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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】ベストセラーの世界史 ☆☆☆☆


ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ)

ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ)

内容(「BOOK」データベースより)
ベストセラーはほかの本と何が違うのか?グーテンベルクの印刷革命以来、読者を熱狂させてきた書物の数々。『ドン・キホーテ』から『ダ・ヴィンチ・コード』『ミレニアム』まで、欲望・策略・スキャンダルに満ちたベストセラーの運命、その法則を読み解く画期的な論考。


 タイトルをみて、「これまで、どんな本がベストセラーになってきたのか」を時系列で紹介していく本なのだな、と思ったのですが、実際は、「出版の歴史において、ベストセラーを生み出すための仕組みはどのようにつくられてきたのか?」と考察している本です。
 もちろん、『ドン・キホーテ』から、『ハリー・ポッター』まで、さまざまなベストセラーの実例が紹介されてはいるのですけど。


 ちなみに著者は、この本のなかで、「ベストセラー」の定義について、こう述べています。

 いまや必読文献となっている著書の中で、クライヴ・ブルームはベストセラーを「ごく短期間に驚異的な販売部数を記録した本」と定義している。しかし肝心なのは、それが具体的にはどのくらいの期間を指すのか、また、ヒットの時期という要素をどの程度までベストセラーの指標のひとつとみなすことができるか、その二点である。

 このように大まかに考えて良いとは思われるけれど、きっちり「ここからここまで」と数値化して線引きするのは難しそうです。


 これを読んで感じたのは、「ベストセラーになるための近道は、まず、売れるということ」だったんですよね。
 なんだかとても矛盾した話のようなのですが、著者は「出版が産業へと移行していくきっかけ」として、『アンクル・トムの小屋』の事例を挙げています。

 1852年3月27日、本が出版されてからたった一週間後のこと、ジューエットはまず新聞雑誌に以下のような広告を掲載する。「ビーチャー・ストウ女史の筆になる奴隷性反対の傑作小説は奪い合いとなっております! 5000人がもう購入済み!」その二週間後、この最初の広告の商業的成果に大満足したジューエットは、奮発して「ノートンズ・リテラリー・ガゼット」紙の欄を一段の半分買い取り、そこに未曾有の成果を大文字で喧伝している。「1万部完売! 二週間で1万部が売れたのですから、どれほどすさまじい人気なのかはおわかりでしょう。製紙機が3台、印刷機が3台、昼夜を問わず稼働し、百人を超える製本職人が休みなしに働いていますが、それでも注文すべてに応じるには至りません!」
 途方もなく売れているということ。それが印刷技術にまつわる細部まで説明されることでさらに信憑性を増し、自分たちが目にしているのは例外的な事件なのだということを読者に知らしめる。『アンクル・トムの小屋』を一冊手に入れて、あなたもこの事件に立ち会ってみたらどうですか、という呼びかけとなっているのである。
 ジューエットはさらに追い打ちをかけてゆく。6月15日になると、もはや一段の半分だけでなく、「ノートンズ・ガゼット」の一ページをまるごと買い取って、「アメリカの書籍販売の歴史に前例のない売り上げ」、つまり8週間で5万部が売れたということを宣伝するのである。


(中略)


 全体として見れば、こういった数字はすべて疑わしいものであり、大いに水増しされたものでしかあり得ない。おそらく、『アンクル・トムの小屋』が、アメリカでもヨーロッパでも途方もないヒット作であったということは、間違いないだろう。しかし、これまで挙げた発行人たちが、よりたくさん売ろうとして調子に乗って喧伝したような莫大なものではなかっただろうし、奴隷性反対の闘士たちがその後ばか正直に語り継いだような驚異的なものでもなかったはずだ。というわけで、販売部数三十万部の大台は、アメリカでは1858年になってから、すなわちこの小説の出版から6年後になって、ようやく達成されることになる。またこれは、あの天才的なジョン・ジューエットが三十万部売れたと派手にふれまわってから、じつに5年後のことである。


 いま、芥川賞を獲った又吉直樹さんの『火花』が、200万部をこえる大ベストセラーになっているのですが、『火花』の広告にも「○○万部突破!」というのが、大きく書かれているのです。
 どんな宣伝文句よりも、「いま、これが売れている本です! すでにこんなにたくさん売れて、みんな読んでますよ!」というのは、「効果的」なのです。
 もちろん、『火花』の数字は水増しはされていないでしょうけど、アメリカで「奴隷解放運動の大きなきっかけになった本」として知られる『アンクル・トムの小屋』の時代から、「○○部突破商法」は存在していたことになります。
 そこには「これだけ売れた」という事実だけが書かれているのに、「こんなに素晴らしい本ですよ」という絶賛の言葉や読者の気を引く扇情的なキャッチコピーよりも、「効く」のです。
 『火花』にしても、「なんでこの本が、こんなに売れるのかわからない」と言う人も少なくないのですが、そのなかには「実際に自分で読んで確かめてみよう」と考える人も出てくるでしょうし、「売れている」というのは、それだけで読者が興味を持つきっかけになるのです。


 また、この本のなかでは、「スキャンダル」や「検閲」「発禁」「裁判沙汰」などの、一見ネガティブにみえる要素が、本を売るという点では、大きなプラスになることが多いという例も多数紹介されています。

 
 1988年に発売された、サルマン・ラシュディさんの『悪魔の詩』は、イランのホメイニ師の「死刑宣告」によって、大きな話題を集め、大ベストセラーとなりました。
 しかしながら、この『悪魔の詩』は、かなり難解な作品で、「死刑宣告」まではほとんど話題にのぼることもなく、週に100部くらいしか売れていなかったそうです。

 この分野に精通した愛好家という限られた範囲でしか読まれていなかった難解な作品が、ホメイニによって発せられたファトワーによって、突然、「サンデー・テレグラフ」紙(1989年3月19日付)がいうように「今世紀で最も有名な本」に、少なくともこの年最も売れた本のひとつになったのだ。そのうえ、ファトワーはこの本を、いかにも歴史家が関心をもちそうな現象の典型にもしてしまった。つまり、検閲が本のヒットを決して妨げられないのはもちろん、検閲がなければおそらくわずかな部数しか流布しなかったような本が、むしろ検閲のおかげでベストセラーになってしまうことがあると、歴史家たちが認めざるを得なかったのだ。「凡庸で忘却の定めにあった本が、いったいどれだけ、糾弾されたせいでかえって有名になってしまったのだろう」と、すでに1763年にディドロも考えていた。
 なぜこうもたくさんの人々が――そのうちの多くは数行ほど拾い読みしようという以上の意志ももたずに――『悪魔の詩』を買ったのだろうかと、あやしむ向きもあった。確かなのは、この本を買いたいという突然の欲求が、文学的関心とも、ましてや趣味嗜好とも、ほとんど無縁だということである。その欲求は、いわば三つの動機に由来する。ひとつ目は、イデオロギー的な賛同(すなわちこの場合、迫害された作家の本を禁令にもかかわらず買うことで、ホメイニの不寛容や原理主義への反感を表明したいという意志)。ふたつ目は好奇心(はたして巻き起こしたスキャンダルに見合うだけの本なのか、それを確かめるために手にする人々)。そして最後は、俗物根性(スノビズム)。『悪魔の詩』を手に入れることでエリートの一員になったという印象、この本をよく知っていて、読みもしたし、しかも一冊もっている、自由な精神の持ち主たるエリートになったという印象を得られるのである。俗物根性は、『悪魔の詩』が禁じられているイスラム教国で、とりわけはびこっている。
 イデオロギー的賛同、好奇心、俗物根性。これら三つの力こそが、糾弾された本がヒット作になるのに決定的な役割をいまも昔も果たしている。


 結局のところ、大ベストセラーになるのは、内容がすぐれているから、というよりは、この「三つの力」をうまく引き出した本、なのでしょうね。
 元少年Aの『絶歌』のように、好奇心は大きく刺激しても、著者への反感や印税が著者のものとなることへの抵抗感から、「大ベストセラー」には至らなかった例もあります。
(今の出版業界からすると、「大ベストセラー」なのかもしれませんが……)



 どんな「天才編集者」でも、関わった本をすべてベストセラーにすることはできていません。
 「ベストセラー」というのは、狙わないと生むのは難しいけれど、狙ったからといって、そううまくいくものでもないのです。
 もちろん、打率が良い編集者もいれば、ノーヒットの編集者もいるわけですが。
 これだけ出版業界が成熟してきても、「確実にヒットを生む方程式」は確立されていないのです。
 「炎上商法」というのは、ベストセラーを生むためには、むしろ「常道」なのかもしれません。


 ちなみに、この本のなかで、「歴史上いちばん売れた本のランキング」が紹介されています。

 第1位 異論の余地なく聖書である。販売部数は40億部から60億部のあいだ。
 第2位 『毛主席語録』。信頼に値する識者はみな、10億部を超えていると考えている。
 第3位 コーラン。8億部前後。

 以下、第4位 魏建功の『新華字典』(中国で最もスタンダードな中中字典)、第5位『毛主席詩詞』、第6位『毛沢東選集』、第7位 チャールズ・ディケンズの『二都物語』、第8位 ベーデン・パウエルの『スカウティング・フォア・ボーイズ』(1908年出版のボーイスカウトの入門書)、第9位 J.R.R.トールキンの『指輪物語』、第10位『モルモン書』(1830年)、第11位 エホバの証人の必読文献『とこしえの命に導く真理』(1968)、第12位『ハリー・ポッターと賢者の石』(1997年)、第13位 アガサ・クリスティーの『十人の小さな黒んぼ』(1939年)、第14位 トールキンの『ホビットの冒険』、第15位 江沢民の『三つの代表について』。
 となっているそうです。宗教本と中国勢の強さが目立ちます。
 そのなかで、ディケンズトールキンが大健闘。そして、発行年を考えれば『ハリー・ポッター』はすごい!(ちなみに、この本の発売時、この『ハリー・ポッター』シリーズの第1巻は、1億1千万部売れていたそうです)
 13位『十人の小さな黒んぼ』について。

 出版された国によっては、その後、ポリティカル・コレクトネスの必要性から『十人の小さなインディアン』『十人の小さな兵隊』などに改名されている。また、アングロ・サクソンをはじめとする諸国では『そして誰もいなくなった』というタイトルになっている。一億部。

 『十人の小さな黒んぼ』よりも、『そして誰もいなくなった』のほうが、興味をひくタイトルですよね。
 ポリティカル・コレクトネスも、ときには好影響をもたらすことがあるのかもしれません。


 西欧での「ベストセラー」についてのエピソードが、「これでもか」とばかりに収められている、本好きには興味深い内容だと思います。
 それにしても、「○○万部突破!」が、こんなに伝統的な「殺し文句」だとは、知りませんでした。
 やっぱり、人間というのは、150年とかでは、そんなに中身は変わらないものなのだな、と、ある意味感心してしまいました。