どうしてもというのなら、掛け捨ての最低限のものでいい」「投資商品は手数料の安いものを選べ」など、金融・保険業界で仕事をしながらも、忖度の少ない方でした。
 

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 この本は、山崎さんが東大に合格した18歳の息子さんに宛てた手紙が元になっているそうです。
 山崎さん自身が、編集者にその手紙を「こんなものがあるんだけど」と見せてくれたそうなので、息子さんだけではなく、より多くの若者、読者に、という意識はあったのだと思います。

 その手紙の内容をもとに、山崎さんが「お金」「人生」「仕事」「幸福」についての持論を述べているのが、この本なのです。
 率直にいうと、僕自身は、読みながら、自分がもう50歳を過ぎていて、山崎さんが勧める生き方とは全然違う人生だったなあ、と切なくなりました。

 そりゃ山崎さんは東大卒で息子さんも東大に合格するエリートだろうけど、自分のキャリアを自分で形成できたり、起業できたりする人は、ごく一部しかいないよ……とも言いたくなりました。
「ちきりん」さんの著書と似たようなところがあって、読んでいるときは、「なるほどなあ」と思うのだけれど、読み終えて我が身を振り返ってみると、「ただしエリートに限る」だな、と溜息してしまいます。

 山崎さんは、この本の読者として、息子さんと同じくらいの若者を想定しているので、僕などは「対象外」ではあるのですけど。

 子どもたちも含めて、読者には、お金を、効率よく稼いで、正しく増やし、気持ち良く使って欲しい。そのための、考え方と具体的な方法を伝えることが本書の目的だ。
 著者は、自分の息子たち・娘たちを含めて、若い人に対して「大いにお金を稼げ」と言うつもりはない。お金は、目的ではなく手段に過ぎない。必要なだけあれば、それでいい。大金持ちを目指してもいいし、目指さなくてもいい。そこは、それぞれの勝手でいい。
 ただ、お金の稼ぎ方、増やし方で、「不利な側」には回ってほしくない。世間に流されてぼんやりと働いていると、一方的に「利益を提供する側」に回って損をする。資本主義経済はそういう仕組みになっている。また、自称お金のプロのアドバイスに従うと、すっかり「カモ!」にされるようにもできている。


 山崎さんは「搾取される側にならないための新しい働き方」について、こんなふうに述べています。

「新しい働き方」は、第一に「時間の切り売り」では達成できない効率性を求めて、なるべく若い時点で効率良く財産を作ることを目指す。
 第二に、働き方の「自由」の範囲をかつてよりも、もっと大きく拡げたい。
 そして、二つの目的は矛盾しないので、安心してほしい。一方のより良い達成を目指すことが他方の達成をもサポートする相乗効果がある。
 そのために必要なマインド・セットは、(1)常に適度な「リスクを取ること」、(2)他人と異なることを恐れずにむしろそのために「工夫をすること」の2点だ。
 息子よ、君に宛てた手紙の中では、「『自分を磨き、リスクを抑えて、確実に稼ぐ』ことを目指す古いパターンよりも、『自分に投資することは同じだが、失敗しても致命的でない程度のリスクを積極的に取って、リスクの対価も受け取る」のが、新しい時代の稼ぎ方のコツだ。リスクに対する働きかけ方が逆方向に変わった」と書いた。あの部分の意味はこういうことだ。


 この後、山崎さんは新しい働き方の具体的な要点として「株式とうまく関わること」だと仰っています。

 そのための方法として、

(1)自分で起業する
(2)早い段階で起業に参加する
(3)報酬の大きな部分を自社株内し自社株のストックオプションで支払ってくれる会社で働く(外資系企業に多い)
(4)企業の初期段階で出資させてもらう

 この4つを挙げておられます。


 起業とか、ベンチャー企業のスタートアップに参加するなんて、「ギャンブル」じゃないか、と僕などは考えてしまうのですが、現在、2024年は、僕が若かった30年、40年前と日本の社会・企業も、そこで働く人の考え方も変わってきているのです。
 「終身雇用」はお互いにとって期待薄だし、ネットでも、IT企業で働く人は、キャリア形成のためにむしろ積極的に「転職」をしています。ひとつの企業で長く働く人は少なくなり、転職をすることや転職者への悪いイメージも、過去のものとなりつつあります。

 ちなみに、この本のなかでは、(1)〜(4)についてのもっと詳細な説明もされています。
 これまでの日本人は「リスクを避ける」ことを大事にしていたけれど、「リスクと期待できる利益を客観的に比較し、期待値(確率的に得られる値の平均)が高ければあえてリスクを承知で賭ける」べきだと山崎さんは考えておられるのです。
 失敗したら、それを活かして、また次の機会を狙えばいいのだから、個々の成功・失敗よりも、「それはリスクを取るに値するチャレンジだったか」を重視すべきだ、と。
「肝心なのは、失敗しても借金が残らない形で、何度も試すべきだ」とも。

 あらかじめ結論を言っておくと、資本主義経済は、リスクを取りたくない人間から、リスクを取ってもいい人間が利益を吸い上げるようにできている。この点がよく分かったことは、今回この本を書いてみたことによる、父の個人的収穫であった。そして、利益を吸い上げる際に介在するのが「資本」であり、資本に参加する手段が現代では「株式」だ。一度スッキリ分かっておくと、働く上でも、投資をする上でも、見通しが良くなるはずだ。

 さて、君が稼いだお金の増やし方だ。手短に結論から述べよう。お金を効率良く増やすには、次のようにするといい。


(1)生活費の3〜6ヶ月分を銀行の普通預金に取り分ける。残りを「運用資金」とする

(2)運用資金は全額「全世界株式のインデックスファンド」に投資する

(3)運用資金に回せるお金が増えたら同じものに追加投資する。お金が必要な事態が生じたら、必要なだけ部分解約してお金を使う


 投資する金額の決め方、投資対象の選択、「買い」と「売り」のタイミングについて説明したので、お金の運用について必要な「基本」はこれですべて説明したことになる。簡単だろう?


 山崎さんは、この点については、最後までブレることがなかったなあ、と感慨深いものがありました。
 世の中には、いろんな「資産運用の大成功者」の物語が溢れていますが、それはあくまでも稀有な成功例でしかありません。「全世界株式のインデックスファンド(eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)など、手数料は重要!)」を上回るのは、運用の専門家にとっても簡単なことではないのです。
 「リスクを取るべき」というのは、無謀なギャンブルをすすめているわけではなくて、「期待値が高く、結果的にプラスになる可能性が高い、取るべきリスクを取れ」ということです。


 僕にとっては、自分の命が尽きることを意識していた(と思われる)山崎さんが、「幸福」について書いておられる「終章」が印象に残りました。

 たいていの人間は幸せでありたいと願う。では、幸せを感じる「要素」、あるいは「尺度」と何か。多くの先人がこの問題を考えている。
 父はこの問題に暫定的な結論を得た。人の幸福感はほとんど100%が「自分が承認されているという感覚」(「自己承認感」としておこう)でできている。そのように思う。
 現実には、例えば衣食住のコストをゼロにする訳にはいかないから「豊かさ・お金」が少々必要かもしれないが、要素としては瑣末だ。また、「健康」は別格かもしれないが、除外する。

 山崎さんは、この本の最後に、「幸福」に関して見つけた「秘訣」を紹介されています。
 その「秘訣」も、50歳を過ぎた僕には納得できるものでした。
 これは、若い頃にはわからなかったかもしれないけれど。
 興味を持たれた方は、山崎さんが若い人たちに、次の世代の人たちに遺された言葉に、ぜひ触れてみてください。


 あと、山崎さんと息子さんの話を読んで、僕はこれまで何度か紹介してきた森博嗣先生の言葉を思い出さずにはいられなかったのです。

ギャンブル

最も期待値の大きいギャンブルは、勉強である。
(その次は、仕事)

──『的を射る言葉 Gathering the Pointed Wits』 (森博嗣著/講談社文庫)より


 「オルカンを買え」というのは、たぶん、表面的なメッセージでしかなくて、他者をアテにするのではなく、「自分で学び、考えることがいちばん大事」だというのが、山崎さんの本当の「遺言」なのだと僕は思います。


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