長い群雄割拠状態を経て、十九世紀、プロイセンのホーテンツォレルン家はついにドイツを一つにまとめ、帝国を形成してヨーロッパ最強国の一角に食い込んだ。フリードリヒ大王とビスマルク――二人の傑物がいなければ、この偉業は成しえなかったろう。激動の二百十七年の光と闇、運、不運、そして熱い人間ドラマを、色彩豊かな名画とともに読み解いていく。オールカラー版、中野京子の人気シリーズ、第五弾!
中野京子さんの「名画で読み解く」シリーズ、絵画+描かれている人物の列伝形式での歴史解説で、歴史好きとしては、「歴史本としては、かなり大雑把」だと感じます。
でも、読んでしまうんですよね。
このシリーズに出てくる王家は、大部分が「写真のない時代」を過ごしてきたので、彼らの姿を知るには、絵を見るしかないのです。
そして、「一枚の肖像画」が添えられているだけで、歴史上の人物というのは、こんなにイメージしやすくなるものなのだな、と思うんですよ毎回。
第3章は、アントン・グラフ作の『フリードリヒ大王』(1718年)から始まります。
ホーエンツォレルン家の、そしてプロイセンの「顔」といえば、この顔(扉絵)を措いて他にない。
本作はスイス出身の肖像画家アントン・グラフによる、70歳間近の老大王フリードリヒ二世。多くの同時代人から、王の特徴をもっともよく捉えた肖像と認められた作品である。必然的に画家の代表作となり、大量の複製や版画も出回った(ヒトラーの地下塹壕執務室の壁に、唯一飾られていた絵としても知られる)。
目が全てだ。何と力強く若々しい、大きな目だろう。この目に射抜かれた者は、何もかも見透かされたと観念せざるを得まい。背中は老いの重さで丸くなり、皮膚はたるみ、額、目元、頬、口元と顔中に深い皺が刻まれているにもかかわらず、王の強靭な精神はいささかも老いてはいない。襟の赤もよく似合う。
あのヒトラーが執務室の壁にひとつだけ飾っていた絵、と言われると、どんな人物が描かれているのだろう?と興味が湧いてきますよね。
すごく威厳があるとか、カッコ良く描かれている、というわけではないけれど、このフリードリヒ大王の肖像画を見ていると、なんだか、こちらが見られているような気になるのです。
もともと画家志望だったというヒトラーは、なぜ、この絵を選んだのだろうか。
なんのかんの言っても、僕にとってはヒトラーというのも「気になる人物」なのだよなあ。
この本のなかでは、フリードリヒ二世(大王)の父親である、フリードリヒ・ヴィルヘルム一世が、フランス系カルヴァン派のプロテスタントの宗教難民(ユグノー)を受け入れたときのことを描いた絵も出てきます。
大食漢で早くから肥満したプロイセン王(画面の中央やや左寄り)は、見るだに田舎紳士然たる風貌。重たげなビール腹を突き出した平服姿で、左手に短い王杖を握り、右腕を開いて歓迎の意を示す。他方、老若男女のユグノーたちは、当時の関税門であるライプツィヒ門(現存していない)の前に集まり、喜びで帽子を振る者をのぞいて、一様に不安げな表情だ。フランスを逃れ、今またザルツブルクからも追われ、この先プロイセンをどこまで信じていいのか……。
だが着の身着のまま逃れてきた彼らを待っていたのは、真の受け入れ態勢だった。諸手当をもらい、数年間は税が免除されて、個人財産作りも奨励された。彼らがプロイセンに根付き、経済的文化的に大きな貢献をしたのも当然だろう。
これは次代のフリードリヒ大王にも受け継がれる。大王は父フリードリヒ・ヴィルヘルム一世よりもっとオープンで、入植を希望するならどんな異教徒でもかまわない。モスクを建ててもいい、宗教よりも実直な人間性のほうが重要だ、と言い切り、移民・難民受け入れをさらに拡大してプロイセンを大躍進させることになる(現代ドイツが移民に寛容な背景にはこうした歴史がある)。
ドイツの移民政策のルーツは、こんな時代にあったんですね(ちなみにこの絵の正式なタイトルは『1732年4月30日に、ベルリンのライプツィヒ門で、ザルツブルクのユグノーたちを迎えるフリードリヒ・ヴィルヘルム一世』)。
そんなドイツで、フリードリヒ大王の肖像画を執務室に飾っていたヒトラーがホロコーストを行った、というのは歴史の、人間というものの矛盾を考えずにはいられないのです。
国民性、とか言うけれど、人は、状況次第で、どんなことでもやってしまう可能性があるのではなかろうか。
ヴィルヘルム一世と宰相ビスマルクによるドイツ帝国成立までの経緯も興味深いものでした。
このふたりは長年の盟友だったのですが、意見はしばしば対立したそうです。
ヴィルヘルム一世を説得するために、ビスマルクは自らの政策を考え抜き、より精緻なものにしていきました。
ベタベタしてはいなかったけれど、だからこそ、二人は良きパートナーとして、ドイツ帝国をつくりあげたのです。
ヴィルヘルム一世の崩御を帝国議会で報告する際、あのビスマルクが嗚咽をもらして議員たちを驚かせた、というエピソードも紹介されています。
歴史に興味があるけれど、文字だけの本はちょっと敷居が高い、という人は、このシリーズからはじめてみてはいかがでしょうか。
「一枚の絵(あるいは写真)」の力って、本当に大きいな、と、活字に抵抗がない僕も、あらためて思い知らされます。