琥珀色の戯言

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【読書感想】ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

〈世界人口78億人突破! 〉
どう滅ぼすか、みんなで一緒に考えよう!!!!!!

ダ・ヴィンチ・恐山、小説家として待望の帰還!!
突如降誕した魔王と、集められた10人の人間たち。
読む者の“道徳"を揺さぶる、話し合いの幕が開く。

【あらすじ】
全能の魔王が現れ、10人の人間に「人類を滅ぼすか否か」の議論を強要する。結論が“理"を伴う場合、それが実現されるという。人類存続が前提になると思いきや、1人が「人類は滅亡すべきだ」と主張しはじめ……!?


 この本のオビには「どう滅ぼすか、みんなで一緒に考えよう!!!」と書かれているのですが、実際は、「滅ぼすための方法」ではなく、「人類は滅んだほうがいいのか?」という「問い」を、さまざまな立場・主張を持つ10人が議論する、という内容です。


 タイトルをみて、僕はこの本を思い出してしまいました。

fujipon.hatenadiary.com

 「どうやって人類を滅亡させるのか、それは本当に可能なのか?」

 そういう内容なのかと思いきや、人類の行き先を決める「魔王」は、人間が思いつくような方法であれば、どんな形でも人類を滅ぼすことができる存在として描かれています。
 『アベンジャーズ』のサノスのような存在なのです。あるは『デスノート』を人類全体に対して使用できる存在。

 実際にこの本で行われているのは「どうやって人類を滅ぼすか」ではなくて、「人は生きる価値があるのか」、さらに「人が生まれてくるのは善いことなのか」という議論なのです。

「反出生主義」は、近年、ネットではよく耳にする言葉なのですが、「要するに、いまの自分が不幸だったり、苦しい立場にいるから、『生まれてこなければよかった』と思っていて、それをみんなに押しつけようとしているのだろう?」と僕も思っていたのです。

 正直、僕だって、生まれてこなければよかった」と思ったことは少なからずあります。
 とはいえ、生きていればカープの黒田さんと新井さんの熱い抱擁を見ることができたり、面白いゲームで遊んだりすることもできるし、「こうして生まれてしまったからには、楽しめるところは楽しんでから死にたいものだ」と、いまは思っています。
 日によって、「生きていてよかった」寄りのこともあれば、「もう死んでしまいたい」こともあるんですけどね。

ブラック:俺に言わせれば「人類は滅ぶべきでないのが当たり前」という態度にこそ「いい加減にしてくれ」と言いたい。いつそんな合意をとったっていうんだ? まずはそこから話し合って決めるべきだ。


グレー:ふふふ。こりゃ、魔王以外にとんでもなく厄介なのが出てきたなあ。


ブラック:まずはみんなが「生き続けたがっている」と思っている、その偏見から問い直すいい機会じゃないか。実際みんなはどうだ?人類はこれからも生き続ける必要があると思うか?滅んだ方がいいと、少しでも思ったことはないか?


 この本では、「反出生主義者」の「ブラック」さん(登場人物には、それぞれ、色の名前がついています)の主張とそれに対する周囲の共感、反論が中心となっています。

 ブラックさんは、「人間にとっては『生まれること』そのものが苦痛の元凶であって、それならば、生まれなければ(生まなければ)、その苦痛を味わう必要がなくなる、と考えているのです。

「それでも、生きていれば良いこともある」
「種を維持し、文明を存続・発展させていくことが人類の使命なのだ」

 そういう、すぐに思い浮かぶ反論に対して、「反出生主義者」も理論武装して議論が行われていくのです。

 「反出生主義」というのは、生きるのがイヤになった人間のネガティブな思考、虚無主義だと考えている人も少なくないと思うのですが、それは、「人間にとっての幸福や不幸とは何か?」という問いを突き詰めた結論なのです。

オレンジ:「人類の不在は単的に言って不幸ではない」っていうのは、「人類が世界からいなくなったって構わない」ってこと?


レッド:とんでもない発言だ!


ブラック:そうかな? むしろ俺は、当たり前にみんなが受け入れている事実をあらためて言い直しているつもりだがな。
 考えてみろ、人権国家と言われている国で、「出産が法的に義務づけられている国」があるか? 先進国はどこも少子化問題に悩まされ、対策を打ち出そうとしているが、さすがに個人に生殖を義務づけてはいない。


オレンジ:そんなことを義務づけたら、とんでもない人権侵害になる。


ブラック:そう。国家は体制を維持するために人口を増やそうとするが、人権を重視する国家である限り、生殖を義務づけることはできない。あくまで子づくりのお膳立て……「推奨」が限界だ。だから個人はみな「生まない」という自由を行使することができるし、国家はそれを否定できない。


パープル:つまりどういうことかな?


ブラック:ほとんどの現代人は「人類を滅ぼすなんてとんでもない」と思っている。だが、世界中の個人がそれぞれ「生まない」という自由を行使すれば、人類を滅ぼすことが「できる」んだ。魔王なんかが現れなくたってな。そしてそれは、誰もが自由を行使できているという意味で、とても素晴らしいことじゃないか。


オレンジ:その考えには賛成。わたしは、国とか共同体というものは後づけの概念にすぎないと思う。というか「そうであるべき」だと思う。共同体は、個人の幸福を実現するための装置として構築されていると考えるべき。個人に無理やり子どもを生ませるような国なら、なくなったほうがいい。


ブラック:オレンジの言うとおりだ。つまり、すでに現代の人道的な社会は人類滅亡の可能性を内在させているってことじゃないか。国家が個人の自由を重んじる限り、その国家は国家そのものが消えて無くなる可能性をも受け入れなければならない。


 いまの日本で、「人類は子どもをつくらずに、滅んでいくべきだ」と考えている人は少数派だと思います。日本の少子化、人口減少を嘆いている人もたくさんいます。
 
 しかしながら、自分自身のことになると、収入は上がらず、仕事も非正規で不安定で、子どもにかけるお金も時間的な余裕もない、それでは、子どもを不幸にするだけだからつくらない、生まない、という選択をする人はどんどん増えています。
 婚姻率も下がり続けているのです。

 僕自身は、結果的に子どもがいる人生をおくっていますし、自分の子どもはかわいい、幸せにしたいと思っています。

 宗教的、あるいは国家的な束縛が少なく、自分が死んでしまったら(自分にとっての)世界は終わりだ、来世なんてないし、子どもに将来面倒をみてもらう期待もできない世界では、「それでも子どもを生む」ことに価値を見出せない人が増えていくのは当然じゃないか、と思うんですよ。

 子どもがいなければ、その分のお金と時間を自分のために使うことができるし、そもそも、余裕がない環境では、生まれてきた子どもも「幸せ」にはなれないのではないか。「生む」ほうが、親のエゴだとも言える。

 個人主義が浸透し、選ぶことが許されるようになった社会では、子どもは減っていくのは当然ではないのか?
 いくら「少子化対策」をやっても、「自分の人生が最優先」という価値観が当たり前になれば、そして、さまざまな「ひとりでも生きていきやすい環境」が揃っていけば、つくらなく、生まなくなるほうが「自然」であるように思われるのです。

 人類は温暖化や隕石や核戦争ではなく、自らの意思で減り、滅んでいく生物になるのかもしれません。

「反出生主義」というのは、反社会的な思想のように思われがちだけれど、「経済的な余裕がないから子どもがつくれない」というのも、広い意味では「反出生主義」に含まれるのではないでしょうか。

 そういう選択をした人たちに、「それでも、生まれてきたら、子どもにはきっと良いこともあるよ」という言葉をかける勇気がありますか?

 僕自身は「反出生主義者」ではないんですよ。
 ただ、それは「僕自身がすでに生まれてしまっている存在で、『じゃあ、お前を今から無ににしてやる』と言われると、それはやっぱり怖い」という事情が大きいのです。


 生まれる前に「お前は、人間として生まれたいか?」と問われる機会があったら、どう答えていただろうか。
 でも、生まれていない人間には「意思」も「思考能力」もないわけですから、この問いそのものが成り立たない。

 宗教を信じられなくなった人間は、「死ぬと無になる」という「科学的真理」から逃れられない。

 こういう、あちらこちらに散らかっていく僕の考えも、かなりこまめに登場人物たちがフォローしてくれて、かゆいところに手が届く、「人が生きることの意味について考えるきっかけになる本」だと感じました。

 結論に関しては、うまく逃げられちゃったなあ、という気もするのですけど。


 これまで、ネットの「反出生主義者」の言葉に苛立っていた人にこそ、読んでみていただきたい本です。

 世の中には、いろんな考えを持っている人がいて、みんなそれぞれ「正しい」と思うことをやっている。
 だからこそ、他者を理解するのはキツイことなんですよね。


fujipon.hatenablog.com

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