「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨 (角川新書)
- 作者: 大木毅
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2019/03/09
- メディア: 新書
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「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨 (角川新書)
- 作者: 大木毅
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2019/03/09
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内容(「BOOK」データベースより)
ドイツ国防軍で最も有名な将軍で、連合国からナポレオン以来の名将とまで言われた男、ロンメル。最後はヒトラー暗殺の陰謀に加担したとされ、非業の死を遂げるが、北アフリカ戦線の活躍から生まれた「砂漠の狐」の名称は広く知られている。ところが、日本では40年近く前の説が生きている程、ロンメル研究は遅れていた。総統の忠実なる軍人か、誠実なる反逆者か?最新学説を盛り込んだ一級の評伝!
「砂漠の狐」ロンメル将軍の名前を耳にしたことがある人は少なくないはず。
僕も学生時代に、シミュレーションゲームにはまっていたとき、『タクティクス』という雑誌でロンメル将軍のアフリカでの活躍を読んで、「この人がドイツ軍全体を率いていたら、どうなったんだろう?」と想像したものでした。
ロンメル将軍は、ヒトラー暗殺に関与した、ということで自殺を強要された、というのも、後世からみれば、「あのヒトラーを除こうとした、良心的な人物」だと思われやすくもあったんですよね。
実際に、戦場では良心に反する敵の虐殺命令は拒否していた、という記録もあります。
この本では、そのロンメル将軍は、本当に「名将」だったのか?という疑問に対して、彼の生涯と史料をたどりながら、答えを出そうとしているのです。
僕はこの本を読んでいて、子供の頃、『三国志(演義)』にハマっていた頃のことを思い出していました。
子供向けの本や人形劇の三国志から入った僕にとって、諸葛亮孔明というのは、風向きさえ変えることができ、少ない兵力で大軍勢をきりきり舞いさせる天才軍師で、無敵の存在だったのです。もう少し孔明が長生きしていたら、劉備が孔明の制止に耳を貸さずに呉を攻めて、夷陵で大敗しなければ……
僕はその後、三国志についての専門書も読み漁るようになっていきました
ところが、それらの本で言及されている諸葛亮孔明は、「天才軍師」ではなかった、というか、むしろ、「内政に関しては素晴らしい手腕を発揮したが、軍事的な才能は、それほど優れたものではなかった」という評価がほとんどだったのです。
孔明自身も、何度も魏との戦いに出陣していますが、結果的には大きな戦果をあげることはできなかったのです。
というか、そうやって、魏を攻めることによって、国内の不満を外に向け、魏から攻められて守勢に陥ることを防ぐための外征だったようにすら思われます。
人というのは、「悲劇の英雄」を求めたがり、第二次世界大戦で、その役割を担うことになったのが、ロンメル将軍だったのかもしれません。
2000年代には、ロンメル評価は、いわば等身大のものとなっていた。デニス・ショウォルターやモーリス・フィリップ・レミィ、ゲオルク・ロイトといった歴史家やジャーナリストが発表したロンメル伝により、戦略的視野や高級統帥能力には欠けるところがあるものの、作戦・戦術次元では有能な指揮官といった評価が定着したのである。ある意味、第二次世界大戦中から続いていたロンメルの偶像化の流れが止まり、逆流したといえる。2008年12月から2009年8月にかけて、ドイツのバーデン=ヴェルテンベルク州歴史館は、ロンメルに関する特別展を開催した。ロンメルはヴェルテンベルク出身であるから、「郷土の偉人」を顕彰したのかと思えば、さにあらず、特別展の名称は、「ロンメル神話」(Mythos Rommel)だった。この特別展は、ロンメルの虚像がいかに形成されたかに力点を置くものだったのである。象徴的な事例といえよう。
さらに、2010年代に入ると、ロンメル批判は一歩進んで、ヒトラーの軍人としての彼を評価できるのか、評価してよいのかという問題意識が生じてきたし、それをかきたてるような事件も起こった。
著者は、エルヴィン・ロンメルという軍人が、当時のドイツ軍のエリートコースをたどってきたわけではなく、戦場での勇敢な中隊長として評価されることで階級を上げていった、叩き上げの非エリート軍人であることを再三指摘しています。
ロンメルは、そのハンディキャップを埋めるために、執拗なまでの自己アピールをしていったのです。そうしなければ、非エリートである自分が、軍人として上昇気流に乗ることはできない、と考えていた、とも言えます。
そういう「現場で中隊長として直接将兵を率いた経験」は、ロンメルの武器や魅力でした。
その一方で、参謀としてのエリート教育を受ける機会がなかったため、大局観に劣り、補給を軽視して敵に突撃していき、目の前の敵は倒したものの、大きな犠牲を出してしまったり、長い目でみれば戦局を悪くてしまうことも多かったのです。
ロンメルにとっては、ひさびさの勝利だった。だが、(1941年)4月以来、ロンメル流の指揮統帥の問題点が、はっきりしつつあった。すでに述べたごとく、奇襲や機動のモーメントを重視し、敢えて麾下将兵の生命を賭する、戦術的には意義のあることだが、作戦次元以上ではそうしたやり方をすれば、戦略的に影響をおよぼすような損害を出しかねないのだ。
「前方指揮」も同様で、キレナイカからトブルクに至る攻勢において、ロンメルが戦死、もしくは捕虜となる危険にさらされたことは多々あった。麾下部隊と連絡が取れなくなったこともある。戦術次元では有効だった「前方指揮」も、作戦次元、より大きな規模の指揮統帥にあってはデメリットがあることが示されていたのだ。
そして、何よりも、ロンメルの補給軽視が暴露されていた。アフリカ戦線を視察したパウルスが、とくに危惧したポイントである。これは、やがて深刻な事態を招くことになる。
しかしながら、部下たちの一部や参謀本部から批判が出る一方で、国民のあいだのロンメル人気は高まるばかりだった。ヤシの並木や砂漠といったエキゾチックな背景で、自ら陣頭に立って戦う猛将というイメージは、ゲッペルス宣伝相にとっては、国民の士気を奮い起こさせるための格好の「素材」だったのだ。ナチのプロパガンダ機構が動員され、ロンメルの姿は連日のように新聞雑誌やニュース映画に登場し、記者たちは、その名将ぶりを書きたてた。ドイツ国民にとって、ロンメルはいまや砂漠の英雄となったのである。
のちに、ドイツ軍の長老、ルントシュテット元帥は、ロンメル将軍を「良き師団長になるための特性はすべて備えている。だが、それ以上ではない」と評したそうです。
野球の世界で、名選手や名コーチが必ずしも名監督になるわけではないのと同じように、戦場での功績が、より高い地位での成功に直結する、というわけではないんですよね。会社でも、中間管理職としてはきわめて有能でも、取締役としてはうまく立ち回れない人は少なからずいます。
ロンメル将軍は、無能ではなかったけれども、成功し、名声を得てしまったがために、自分には向かない仕事をやらなければならなかった、とも言えるのです。
著者は、戦略家としてのロンメル将軍に疑義を呈している一方で、その「人間としての美点」についても言及しています。
戦士として、闘争の対手を尊重するという性格だ。1942年、捕虜となった自由フランス軍の将兵や亡命ドイツ人を射殺せよとの命令を無視したことは、すでに本文で述べた。が、ロンメルが騎士道的な振る舞いをした例は、ほかにもある。1942年10月18日、ヒトラーの指示を受けた国防軍最高司令部は、連合軍のコマンド部隊は戦時国際法に反する存在とみなし、捕虜にした際には、その場で射殺するか、SSの公安機関に引き渡すべしとした命令を、各戦域の司令官たちに通達した。ロンメルは、この命令書を受領するや、焼き捨ててしまったという。ナチズム体制下にあっては、珍しい例といえる。
もっとも、ロンメルが戦時国際法を守った戦ぶりをつらぬくことができたのは、「絶滅戦争」の舞台である東部戦線に配属されなかったという偶然の幸運があずかっていることも否定できない。とはいえ、枢軸軍がカイロに迫る勢いをみせていた1942年の夏、7月13日に、SSが北アフリカでの人種政策実施に備え、国防軍最高司令部と協定を結んだという事実はある。それに従って、ナチにとっての異分子の絶滅にあたるSS出動部隊の派遣も予定されたが、枢軸軍が退勢に陥ったことにより、この件は立ち消えになった。SSが殺戮の実行、あるいは、そうした政策への協力を迫った場合、はたしてロンメルはどう対応したか。興味深い設問ではあるけれど、しょせんは歴史のイフであろう。
いずれにせよ、ロンメルの戦場倫理が正当なものであったことは疑い得ない。「砂漠の狐」の名声がいかに色褪せようと、そのフェアネスに対する評価だけはなお揺るいでいないのである。
「砂漠の狐」は、少なくとも、「卑怯者」でも「虐殺者」でもなかった、ということに、僕もなんだか安心してしまうのです。
それが、後世の人間のロマンチシズムにしか過ぎないのだとしても。
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