琥珀色の戯言

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【読書感想】ウクライナ戦争をどう終わらせるか: 「和平調停」の限界と可能性 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

ロシアによるウクライナ侵攻開始から1年。核兵器の使用も懸念される非道で残酷な戦争を終結させる方法はあるのか。周辺国や大国をはじめとする国際社会、そして日本が果たすべき役割とは何か。隣国での現地調査を踏まえ、ベトナムアフガニスタンイラクなど第二次世界大戦後の各地の戦争・内戦を振り返りつつ模索する。

 ロシアがウクライナに侵攻したのは、2022年2月24日のことでした。
 もう、1年経ってしまったんですね。
 軍事力で圧倒的優位とされていたロシアなのですが、欧米をはじめとする世界各国のウクライナ支援もあり、戦局は一進一退の状況で、この戦争は終わりが見えないまま続いています。
 国の存亡がかかっているウクライナに、引けば自らの影響力が低下し、権力基盤が揺らいでしまう可能性が高いロシアのプーチン大統領
 ロシアが核兵器を使うこともあるかもしれません。
 この2020年代に、大国による「侵略戦争」なんて起こらないだろう、そんなの「時代遅れ」だと多くの人が思っていたのだけれど、そんな希望的観測はあっさり打ち破られました。
 
 とはいえ、これまでの人類の戦争で、終わらなかった戦争というのは存在しないのも事実です。
 北朝鮮と韓国のように、「まだ終わっていない戦争」はありますが。

 著者は、この本の最初に戦争開始直後の段階での「ウクライナ戦争の終結のシナリオ」として、5つの可能性を提示しています。
 簡潔にまとめると、以下のようになります。

(1)破滅的なシナリオ(核兵器の使用を伴う世界大戦への突入)
(2)停戦およびロシア軍の撤退と引き換えに、ウクライナNATOへの加入を諦め、ウクライナ東部のロシア編入を認めるなどの両国の妥協
(3)プーチン体制の崩壊
(4)西側諸国対ロシア・中国圏で経済圏が次第に分離
(5)中国やトルコなどが働きかけ、ロシア軍が停戦・撤収

 現在の戦況を見ても、どちらかの一方的な勝利に終わり、相手国は無条件降伏する、というのは考えにくそうです。
(1)は最悪のシナリオです(だからといって、絶対に起こり得ない、とは言えないけれど)。
 欧米では(3)がベストだと考えている研究者が多いようですが、いまの日本からみると、プーチン政権に大きな亀裂が入っているようには見えません。
 (4)などは、ロシアや中国にとっても、欧米にとっても、経済的には歓迎しがたい事態ではあるはずです。


 著者は、トルコのボアジチ大学のギュン・クット准教授(国際関係論)の話を紹介しています。

 クット准教授の分析で興味深かったのは、「プーチン大統領自身が、戦争の目的を既に見失っている」という観測だった。クット准教授は「プーチン大統領は当初、ゼレンスキー政権を瞬く間に崩壊させ、傀儡政権を樹立できると考えていました。それが困難と分かり、北部側から軍を撤退させた後は東部や南部の戦線も含め狙いが定まっていません。まさに「場当たり的」な対応に終始しています」と率直に語った。
 そのためクット准教授は、ウクライナ戦争の終結についても極めて悲観的であった。「戦争の目的が決まっていないから、止めようがない。かといって、ウクライナから完全撤退することはプーチン政権の存続を危うくするので、それもできない。他方、ウクライナ政府側は少なくとも2月24日以降にロシア軍に侵攻された地域を、ロシアに譲ることはあり得ないでしょう。その意味では全く出口が見えない。一体何か月、何年続くのか見通しが立ちません」と辛そうに話してくれた。
 私自身も、クット准教授と同様、プーチン大統領がその座にいる限り、この戦争が長期化する可能性が極めて高いと見ている。


 戦争が長引くほど、国民の不満が高まり、プーチン政権は危うくなっていきそうではありますが、この本の中で著者が詳しく言及しているように「世界各国の経済制裁だけでは、独裁政権の崩壊にまで至ることはほとんどない」のです。むしろ、制裁を受ける国の貧困層が、よりいっそう生命の危険にさらされる、という負の面が大きいようです。
 とはいえ、NATO軍がロシアと全面戦争をする、というのはまさに「世界大戦」になってしまうわけで、NATO加盟国もそれを望んではいないはずです。
 ウクライナを見捨てて、軍事力が支配する世界にしてはいけない、という危機意識は強いけれど、ロシアが自国、あるいはNATOの加盟国に直接侵攻してきたのならともかく、なるべく自国民の血は流したくない、というのも本音でしょう。
 
 プーチン大統領が「戦争の目的を見失っている」というのは、周辺の国からすれば「どこまでの犠牲を覚悟して介入していくべきなのか、判断が難しくなっている」面もあるのです。

 著者は、2009年末から1年間、アフガニスタンの首都カブールに国連政務官として赴任していました。
 その際、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)の副代表だったドイツ人のウォルファング氏と、こんな会話があったそうです。

「戦争が終わる時というのは、どういう時か分かっているかい?」
 私が、答えに迷っていると、ウォルファング氏は次のように続けた。
「一つは軍事的勝利だ。これは、私の祖国ドイツも、あなたの祖国である日本も、第二次世界大戦で連合国側に敗北し、無条件降伏した。このように軍事的勝利で戦争が終わることも確かにある」
 ただし、と言って、ウォルファング氏はもう一つの終わり方を話した。
「もう一つは、戦場ではなかなか決着がつかなくて、どちらかの一方的な軍事的勝利が望めない時だ。その場合、交渉と和平合意によって戦争を終結させる可能性が出てくる」
 当時、アフガン政権もタリバンも軍事的な完全勝利は望めない状況であり、和平合意による停戦と平和の実現があり得る、という話だった。しかし実際には、2021年、米軍がアフガンから撤退したのに伴い、タリバンが瞬く間に軍事的にアフガン全土を掌握し、20年におよぶ戦争は終結した。
 国連政務官として30年近い経歴を持っていたウォルファング氏との会話は、それ以降、私が戦争を終わらせる方法を考える時の、一つの大事な視座になった。基本的に戦争という行為は、「軍事的勝利」か、「交渉による和平合意」しか、終わらせる方法はないのである。


 言われてみれば、当たり前のことではあります。
 物語では、権力者が自分の愚かさに気づく、とか、ヒーローが奇跡を起こす、なんて終わりかたもありますが、「現実的には、その二つしか終わらせる方法はない」のです。

 戦争というのは、はじまってしまえば、「敵国」への遺恨はどんどん積み重なっていきます。
 いくら「平和のために」と第三者に言われても、自分が辛い目にあったり、家族や友人が殺されていれば、「復讐」しないと気が済まない。
 結局のところ、「長年の戦争で疲弊しきってしまい、もうとにかく戦争を終わらせたい」という状況にならないと、「交渉による和平合意」は難しいのです。
 
 ウクライナ戦争も、ベトナム戦争のような終わりかたしかないのでは、と僕はこの本を読みながら考えていました。
 でも、ロシアは当時のアメリカほど「国民が政府のやりたかに自由に抗議できる国ではない」のも事実ですし、仮に停戦したとしても、ロシアとウクライナが隣国であることに変わりはありません。


 この本を読んでいて、あらためて考えさせられたのは「世界の平和にとっての日本の役割」だったのです。
 僕は正直、ウクライナ戦争に対しても、「日本は経済的な援助や難民の受け入れなどを行なってはいるものの、たいして役に立っていないのではないか」と思い込んでいたのです。まあ、カネだけだよな、と。

 しかしながら、軍隊を出して、とか新兵器を輸出して、という直接的な介入をしてはいませんが、「侵略のための軍隊を外国に派遣しない」という憲法を持っていて、第2次世界大戦以降はその国是を遵守している国だからこそできる、そして実際にやってきた「国際支援」がたくさんあることを知りました。

 著者は、日本のNGO日本大使館が協力して、ウクライナからモルドバに逃れてきた難民にきめ細かい援助をしている現場を紹介しています。
 住む場所も食べ物も無くなってしまった難民たちに、モルドバの人たちと協力しながら食糧や医療の提供を行なっているのです。

 紛争当事者を支援する大国や周辺国が、紛争当事者に対して戦争終結に向けて働きかけを行うのと並行して、それとは別途、対話の促進者(ファリシテーター)に徹する役割を果たす国や組織が現れることもある。2018年10月から始まった米国とタリバンの1年半におよぶ和平交渉においては、カタールが一貫してその役割を担った。カタール政府は交渉の内容には口を出さず、米国とタリバンが安全を確保しつつ対話を継続できる環境作りに専念することで、固有の役割を果たした。
 また、コロンビア政府とコロンビア革命軍FARC)の和平交渉においては、交渉の場所をキューバが提供し、交渉当事者が集まるための支援はノルウェーが受け持った。ノルウェーキューバも交渉の中身にはあまり口を出さず、対話のファリシテーターに徹した。その結果、2016年に和平合意が締結され、その後は国連がコロンビアに「国連特別監視ミッション」を派遣し、その和平合意の実施を支援している。
 このように、「紛争当事者の対話を仲介する国」と、「紛争当事者を説得する国」が、必ずしも同じでない場合もある。また国連が最初は役割を担わなくても、和平合意を履行する中で、より大きな役割を果たすこともある。このあたりは、個別の戦争の特質にあわせて、柔軟な対応が必要になる。

 日本は、これまでもカンボジアやフィリピンのミンダナオ紛争、南スーダンなどで、和平調停や、和平合意後の合意の維持活動の役割を果たしてきたのです。第2次世界対戦後は戦争をせず、驚異的な復興と経済発展を遂げた日本は、紛争の当事者に直接圧力をかけて和平につなげることはできなくても、対話の促進者(ファリシテーター)には向いている、とも言えそうです。そのために、危険な紛争国で命懸けで支援してきた日本人もたくさんいるのです。

 また、農業技術の支援や、法制度やインフラなど、さまざまな分野で、日本は世界のために意義のある活動をしていることもわかりました。
 欧米諸国が国がウクライナの戦争に注力せざるをえない状況だからこそ、支援の優先順位が下がってしまいがちなアフリカや中東の国々を日本がサポートする、というのも世界全体にとっては重要な役割なんですよね。

 主に「ウクライナでの戦争の終わらせかた」について書かれているはずの本なのですが、僕は、こんな時期だからこそ、ウクライナ以外でも、世界中に「日本だからできる役割」があるし、それを自分のミッションとして懸命にやっている人たちがいる、ということをあらためて教わりました。


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