個人サイトで「つまらなかった」と書く必要性(琥珀色の戯言(3/25)
「面白い理由」を表現することの難しさ(琥珀色の戯言(3/26)
↑のエントリの話の続きみたいなことを書いてみます。
岡部さんの本で、すごく印象に残った部分があったので。
ある本の「面白い理由」を表現できるようになるためには、どうすればいいのか、という話なのですが、面白い作品の「面白さの理由」に近づくためには、「つまらない本」をどんなにたくさん読んでも、なかなか難しいのではないか、という話です。
(シンボリ)ルドルフとの出逢いが、どうしてそれほど私の人生に大きな影響を及ぼすことになったのか。ひと言でいうならえ、ルドルフによって「最高」というものを知ったからである。
それ以前にもグリーングラス(昭和53年の天皇賞・春を勝利)などの名馬に乗ることはできていたが、そんな歴史的な名馬とくらべてもルドルフは次元が違った。
デビュー前の調教ではじめてその背にまたがった瞬間から「世の中にはこんな馬もいるのか」というくらいの衝撃を受けたのである。
現役時代の私はよく、二歳のサラブレッドを幼稚園児にたとえていた。二歳や三歳の馬は、子供から大人へと成長していく過程にあり、ちょっと気に入らないことがあれば、泣き喚いたり暴れたりすることも珍しくないものだ。そしてこの時期には、1か月、2か月といったスパンで、違った馬になったかのように成長していく。そのため、二歳になったばかりの馬と二歳六か月になった馬、三歳になった馬などを比較すれば、その能力はまるで違ってくるのが普通のことなのだ。
だがルドルフは同じ頃に生まれた馬たちとくらべると、半年以上も年上のような大人びた雰囲気を持っていた。競走馬として見ても、バネが強く、筋肉の質が良かった。少し専門的な話をすれば、他のどの馬よりも皮膚が薄くて、その質も良かった。皮膚が良ければ、いい汗をかいて、すぐに乾くので、新陳代謝が良くなる。そのため、皮膚が良いというのは一流馬の条件のひとつなのである。
これだけの馬に乗ることができれば、大きなレースを勝つチャンスに恵まれるのは当然である。だが、それだけではない。最高の馬に乗ることによって、「最高の馬とはどんなものなのか」「最高のレースとはどういうものなのか」を知ることができるのである。
短いスパンにおいて、その馬とともに実績を積めることよりも、そちらのメリットのほうが大きいくらいかもしれない。
最高を知ってこそ、最高を目指せるのだ。
どういうレースが最高なのかを身をもって知っているのと知らないのとでは、レースにおける乗り方そのものがまるで違ってくる。
もちろん、その後も常に、最高の馬や最高を目指せる馬とコンビを組めるわけではない。だが、一度、最高を知っておけば、最高とはいえない馬に乗ったときにも、その馬には何が欠けているのかがわかるようになる。
そうなれば、レースにおいてはその馬の欠点を補うかたちで乗ることもできるし、馬の成長を考えたときにも、足りないものを埋めていく方法を考えやすくなるのである。
「速さ」が唯一無二の価値である競走馬の世界と、本や映画などの世界では(読者、観客それぞれが求めるものが違うということもあり)、「最高」にも個人差があるのでしょうが、それでも、「面白い、良質の作品」に触れるというのは、自分のなかの「面白さの基準」を確立するために非常に大事なことなのだと思います。
何が「最高」なのかがわからなければ、概念的な「理想像」を目指すしかありません。
「一度、最高を知っておけば、最高とはいえない馬に乗ったときにも、その馬には何が欠けているのかがわかるようになる」というのは、まさに岡部さんの実感なのでしょう。
「最高」を知らなければ、答えがわからなまま「足し算」を延々と続けなければなりませんが、「最高」を知っていれば、その「完成形」からの引き算で、「足すべきもの」が容易に見えてくるのです。そうなれば、「面白い理由」「つまらない理由」も言葉にしやすくなりますよね。
人生経験においては、「失敗すること」も(一発で人生レッドカード、というようなものでなければ)重要なのだと思いますが、芸術や文学の世界では、「最高のものに触れる」というのがとても大切なことのようです。ちょっと不謹慎なたとえかもしれませんが、「良いセックスとはどんなものか?」というのも、同じような感じなのかもしれません(いや、この手の話題に関しては、僕はまったく自信ないんですが)。
ただ、何が「最高」なのかっていうのは本当に難しい話で、それを見つけるのには試行錯誤が必要であり、そのためには、書店でランダムに本を買ってくるよりは、「多くの人(あるいは信頼できる人)が薦めている本を騙されたと思って読んでみる」ほうが「効率的」ではあるのでしょう。
実際は、「ルドルフに乗ったことがあるにもかかわらず、その経験を活かせない人」っていうのも少なくないような気もするんですけどね。