琥珀色の戯言

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【読書感想】敗者が変えた世界史(上・下) ☆☆☆☆

内容紹介
古代から20世紀までの歴史のなかから、大志を抱きながらも敗れ去った13人を選び、史実を探りつつ、味わい深い筆致でこれら13人の運命を描いた。巧みな語りと、波瀾万丈のドラマが一体となった13章は、権力、歴史、後世の評価についての考察へと読者を誘う。


栄光のきわみから地獄の闇につき落とされた敗者、彼らは公子、国王、軍の指揮官、国家元首、神秘的な体験や信仰につき動かされる者、もしくはイデオロギーの旗手であり、畏敬や称賛や熱狂的支持の対象となったが、運命の輪が回転するやいなや糾弾されて晒し者となった。詩人が述べるように「美、夢、栄誉といったすべては、水が水のなかに消えるように消えさる」のだ……

――本書「序文 敗者の美学」より

【目次】
(上巻)
序文──敗者の美学
第1章 ハンニバル──ローマを震えあがらせた将軍
第2章 ウェルキンゲトリクス──カエサルに「ノン」といった男
第3章 クレオパトラ──失われた幻想
第4章 ジャンヌ・ダルク──死をへての勝利
第5章 モクテスマ二世──最後の皇帝
第6章 ギーズ公アンリ一世──神に従い、王に反して


(下巻)
第7章 コンデ大公──その傲慢不遜
第8章 フランソワ・アタナズ・シャレット──わが心のヴァンデ
第9章 リー──勇敢な将軍
第10章 トロツキー──裏切られた革命家
第11章 蒋介石──丈にあわぬ服を着た男
第12章 チェ・ゲバラ──伝説となったある男の最後の転落
第13章 リチャード・ニクソン──呪われたN


 「勝者が歴史をつくる」と言われるのですが、歴史好きにとっては、「敗れたがゆえに、記憶に残る人」というのも少なくないのです。
 そもそも、戦いの舞台に上がれなければ、「負ける」こともないわけで。
 今年(2020年)のNHK大河ドラマの主人公・明智光秀はその代表格でしょうし、西郷隆盛や『三国志』の諸葛孔明のように「志を持ち、一度は成功をおさめながら、大業を成し遂げられずに命を終えた人物」のことは、印象に残りやすいんですよね。

 この本でとりあげられている「13人の敗者」のなかで、僕がすぐに名前と業績を思い出せるのは8人だけでした。当初は、ヒトラームッソリーニサダム・フセインといった人々も候補にあがっていたそうです。著者は、彼らを選ばなかった理由を詳しく語ってはいませんが、ヒトラーについては「歴史として語る」にはあまりにも記憶が生々しく、さまざまな反応が予想され、サダム・フセインについては、客観的な評価をするには、もう少し時間がかかると判断したのではないかと僕は思いました。

 「敗者」について語れるようになるのも、ある程度「時間」が必要なのかもしれません。

 この本を読んでいて印象的だったのは、敗れた英雄たちの「その後」が、けっこう詳しく紹介されていることでした。
 カルタゴハンニバルは、ザマの戦いで大スキピオに敗れたあと、カルタゴの復興に尽力しますが、ローマからの圧力とカルタゴ内部での政争により各地を転々とした末に、自ら毒薬を飲むことになりました。
 ガリアでカエサルを苦しめたウェルキンゲトリクスは、ローマに降伏したあと、6年間も虜囚として幽閉され、カエサル凱旋式のときにローマ市民に「お披露目」された後に処刑されました。
 こういうのを読むと、この英雄は、6年間、牢獄で何を考えていたのだろう、なんらかの劇的な情勢の変化があって、救出されることを期待していたのだろうか、などと想像せずにはいられません。
 僕はその後の歴史を知っているので、「6年間もこんな酷い目にあわせるなんて」と思うけれど。


 アメリカの南北戦争で南軍を率いたロバート・リー将軍は、奴隷制へのこだわりも薄く、進歩的で奴隷解放にも好意的な地主だったそうですが、生まれ育ったヴァージニア州への愛着から、南軍の指揮をとることになりました。
 その前に、リンカーン大統領が自らリー将軍を招いて、北軍の司令官への就任を求めたこともあったそうです。

 南北戦争は、工業化が進んでいて、経済力で上回っていた北軍の勝利に終わったのですが、その終戦の調印式で、こんな出来事がありました。

 リーは安堵の表情を浮かべ、南北戦争終結の協定に書名した。グラントの手をにぎり、部屋にいた北軍の将校たちにすばやくあいさつし無言で出ていく彼の面構えは不敵なものだったが、その拳は固くにぎりしめられていた。彼のもとへ、ほとんどの戦場でリーが騎乗し指揮をとった愛馬トラベラー号がつれてこられた。一つ大きなため息をつくと、リーは愛馬にまたがりマクリーンの屋敷の出口まで並足で進んだ。平和の到来と北軍の勝利を祝うため、なんと百発の祝砲が準備されていたが、ついに発射されることはなかった。グラントが、エイブラハム・リンカン大統領(その数日後に暗殺される運命だったが)と同じく、北部と南部の和解への長い道のりをおもんばかって、凱旋気分を戒め、号砲の中止を決定したのだった。さらにグラントは、リーに自分の気持ちをはっきり伝えるため、人馬一体となったリーが直立姿勢で彼の前を通りすぎるとき、突然もっとも威厳に満ちた行動をとった。まるで勝者のように堂々とした敗将の前で、静かに脱帽して敬意を示したのである。

 マクリーンの農場から戻った偉大な敗者は、古強者の兵士たちに書名したばかりの降伏文書の内容を告げた。部下の「レ・ミゼラブル」たちは、二度の栄光ともっとも厳しい敗北を経験してきたので、安堵のため息をもらすだろうと思われた。ところが、古参兵士たちの顔に浮かんだのはそれどころか、悲哀の表情だった。リーが愛馬トラベラー号にすっくとまたがり、帽子を手に野営地を横切るとき、だれからともなく彼らは儀仗兵の隊列を作って敬意を表した。突然、一人の声がして、やがて全員が唱和した。「将軍、ひとことお願いします! そうすればわれわれはまた戦いに出発します」


 まるで映画のワンシーンのような話ですよね。
 これほどまでに敬意を集めたリー将軍は、「南部」にとっては英雄として語り継がれているのですが、その一方で、現在でもリベラル層からは、「南部の象徴」として敵視されている面もあるのです。
 
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 2017年には、ヴァージニア州で、リー将軍銅像の撤去が議会で決議されたことに対して、賛否双方のデモや激しい抗議行動が起りました。


 また、トロツキーの項では、こんな話が出てきます。

 トロツキーは、レーニンに政治家として責任ある地位を提示されたときは辞退したものの、赤軍の長となってからは手をゆるめず内戦を指揮した。監禁された家族の処刑の命令に署名し、5万人の囚人の虐殺の責任者となり、「集中キャンプ」の設置を命じ、チェカすなわち政治警察の人員を三年間で1万2000人から28万人に増やして強化した。「わが党は内戦を支持する。内戦とはパンを求める戦いだ。内戦万歳!」とトロツキーは叫んだ。


 スターリンとの政争に敗れ、のちに亡命先で暗殺されたトロツキーだったのですが、権力を握るチャンスはあったのです。

 とはいえトロツキーは中央委員会書記長スターリンをあっさり始末することができたはずだった。赤軍の部隊でクレムリンを包囲すればよかったのだ。そうすべきではないかとトロツキーにささやく者もいた。しかしトロツキーは、政敵からレッテルを貼られた「ナポレオンの弟子」のイメージどおりの行動はとりたくなかった。敗北が近づいていることを想定していたのかもしれない。ボリス・スヴァーリンに別れを告げたとき、トロツキーは「彼らに殺されるだろう」と言い残したという。


 赤軍を握っていたトロツキーがその気になれば、スターリンを排除することは十分可能だったのです。
 僕はこれを読んでいて、前漢の建国の功臣・韓信のことを思い出しました。
 漢の劉邦と楚の項羽が覇権を争っているとき、韓信がどちらにつくかによって天下の趨勢が決する、という状況になったのです。韓信には、独立して第三勢力となり、漢と楚の疲弊を待つという手もありました。
 しかしながら、結局、韓信は自分を取り立ててくれた劉邦の側につき、漢が天下を統一します。漢の功臣として王に封じられた韓信は、のちに謀反の嫌疑をかけられ、刑死しました。韓信は、死の間際に「あのとき独立を勧めた者の言葉に従わなかったのが残念だ」と述懐したと伝えられています。

 トロツキー韓信もけっして臆病な人間ではなく、多くの兵士を率いて活躍し、大量の人間を死に追いやって地位を築いてきました。
 そんな勇者でさえも、ここで自分が動けば天下を取れる、という状況で、迷ったり、踏ん切りがつかないことがあるのです。
 それは「臆病になってしまった」のか、「彼らの美学」だったのか。
 もちろん、行動していたら、無謀な反逆者として歴史に冷笑されたかもしれませんが。

 正直、カタカナの聞き慣れない人名や地名が並んでいると、ちょっと読みにくいな、と思うところもあるのですけど、歴史好きには楽しめる本だと思います。


虹色のトロツキー (1)

虹色のトロツキー (1)

項羽と劉邦(上中下) 合本版

項羽と劉邦(上中下) 合本版

リンカーン(字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

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