琥珀色の戯言

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【読書感想】帆立の詫び状 てんやわんや編 ☆☆☆


Kindle版もあります。

デビュー作『元彼の遺言状』が大ヒットし、依頼が殺到した新人作家はアメリカに逃亡。ディズニーワールドで歓声をあげ、シュラスコに舌鼓を打ち、ナイアガラの滝で日本メーカーのマスカラの強度を再確認。さらに読みたい本も手に入れたいバッグも、沢山あって。締め切りを破っては遊び、遊んでは詫びる日日に編集者も思わず破顔の赤裸々エッセイ。


 新川帆立さん。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』でデビュー。
 『元彼の遺言状』は、綾瀬はるかさん主演で「月9(月曜日の午後9時から放送される、フジテレビの看板ドラマ)」の原作になりました。


fujipon.hatenadiary.com


 それに続いて、『競争の番人』もドラマ化されるなど、いま、いちばん売れている作家のうちのひとりです。

 前掲した感想にもあるように、僕は新川さんの作品の主人公の女性に新川さん自身の「強さ」「圧力」みたいなものを感じてしまって、読んでいて居心地が悪くなってしまうのですが(それは僕が中高年男性である、というのが大きな要因であるような気もします)、このパワフルさはどこから来るのだろう?と、その人となりには興味を抱いていました。

 この新川さんのエッセイ集を読んでみたのですが、「帆立の自己紹介」になっていて、一冊読むと「新川帆立というのは、こういう感じの人なのか」というのが少しわかったような気がしました。
 「偏愛」とも言えるような、バッグへの愛情や、宮崎県から、「東京」を目指して勉強した学生時代、東大法学部という、有無を言わさぬ学歴を持つ女性として、得られたものと、まとわりついてくるもの。

 文庫の冒頭に著者の写真がたくさん載せられているのをみて、「なんか調子乗ってるなあ!」とか、つい言いたくなるのですが、そういう「うまくいっている人に対して、僕が抱いてしまうネガティブな感情」を見透かされているようなところもあって、まあなんというか、めんどくさい人だなあ、とも思ったのです。

 エッセイとしても、面白い!とか、笑える!とか、役に立つ!というようなものではなく、「私はこういう人間で、こう考えている」ということがずっと書かれている、まさに「自己紹介」なんですよね。
 社会性に乏しい伊集院静さんのエッセイみたいな感じ。
 新川さんと同世代の人、とくに女性には、ひとつのロールモデルとして認知されるのでしょう。

 見た目についてコメントしてくる人には、毎回「うるせー!」と思っている。
 書評家同士の対談記事で、私に対して「あー、きれいな人ですねえ」とコメントされていたことがある。書評家が作家の見た目に言及するのもどうかと思うし、それをそのまま文字起こししてしまう出版社もどうかと思った。褒めているからいいという問題ではない。こういう細かいところで、新人、特に女性の神経がすり減り、活力がそがれ、やる気が失われる。本当によくない。後進のためにも、毎回毎回、律儀に抗議していこうとも思う。はい、皆さんもご一緒に、「うるせー!」。

 大学院に進学したり、司法試験を受けたりしたので、働き始めたのは25歳の頃だ。同い年の子たちはもう社会人3年目。みんな良質なバッグを持っていたし、服装も洒落ていて羨ましかった。
 だが勉強して資格を取るといいこともある。私は社会人1年目で年収1000万円以上を稼ぐことになる。こうしてついに、ハイブランドバッグの海へ漕ぎ出すことになるのだった。


 『ドラゴンボール』のフリーザ様の「私の戦闘力は53万です」を思い出してしまいました。
 私にマウンティングするのは許せない!その気持ちは理解できる。
 しかしながら、著者がこのエッセイ集のなかで無意識に(もしかしたらわざとやっているのかもしれませんが)繰り出してくるマウンティングの数々に、僕はもう抑肝散(イライラを抑える効果がある漢方薬)を内服せずにはいられませんでした。
 いや、遠慮して「私はつまらない人間です。実は貧乏なんです」なんて嘘を書かれてもそれはそれで感じ悪いのですが。
 新川さん自身も認識されているように、いまの時代に「本を売る」ためには、内容だけでなく、作家自身のプロモーションが重視されています。作品を読んでもらうために、「見た目」や「作家のキャラクター性」を武器のひとつにしている面はあるはずです。
 「書評家が」という前置きがされていますので、一般読者やファンに関しては、しょうがないんだけどね、ということなのかもしれませんが。

 なんかとってつけたような、人間を番号で呼ぶ「生きづらさ小説」みたいなのを書いている作家よりは、「私が成功しているのは、私がちゃんと頑張ったおかげだ。そして、私には私から見た世界しか書けない」と認識して、背筋をピンと伸ばして立っている新川さんのほうが、僕は好感を持てますし、結局のところ、作家というのは、基本的にエゴイストじゃないと続けられない職業なのかな、という気もするのです。

 僕もこうしてネットで自分のなかの矛盾や悩み、苛立ちを書いているだけで、「でもコイツは医者で子持ちだし、俺たちとは違う」「恵まれているのに贅沢だ」などとブックマークコメントで批判されてしまうので、人気作家で作家としては若手の「東大女子」ともなると、感じる風圧は僕の何百倍、何千倍、あるいはそれ以上のはず。


 新川さんは、デビュー前のこんな経験を語っておられます。

 あるとき、小説教室の宴会で元編集者の方とお話しした。小説教室のテキストには私の小説が掲載されている。元編集者の方はテキストを持っていたし、一部の作品には目を通しているようだった。「機会があったら私の作品も読んでもらえると嬉しいです」と伝えると、「僕は江戸川乱歩賞の最終選考に残ったレベルの人しか相手しないよ」と言われた。「僕は君の作品を読まないし、今後も読むことはない。作品を読んでいない人と話すことはない」と。私も思わず、「それじゃ、もう話すことないですね」と返した。その後は、その人が過去に担当した作家の誰々はアソコが大きかったなどという下ネタを語られた。
 私は宴会を抜けて、トイレでこっそり泣いた。
 作品を読んで酷評されるのならいい。作品を読まれていないのもいい。だが、君の作品を今後も読むことはないと業界の人から宣言されたのはショックだった。

「悪気のないおじさんたち」との遭遇だ。
 デビュー当初からうすうす気づいていたのだが、今回のプロモーション期間を経て、確信に変わりつつある。取材を受けたりイベントに参加したりすると、他人の何気ない一言に傷つけられる場面がある。
 例えばこういう事例だ。
 あるラジオ番組に出演したときはパーソナリティの男性から「可愛いって言われたいだけなんだろ? 可愛いって言っておけばいいんだろ?」と唐突に言われた。別の番組に出たときは、プロデューサーの男性から「あ~東大生って感じですね~」と言われた。講演会のあとに名刺交換した男性から「内容とテーマは良かったと思うが、私は難聴なのでほとんど聞き取れなかった。私が先日行った講演会の資料を送るから参考にしてください」とメールを頂いた。ある男性編集者は打ち合わせで、必ず「新川さんは頭がいいんでしょうけど」と前置きしてからダメ出しをしてくる。「取材の際に作品ではなく私の結婚観や恋愛観ばかり訊かれてモヤモヤした」と男性作家に愚痴ったら、「そりゃそうでしょ。みんな君の作品のことよりも君の結婚観のほうに興味があるよ」と言われたこともある。ある男性の書店関係者からは「これからもアイドル作家として頑張ってください」と満面の笑みで言われた。エッセイを書けば「女流作家の私生活の切り売りにドキドキ」という謎コメントがついたりもする。
「あなたの創作論は間違っている。僕のブログを参考にしてください」と言ってきた者が2名、「ご参考までに、僕の原稿を読みますか?」と言ってきた者が2名いる(いずれも別の男性で、プロ作家ではない)。そのほか、私をモデルにしたと思しきキャラクターが濃厚なエロシーンを繰り広げる小説を「読んでください」と渡してきたツワモノもいる。


 若い女性作家というだけで、こんなに大変な目に遭うのか……
 他人事のように読んでしまったけれど、僕も誰かにとって「悪気のないおじさん」になってしまっているのではないか、と思うと、背筋が寒くなってきました。
 作家の側も、強くならないと、あるいは、強く見せないとやっていけない世界みたいです。

 新川さんが身近にいたら、僕は「敬して遠ざけ」てしまいそうですが、すごい人、面白い人なんだよなあ。
 出版業界の慣習に染まり、仲良しの編集者にべったり、というベテランの作家生活エッセイにはない不穏さを味わえるエッセイ集でした。


fujipon.hatenablog.com

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