琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「はてなブックマーク論争」が終わらない理由

「優しさ」は、じつは一番遠い(素通りできなかった時のために)

↑のエントリを読んで。

ヤクルト・西武の監督を歴任された広岡達朗さんのこんな話を聞いたことがあります。

広岡さんはとにかく曲がったことが嫌いな人で、道路で危険な車線変更をした車を見つけると、何十分かかってもその車を追いかけていって停めさせ、「そんな運転しちゃ危ないだろ!」とドライバーに切々と説教していた。

この話を聞いたとき、「広岡さんはすごいな、でも実際につきあっていくのは大変そうだけど……」と僕は感じました。
実際、いくら危険な運転をしているドライバーがいても、そこまでやる人はほとんどいないはずです。
でも、今この話について考えると、広岡さんはすごく「優しい人」だったのだと思います。
どんな危険な運転をするドライバーでも、確率的に言えば、将来そいつが広岡さんに迷惑をかける可能性と、そいつを注意するためにかかる時間や逆ギレされてトラブルになる危険性を天秤にかければ、「放っておいたほうが得」だろうから。
広岡さんは、自分を犠牲にして、そのドライバーと「社会のため」に注意をしていたわけです。

僕がいわゆる「ネガティブブックマーク」に不快さを感じているのは、彼らの多くが「本気で相手のためを思っているわけではなく、他者をからかったり、自分のストレスを解消するために悪口を書いているように見える」からなのです。彼らは、「他人を批判することによって生じる自分のリスクやコスト」を最大限回避しているにもかかわらず、いかにも自分が「相手のために『注意』してやっている、善意の批判者」であるような顔をしているんですよね。まあ、それがブロガーとウォッチャーとの関係というものなのであれば、それは致し方ないと思いますが、リスクの少ない方法でお手軽にあれこれ言ってるだけの「意見」や「批判」には、所詮、それに見合っただけの価値しかないですよ(と言いつつ、それなりに相手を凹ませる力はあるので困ったものなのですが)。

でもまあ、実際のところ僕自身は「はてなブックマーク」というシステムがけっこう好きですし、「実態はそんなに酷いものじゃない」というのもよくわかります。自分のエントリにもいろんなコメントを書かれますし、個々の内容に関してはムカついたり悲しくなったりしますけど、ネガティブなブックマークが多くてもそれでホットエントリ入りすれば、たくさんの「わかってくれる人」に読んでもらえる可能性も上がるのだから、全くノーリアクションよりはいいのかな、と。営業的な観点からは、2〜3割くらいの「これはひどい」とか、誹謗中傷ブックマークコメントが含まれているほうが、「客入りが良い」ような印象すらありますし。
しかし、「ある個人史の終焉」のときのような事件が実際に一度でも起こったことに対しては、「そういうこともあるけれど、まあめったにないことだからいいじゃないか」というふうに許容したくない気持ちはあるんです。「自分が生贄になる可能性は少ないのだから、生贄制度を是認せよ」と言われることに納得できない。

ただね、この問題が「解決」することは、システム的に「ブックマーク制度が廃止」にならないかぎりありえないだろうな、とは感じています。
どうしてこれがずっと続いているかというと、「はてなブックマークネガコメ問題」というのは、ある種のブロガーたちにとって「確実にアクセスやブックマークを稼げる資源」「同じような考えの人たちと繋がるためのツール」になっているからなんですよね。
彼らは、それが正しい、正しくないなんてどうでもいいし、「結論」なんて欲してはいない。むしろ、「結論」なんて出てしまったら、大事なネタが無くなってしまいます。

……と、他人事のように書いていますが、これは僕にとってもそうで、こういう話を書くときには、「それなりに話題になるはず」というような計算があるのも事実です。「じゃあ、お前はネガコメに対して本気で憤っているのか?」「ネガコメで苦しんでいる人たちを、そんなに心配してあげているのか?」と問われたら、正直、あまり自信がない。僕はネットを居心地の良いものにしたいと願っているけれど、「はてなブックマーク問題」は、全然話題にならなくても書く話なのか?と問われたら、「……たぶん書かない」と答えます。

結局、「ブックマークコメント問題」に言及する人も、言及する人に対して言及している人も、世界を良くしようなんて真剣には考えていないんですよね。目的は、構ってほしいとか、優越感に浸りたいとかいうような、かぎりなく個人的なものでしかない。

もっと突き詰めると、もしネットが「ネガティブなこと一切禁止!」という風潮になったら、僕は率先して「コメントの自由」を求めるかもしれません。僕が求めているのは「バランス」でしかないのかな、とも思うのです。

ところで、id:kanoseさんが、このエントリの最後に、

は、じっぽさんの仮想敵はえっけんさんなのかも!

と書かれているのですけど、別にそんなことはないですので念のため。
僕はえっけんさんに対しては「敵」というよりは、「永遠に交わることのない2本の直線」つまり、「平行線」のような関係だと感じています。でも、その一方で、結果的に向いている方向が違うだけで、本質的には似ているところが多いのかもしれない、とも思うんですよね。

ただ、えっけんさんは「バランスを崩してみたい人」で、僕は「バランスを保っていたい人」というだけのことで。
(↑の部分はうまく伝わっていない&勝手にレッテル貼りをしていてえっけんさんに失礼なので取り消します。えっけんさんすみません)


僕はそろそろ、このネタを書くのはやめようと思います。
「僕が本当に読んでもらいたい人」は、たぶん、このネタを読むことを望んではいないだろうから。

そうそう「ひとり本屋大賞」もぜひ読んでみてくださいね!
こっちのほうが、よっぽど時間も手間もかかってますので。

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