琥珀色の戯言

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【読書感想】世界遺産: 理想と現実のはざまで ☆☆☆☆

内容紹介
「国際社会で人類の至宝を守り、後世に手渡す」の理想を掲げ、観光資源としても注目される世界遺産。だが、登録物件が増え続けるなか、いくつもの遺産が危機に瀕し、また各国の政治的介入が常態化するなど課題や矛盾が噴出し始めている。数々の世界遺産の現場を訪ね歩いたジャーナリストがその「光と影」に目を向けながら、文化遺産保護の未来について考える。


 2016年:「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
 2017年:長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
 2018年:百舌鳥・古市古墳群 -古代日本の墳墓群-

 2013年以降は、毎年ひとつずつ増えている日本の「世界遺産」なのですが、正直なところ、1993年に日本で最初に登録された法隆寺や姫路城、翌年の古都京都の文化財、などに比べると、インパクトが弱まっている感じは否めません。
 むしろ、そういう「観光客が目を向けないような場所」にスポットライトを当てるのが「世界遺産」の役割なのだ、ということなのかもしれませんが、「世界にとっての普遍的な価値」があるというより、「町おこし」のために、なんとかストーリーをつくって、世界遺産に選ばれたい場所が多いようにもみえるのです。
 世界遺産に選ばれると短期間では観光客が激増するけれど、時間が経つと元の木阿弥、となるケースも少なくありません。
 沖ノ島のように「もともと観光客を受け入れるようにはなっていない遺産」というのも存在します。
 
 著者は、朝日新聞の記者として、さまざまな地域の世界遺産や、ユネスコでのその決定のプロセスを取材しています。
 そのなかで感じてきた、「世界遺産」というシステムの変遷と現在の問題点について、かなり詳しく述べているのです。

 少々教科書的にはなるが、世界遺産の内容と手続きを、ここで簡単におさらいしておこう。
 世界遺産は、人類が残した足跡を対象とする「文化遺産」、地球が育んだ希少な環境や生態系に対する「自然遺産」、その両方の性格を兼ねた「複合遺産」の三種類に分けられ、国際的な合意のもとでリストに記載される。2019年夏現在、その数は1121件を数える。
 「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value)」、いわゆるOUVを持っていることが大原則だ。その認定には世界遺産委員会の厳格な審議をくぐり抜けなければならない。手続きは作業指針に、事細かに定められている。


 このOUVについては専門家が事前に審査して「登録すべきか」についての参考意見を述べるシステムになっているのですが、世界遺産という存在が大きくなるにつれ、ユネスコに加入している各国の政治的な駆け引きの要素が強くなりがちでもあるのです。
 最近では、2015年の「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が審議された際に、「その場所で日本による植民地の人々の強制労働が行われた」という韓国からの反対意見が出て、ギリギリまで審査がまとまらなかったことがありました。

 著者は、「富士山」について、こんな話を紹介しています。

 あの「富士山」にしても、そうだ。「富士山」は最初、自然遺産をめざした。確かに、高嶺を真っ白な冠雪が覆い、安定感ある均整の取れた孤高の名峰は、世界的にもまれに見る美しさ。まさに日本の象徴たるにふさわしく、多くの人が自然遺産になって当然だと思ったのも無理はない。だが、その登録へ向けた作業のなかで、同じコニーデと呼ばれる成層火山は世界的にそれほど珍しいものではないと知ったとき、誰もが愕然としたはずだ。

 人は、どうしても「地元」とか「自分の国」の遺産に対しては、贔屓目になってしまう、というのは事実なんですよね。
 OUVというのを客観的に評価するのは難しいのです。
 世界遺産については、判断をする専門家にも西欧人が多いことから、それ以外の地域の文化を正確に評価できないのではないか、という意見がそれ以外の地域から出ることもあるそうです。

 僕がこれまで読んできた、世界遺産関連の本に比べて、そんなに目新しいところはないかな、と思いながら読んでいたのですが、最近の変化として、「シリアル・ノミネーション」という概念がとりあげられています。

 「シリアル・ノミネーション」というのは、「広域に点在するいくつもの資産をひとつのストーリーで結びつけ、同一の枠にまとめる、近年はやりの手法」だそうで、「単体で十分な存在感を主張できるめぼしい構造物が減少するなかで出現してきたもの」なのです。
 いや、そこまでして、1100以上もある「世界遺産」をこれ以上増やさなくてもいいのでは……とも思うのですが、ユネスコにとっても、「資格ビジネス」みたいな面もあるのでしょう。
 この「シリアル・ノミネーション」を国境をまたいで行うことも、どんどん増えてきているそうです。

 また、「水中文化遺産」についても、かなりページを割いてとりあげられていました。
 海中に没した都市や沈んだ船の遺物などについても、近年では研究や観光地としての可能性の追求がすすめられているそうです。
 それぞれの国の陸地に存在する文化遺産でも、「植民地時代に持ち去られた」ということで、もともと所有していた(であろう)国が返還を求める、というケースが少なからずあり、調整が難しいのですが、海中の遺物となると、なおさらです。


 日本の近海では、元寇の際に沈んだ船が発見されているのですが、その扱いについても一筋縄ではいきません。

 沈没船をめぐって国々の思惑が複雑に絡むこともあり、下手をすれば国際問題につながりかねない。フィリピン沖で見つかった旧日本帝国海軍の戦艦武蔵の発見者は米国のチーム、というように、複数の関係国が入り乱れることもしばしばだ。鷹島沖の元寇船にしても、その所有権を継承するのが現在の中国なのかモンゴルなのかはともかく、我が国が史跡指定するということは日本の国有財産であることを宣言するに等しいわけだから、文化庁関係者にとってその作業は緊張をはらむものだったのかもしれない。だからこそ水中遺産には、国家間における明確な取り決めが必要になってくるのだ。


 水中にあったからこそ、良い状態で保存されている。あるいは、盗掘や散逸を逃れている)ものも、たくさんあるのです。
 ただ、引き揚げるには大きなコストがかかるし、こういう政治的な問題もネックになっています。
 元寇船の「遺物」は誰のものか?なんて、考え始めたらキリがなさそう。

 世界遺産というのは「国際的、普遍的に価値があると認められている」だけに、政治的、あるいは宗教的な主張のために破壊されることもあります。

 2001年に、タリバーンによって、バーミヤンアフガニスタン)の大仏が破壊されたことは、世界中に大きな衝撃をもたらしました。
 破壊された2つの大仏の再建に対して、長年議論がされていることを僕はこの本で知りました。

 2016年、イスタンブール(トルコ)での第40回世界遺産委員会では、アフガニスタン政府は少なくとも一体の大仏の再建を要請したといい、地元でも賛同する論調が出始めたようだ。
 2017年秋、東京藝術大学で国際会議が開かれ、再建問題をテーマに国内外の専門家80人が議論した。対象は東大仏。こここでは四つのグループがそれぞれのアイデアを提案した。
 ミュンヘン工科大学やドイツイコモスのチームは、残った破片をつなぎ合わせて元の形を再現しようというシンプルな考え。歴史的記念物保護の基本理念となっているヴェニス憲章は憶測による無制限な復元をきつく禁じており、極力オリジナルの素材を利用してパズルのように組み合わせていく、いわゆるアナスティローシスという手法である。ただ、ダイナマイトに吹き飛ばされた大仏のオリジナル素材がはたして何割遺存しているのか、大仏の面影が残る表面だけならばともかく、少なからぬ内部の破片の原位置を正確に特定することなど物理的に可能なのか、といった疑問が残る。ドイツ隊は当初から大仏の再建を考えていた節があるけれど、言うは易し、行うは難し、といったところか。
 おなじくドイツのアーヘン大学は、基礎の上に骨組みを作り、その上に粘土を積み上げていく方式を提案。ただこれも、これだけ巨大な像だけに、その重量で変形しないかなど技術的な不安はぬぐえない。イタリアチームは、大仏の骨組みを組んで、そこに薄く削りだした大理石を貼り付けようとの構想。いかにもイタリアらしい芸術的な案だが、大理石の輝きを放つ大仏とは、ちょっと想像がつかない。
 一方、日本チームの提案は、いまはなき大仏の跡地をそのままにして再建は行わず、代わりに、丘の上の景観を損なわない場所に新たなモニュメントとして、強化プラスチックでミニチュア版の大仏を造ってはどうか、というもの。先の三つに比べればストイックで現実的、悪く言えば地味でいまひとつおもしろみがない。大仏だけなら約二億円、仏龕などを含めて周囲まで造り込めば13億円というからそれなりの構造物だが、資金的に他を上回ることはあるまい。破片などを収容する博物館施設の建設も検討するという。人類が教訓とするべき負の遺産としての歴史的文脈に配慮した考え方とでも言えようか。


 一度失われてしまったものは「再建する」といっても、そんなに簡単なことではないのがわかります。元の材料をつかって、元通りにすることができればそれが一番なのでしょうけど、現実的には難しい。火事で焼失してしまったパリのノートルダム大聖堂も、再建までの道のりは平坦なものではありません。
 結局、このバーミヤンの大仏についての話し合いは「とりあえず現状より悪くならないように保存を心掛け、結論は先送り」になったそうです。
 アフガニスタンの政情悪化で、日本の修復チームも、2013年以来、現地に行けない状況なのだとか。 
 再建してもすぐに破壊されては、意味がないでしょうし……


世界遺産」の現在について、新書一冊にきっちりまとめられている本だと思います。
 見たいものは、見られるうちに見ておくべきだな、と思いながら読みました。


世界遺産 (講談社の動く図鑑MOVE)

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