琥珀色の戯言

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【読書感想】AI監獄ウイグル ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

新疆ウイグル自治区は米中テック企業が作った「最悪の実験場」だった。
DNA採取、顔と声を記録する「健康検査」、移動・購入履歴ハッキング、密告アプリ――そしてAIが「信用できない人物」を選ぶ。「デジタルの牢獄」と化したウイグルの恐るべき実態は、人類全体の未来を暗示するものだった。少女の危険な逃避行を軸に、圧倒的な取材力で描き出す衝撃の告発。


 AI(人工知能)を利用した「監視社会」の到来に警鐘を鳴らす人たちは少なくありません。
 僕だって、監視されたくはないのですが、その一方で、インターネットや監視カメラで「可視化」されることによって、反社会的な人たちの「無差別の暴力」を回避したり、相手の「危険度」がわかったりするようになれば、日常のリスクを減らせるのではないか、とも考えるのです。
 自分向けにカスタマイズされた「おすすめの商品や作品」は、窮屈な感じはするけれど、便利ではあります。

 そもそも、自分が悪いことをしようとするのでなければ、「自由だけれど高リスク」よりは、「緩やかに監視されているけれど安全」を望む人は、少なくないと思うのです。

 しかしながら、この『AI監獄ウイグル』を読んで、そんな僕の考えは「権力側を良心的な存在だとみなしている」だけなのだと思い知らされました。

 中国政府は、ウイグル少数民族によるテロや反政府運動を抑え、政府に従順な「国民」にするために、AIを利用した「監視社会」をつくりあげているのです。
 そして、中国のウイグルでの「人権侵害」をアメリカやヨーロッパは強く批判しているのですが、その一方で、少なからぬアメリカのIT企業が、新疆ウイグル自治区を、顔認証システムの実験やSNSのメッセージを分析を行い、危険な人物をあぶり出す「データ収集の場」として利用しているのです。


 なぜ、新疆ウイグル自治区は、高度な監視ディストピア社会になってしまったのか?

 著者は、その経緯について、こう説明しています。

 2001年9月、ニューヨーク世界貿易センターのツインタワーが崩壊した。世界がそれまでに経験したなかでも、もっとも目立つテロ行為だった。1万キロ以上離れた北京の中国政府は、それを独裁支配を強めるための好機とみなした。1ヵ月後、中国は独自の対テロ戦争をはじめた。おもなターゲットとなったのが、新疆に住むイスラムウイグル人で構成される過激派集団だった。
 ところが石油による富と建設ブームのおかげで、2001年から2009年にかけて新疆ウイグル自治区はある程度の平和と繁栄を謳歌した。しかし中国は、繁栄の成果を公平に分配しようとはしなかった。歴史的にこの土地に住みつづけてきた新疆の少数民族よりも、富と機会を求めて東部からやってきた漢族の大集団のほうが優遇された。
 10年近くにわたって不満が鬱積したあと、2009年7月、ウイグル人の暴徒たちは新疆ウイグル自治区の首府ウルムチで街頭デモを行った。政府は対抗措置としてインターネットと通信回線を遮断し、無数のウイグル族の若い男性たちを拘束した。その一部は、分離主義にもとづく暴力的な陰謀を扇動したとして処刑された。
 2009年から2014年にかけて、迫害を受けた何千人ものイスラムウイグル人男性たちがアフガニスタンとシリアに渡り、イスラム国(ISIS)の関連集団による訓練・戦闘に参加した。いつか中国に戻って政府にたいして聖戦(ジハード)をしかける。それが彼らの望みだった。これらの新しいテロリストたちがやがて中国国内で一連の活動をはじめ、銃撃戦、暗殺、刃傷沙汰、飛行機ハイジャック未遂などを起こした。
 2014年から2016年のあいだに中国は、テロ対策の戦術をかつてない水準の残虐なものへと上昇させていった。解決策として利用されたのは、むかしながらの高圧的な取り締まりと「コミュニティー型警察活動」の取り組みだった。後者は簡単にいえば、家庭、学校、職場で密告者を募るという作戦だ。しかしテロの脅威を完全に潰すためには、それでも充分ではないと政府は感じていた。
 2016年8月、陳全国という実力者が新疆ウイグル自治区共産党委員会書記に就任し、地域の最高指導者になった。彼は新しいテクノロジーを活用し、住民への監視と支配を強めていった。たとえば、マスデータ(大規模データ)を使った「予測取り締まりプログラム」の導入によって、罪を犯しそうだとAIが予測した容疑者を拘束できるようになった。陳の指示によって何百もの強制収容所が開設された。これらの収容所は正式には「拘留センター」「職業訓練センター」「再教育センター」などと名づけられた。この地域に住む1100万人のウイグル人のうち、それらの施設に収容された人数は2017年までに150万人に膨れ上がった。
 中国が目指したのは、ひとつの民族のアイデンティティ、文化、歴史を消し去り、何百万人もの人々を完全に同化させることだった。


 著者は、綿密な取材と、その内容についての検証をして、いま、新疆ウイグル自治区で行われている「状況」と呼ばれる民族同化政策を告発しています。

 危険人物をあぶり出す作業というのは、テロ組織の人物と接触したとか、ネットに反中国の書き込みを繰り返しているとかをスクリーニングしているのかと思っていたのですが、実際には、もっと日常的なレベル、それも、かなり過敏というか、地域社会全体が刑務所になっているかのように「監視」されているのです。

 朝の強化活動が終わると、こんどはドアをノックする音が聞こえてくる。近隣の10軒の家に眼を光らせるよう国から任命された地域自警団の役員が、「不規則なこと」がないかあなたの家をチェックする。3人以上の子どもはいないか? 宗教関連の本を所有していないか? 自警団の女性役員は、昨日あなたが仕事に遅刻した理由を尋ねるかもしれない。
 彼女はきっとこう言う。「近所の人からあなたについて通報があったんですよ」
 目覚まし時計をかけ忘れたという犯罪のために、あなたは地元の警察署に出頭して取り調べを受け、「不規則なこと」について説明する羽目になる。
 日課の検査を終えた地域自警団の役員は、あなたの自宅のドアに取りつけられた機器にカードをスキャンする。それは、彼女が検査を終えたことを意味する。
 出勤のまえに車でガソリンスタンドに寄っても、夕食の食材を買いに食料品店に行っても、どの場所でもあなたは入口に立つ武装警備員のまえでIDカードをスキャンすることになる。カードをかざすと、スキャナー横の画面に「信用できる」という文字が表示される。それは政府によって善良な市民だと判断されたという意味であり、そのまま入店することが許される。
「信用できない」と表示された場合、その人物は入店を拒否される。


 ここで「信用できない」と表示された場合も、当事者には、何が原因で信用ランクが下げられたのかわからないことが多いのです。
 その「わからない」ことで、不安と不満がつのり、とにかく政府の言うことに従うしかない、という市民と「なぜ、こんな扱いを受けなければならないのか」と反発する人々に二極化していきます。

 2017年から2020年にかけてインタビューしたウイグル人の全員が、少なくとも複数の家族と3人以上の友人が姿を消したと証言した。強制収容所に連行されたと考えられるものの、家族や友人の身に何が起きたのかはっきりとわからないケースも多かった。取材対象者の3人にひとりは、家族全員が行方不明になり、逃げ切れたのは自分だけだったと語った。


 この本の主要な証言者のひとりであるメイセムさん(仮名)は、海外に渡航経験がある(社会科学の勉強のためにトルコに留学していた)という理由で、「信用できない人物」として「市民教室のクラスへの参加」と「警察署への週2回の出頭」を命じられたそうです。

 ここでも、彼女に選択肢はなかった。毎週金曜日、メイセムは自宅近くの政府庁舎で行われる市民教育の授業に参加した。それぞれの教室には部屋の隅に1台ずつ、計4台のカメラが設置されていた。
「党を愛しています! 習(近平)主席は偉大な最高指導者です!」とメイセムはノートに何度も書かなければいけなかった。
「新疆の3つの悪とは?」と教官は尋ねた。
テロリズム、分離主義、宗教的過激主義です!」と受講生たちは口をそろえて答えた。
 毎週月曜日には、警察が3時間にわたってメイセムの思想について尋問した。
「なぜ中東の国に行くことを選んだんですか?」と取調官のひとりが彼女に訊いた。きまって3人の警察官が眼のまえに坐って質問し、答えをコンピュータに打ち込んだ。
「わたしは大学院で勉強をしているんです」と彼女は説明した。「自分の教育のためです」
「教育ですか、なるほど」と取調官は言った。「どのような種類の教育ですか?」
「ただの社会科学です」
「社会科学を学んでどうするんです? あなたはどのような分離主義的な考えを抱いていますか?」
 べつの取調官が口を開いた。「知り合いの人たちは、あなたは本を読むのが好きだと証言しています。幼いころから読書家だった、と。あなたのような女性が、なぜそれほど多くの本を読む必要があるのですか?」
 何週にもわたって尋問と授業が続いた。相手は言葉を変えながら同じ質問をひたすら繰り返した。そのうちメイセムは、執拗なまでの心理戦に疲れ果ててしまった。
「何度も言いましたが、わたしはただの学生です」
「中東では、どのような過激派と接触したことがありますか?」
接触などしたことはありません!」
 警察の実際の目的は、尋問や授業をとおしてその人物についてのデータをできるかぎり多く集め、将来の行動を予測することだったとのちにメイセムは学んだ。彼女以外にも数十人のウイグル人が、同じような経験をしたと私に話した。
「健康診断、尋問、ガーさんの訪問……当局は、AIシステムのためにできるだけ多くのデータを集めようとした。ソフトウェアがそのデータを分析し、誰が罪を犯すのかを予測する。そういう流れのようでした。


 ジョージ・オーウェルの『1984』や、フィリップ・K・ディックの『マイノリティ・リポート』(映画版も知られています)に触れた人々はみんな「こんな世の中になったら、怖いよなあ」と思ったはずなのに、今、新疆ウイグル自治区で、それが「実現」されているのです。
 諸外国からの批判や人権団体からの抗議に対して、中国は「内政干渉だ」という姿勢を貫いています。
 中国政府、あるいは、中国の多数派(漢族)たちにとっては、「テロや社会不安を予防するために必要なこと」だという意識なのかもしれません。
 自分が「安全」であるためには、他者をここまで抑圧することが許されるのか?
 新疆ウイグル自治区で行われているのはその極端な例ではあるとも言えます。

 日本だって、監視カメラの台数は増え続けていますし、犯罪捜査に大きく貢献してもいるのです。たぶん、インターネットは「他人に見られる(可能性がある)場所」を大きく広げています。

「監視社会」に恐怖を感じる一方で、ある程度監視されていても、DQN(反社会的な人)に襲われない社会のほうが良いのでは、という考えを、今の僕は否定しきれないのです。


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