琥珀色の戯言

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【読書感想】アニメオタクの一級建築士が建築の面白さを徹底解剖する本。 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

まどマギに見る「今っぽい」建築の極意!
・呪術廻戦に学ぶ建築の「日本らしさ」!
クッパ城の遊び心は実在の建築にも通じる…?


本書の主旨は、マンガやアニメに登場する建物を切り口に、建築の面白さを解説するというものです。

「建築って、詳しく知るのは難しそうで……」
「なんとなくカッコいいということはわかるんだけど……」
建築に対して、どこかで苦手意識を感じている方は多いはず。
もっと気軽に、楽しく建築の面白さを知ってもらうことはできないだろうか? そんな思いから生まれたのが、本書です。

建築は最も生活に密着した芸術作品という側面を持ち、また誰しもが「体験」することのできる知識の結晶でもあります。世界的に有名な名建築に限らず、私たちが暮らす住宅も、買い物に行く商業施設も、その施主・設計者・施工者それぞれが心血を注いで実現させた立派な建築作品のひとつなのです。

肩ひじ張らずに、めくるめく建築の世界を自由に楽しみましょう!


 僕が「建築」というものに興味を持ったのは、今から10年くらい前、40歳を過ぎてからでした。
 神社仏閣や教会、ピラミッドやアンコール・ワットなどの歴史的遺物や遺跡、絵画や彫刻には、ずっと興味があったのですが、建物、とくに現代建築に対しては「わざわざお金を使ってまで見にいくようなものじゃないよな」と、ずっと思っていたのです。現代の建築家が意匠を凝らして建てた家とかは、格好ばかりで、実際には住みにくそうだし。


fujipon.hatenablog.com


 年齢とともに、「建築」というのは「デザインと技術、そして住む人の感情がミックスされた総合芸術みたいなものなのだな」と理解するようになってきました。
 建物には、その時代を生きている人たちの「工夫」と「思想」と「美観」が反映されているのです。
 

 この本、アニメやマンガ、ゲームなどの、いわゆる「サブカルチャー」の作中に出てくる建築を題材にしているのですが、読むと「現代建築の基礎知識」が身につき(まではいかないかもしれないけれど)、これまで何気なく見ていた「建物」に興味が湧いてくるのです。


 最初に紹介されていたのは、こんな家でした。

 箱っぽい建築=モダン。誰もが薄っすらと持っているこの感覚は、実は、建築学の観点から見ても間違いではない。というか大正解だ。
 もっと言えば、このぼんやりとした感覚の正体は、明確に言語化することができる。
 鍵となるのは、近代建築の巨匠ル・コルビュジェが提唱した「近代建築の五原則」だ。この五原則の登場は建築業界にとって、とんでもなく革命的な出来事だった。
 提唱された1920〜30年台から現在に至るまで、コルビュジェの五原則は近代建築のスタンダードとして何十年もの間君臨し続けている。あなたの自宅や職場の建築物も、そのほとんどがこの五原則の上に成り立っているはずだ。
 まさに原点にして頂点・建築の面白さを学ぶうえで、コルビュジェの五原則は避けて通ることができない! ……そしてそんな五原則を解説するのに、うってつけの建物がある。人気アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』内に登場する「鹿目まどか邸」だ。
 見るからにデザイナーズ感溢れる、白を基調としたシンプルな四角い建物。開放的な窓と、アクセントとして絶妙な温かみを演出するグリーン。多くの方が思い浮かべる「モダンな建築」そのものではないだろうか。
 実際、建築士の目から見ても、まどか邸は五原則が無理なく実現された、近代建築のお手本のような住宅である。


 この本では、権利関係もあってか、アニメでのまどか邸の写真ではなく、イラストで「再現」されているのですが、あらためて見てみると、確かにこれはコルビュジェの「サヴォア邸」っぽい!


kanatayomiyomi.blog65.fc2.com
ja.wikipedia.org


 「サヴォア邸」は、20世紀の住宅の最高作品の一つとして知られ、2016年には世界遺産にも指定されています。
 僕が見たサイトには、日本人観光客が年間2000人も訪れる!と書いてあったのですが、1日5〜6人か……と、やや微妙な気分にはなりました。

 「コルビュジェの五原則」は
(1)自由な平面
(2)自由な立面
(3)独立骨組みによる水平連続窓
(4)ピロティ
(5)屋上庭園

 だそうです。「ピロティ」というのは、「柱を使って建物を持ち上げることで生まれる、屋外空間」なのだとか。

 上のまとめサイトでも「まどか邸は豪邸!」と話題になっていますが、たしかに、こんな家に住めるのは、お金があって、現代建築や家のデザインに対して「意識が高い」のだと思われます。
 思い返せば、魔法少女たちが、それぞれが鬱屈を抱えているなかで、まどかは(少なくても外からみれば)もっとも周りから愛され、安定した環境にいる人、なんですよね。それがまどかにとっては、友人たちへの負い目、みたいになっているような気もしますが。
 この家の描写だけでも、鹿目家の経済状態や親のアートに対する造詣の深さ、自由で先進的な家風がうかがえる、とも言えます。

 「家を描いてください」と言われて、まどか邸のようなモダンな家を何の資料もなく描くのは難しいと思うのです。
 鹿目家をデザインした人は、なんかカッコいい家ないかな、と近代〜現代建築の写真集などを参考にしたのかもしれません。
 こういう劇中ではとくに気に留めないような背景や建築物も、創作する側にとっては、さまざまな意味が込められているはずです。

 この本では、マンガの中に出てくる「秘密基地」「未来都市」のモデルになったと考えられる建築についても紹介されているのですが、映像化というのは、本当に細部に至るまで作り手の「想いと知識」が反映されているものなのだなあ、と感心せずにはいられません。
 もちろん、資料をめくっていて、なんかカッコよかったから、参考にした、という程度のものもあるのかもしれませんが。

千と千尋の神隠し』と言えば、スタジオジブリ作品のなかでもトップの興行収入を誇る人気作品だ。公開当時私は小学生だったが、クラス中のみんなが「ア…ア……」とカオナシのモノマネをしていたのがとても印象深い。
 社会現象と言えるほど大きな影響を与えたこの作品の中でひときわ目を引くのは、やはり『油屋』の存在だ。油屋は神々が体を癒すためにやってくる部屋で、作中でも大奥のシーンは、この建物を中心に展開される。

 正面は鮮やかな赤や金で彩られた煌びやかな和風の外観である一方、海に面した従業員用の宿舎は質素な木造にトタン屋根が乗せられ、まるでバラックのような様相。
 屋上には洋風の塔も見え、海面の近くは水対策のためかコンクリートで無骨な造りになっているなど、様々な建築様式がコラージュされた複雑な建築である。
 その特徴的な構成も面白いが、本項では作中、舞台装置として重要な役割を果たしているとある空間構成について注目したい。
 その名も「ボイド」である。
 
 ボイドとは、空間の「抜け」を指す言葉だ。日本語では「吹き抜け」という意味で使われることも多い。床に穴を開けて空間を通すことで、開放感を出したり広がりを演出したりするボイドは、住宅からショッピングモールまで、幅広く用いられているテクニックである。
 ただの吹き抜けと言って仕舞えばそれまでかもしれないが、実はボイドという言葉はもっと多くの意味や効果を含んでいる。機能的な面はもちろん、建物自体の余白、つまり空間づくりを考えるにあたって欠かすことのできない存在なのだ。


 「ボイド」については、イオンモールの専門店街、中央部が吹き抜けになった内装をイメージすると、わかりやすいと思います。
 『千と千尋の神隠し』の油屋のモデルとなった建物にはいくつかの説があり、ひとつの建物だけを参考にした、というわけではないようです。

onsen.nifty.com


 あの映画の舞台に影響を与えた建築がいくつもあり、その「吹き抜け」というテクニックは、2020年代イオンモールにも受け継がれているのです。
 もう慣れてしまいましたが、最初にイオンモールに行ったときには「こんなに真ん中の吹き抜けが広かったら、落ちて怪我をする人が出て危ないのではないか」と感じた記憶があります。
 作る側もそういったリスクは承知の上で、あえて、あの「ボイド」をつくったのでしょう。買い物をするお客さんにとって(あるいは店の売上への)メリットのほうが大きい、と判断して。

 「建築」、とくにいま、人が生活していたり企業が入っていたりする建物というのは、身近すぎて「わざわざ見に行かなくても」と思ってしまいがちなのですが、興味と基礎的な知識ときっかけがあれば、「ハマる」要素に満ち溢れています。
 読者がさらっと流してしまうような「マンガやアニメ、映画のなかの建物」は、けっして、偶然の産物ではないのです。


fujipon.hatenadiary.com

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