琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「配偶者へのコンプレックス」について


夫に対して猛烈に嫉妬する(はてな匿名ダイアリー)

 ある休日、夫はマリオカート、自分は食事を作っていると言うとき、夫がマリオカートをしながら「どれだけ勉強しても駄目な人はそれをうけいれるべきだよねー」と同意を求めるように、且つ、悪意無くキラキラとした瞳で言ってきて、腹の底からぐらぐらと怒りがこみ上げてきて、持っていた包丁をまな板に刺し、わめき、泣きました。

 このとき、夫は私に対して言ったのではなく、一般論として言ったのですが、私はその瞬間、冷静さを欠き、一瞬で頭に血が上りました。そして一通り、できない人のことをできる人がそんな風に言ってはいけない、と説明した後、泣きました。


 その時頭の中にぐるぐる回るのが、「いい人と結婚してもらって良かったわね」という母親の言葉です。母としては、借金を押しつけ疾走した前夫よりはずっといいひとと再婚できてよかった、と思っているのでしょう。しかし、その言葉が私の頭を駆け巡る度に、

「私は現夫のような人と結婚するに値しない人間なのだろうか」

「私は前夫に愛されていたと実感する、お金や信用じゃない、愛憎というものがあった」

「現夫は私を見下しているだけだ、必死にあがく虫をみるかのごとく」

などと考えてしまい、また私は必死に勉強をし始めます。

↑のエントリと、このエントリに対する「ブックマークコメント」を読んで考えたことを書きます。


「学歴やキャリア」と「恋愛」(琥珀色の戯言(2007/5/22))
↑で書いたように、僕自身も自分の妻に対してコンプレックスを抱いている面があるので、この増田氏の話はなんだかすごく身につまされるというか、わかるような気がするのです。

正直、僕も自分の妻が周囲から「奥さんは優秀だね」と言われたりすると嬉しいのと同時に「それに比べて僕は…」と少し悲しくなることがあるのです。関係ない人からみたらくだらない話なのかもしれないけれど、向こうはもう学位を持っていて、論文のインパクトファクターが高かったりすると、なんだかすごく自分が情けなくなってくるのです。そりゃあね、彼女は悪くないですよ、頑張っていい仕事をしているんだから。別にそれを僕に自慢することもないしね。でも、自慢しないということが、かえって僕を拗ねさせたりもするんですよ。ああ人間小さい……

そして、依存しきれるほど僕のプライドは低くないけど、最も身近な人だけに、ライバル意識をむき出しにすることもできない。

「野球選手と女子アナ」だったら、「お互いに道は違うけど、がんばろうね」で済むのかもしれません。あるいは「もともと学歴や業績で競争する世界に生きていない人」にとっても。ずっと「学歴なんて関係ない」という価値観で生きている人が「恋愛に学歴なんて関係ない」と思うのは当然です。僕が女性に対して「スポーツが得意かどうか」にこだわらないのと同じこと。「学歴にこだわること」と「セックスの相性にこだわること」って、単にその人の「好み」の差だけで、「学歴で選り好みするのだけが悪」ってことでもないような気がするんですよね。

そりゃあ僕だって、一瞬の恋愛に「学歴や職業」は関係ないと思うけれども、ずっと付き合っていく上では、「お互いに高めあう関係」ってヤツに疲れはてることもあるんですよ。

僕がこの「『デキる』女性」たちに言いたいことは、別にあなたが悪いんじゃない、ということです。恋愛っていうのは、どちらも悪くなくても、うまくいかないときってあるし、お互いに頑張れば頑張るほどすれ違ってしまうときってあるんですよ。

 僕がこの増田氏に言えることがあるとすれば、「相手が夫でも勝ち負けを意識しちゃうのは、もう『性分』みたいなものでしょうがないから、それを表に出さないように徹底的に自分をコントロールしていくか、あるいは、『全部夫にぶつけてみる』しかないですよ」ということです。
 できれば、前者のほうが良いのではないかと。
 年に数回「爆発」してしまうくらいなら、多くの夫婦関係にとっては、あまり致命的な事態にはならないだろうし。
 ただ、ずっとコンプレックスを刺激されるような相手と一緒に生活していくのは、本当に辛いことではありますよね。
 この文面だけからすれば、多少、他人の感情に疎いところはあるのかもしれないけれど、これだけ条件の良い結婚相手って、そんなにいないんだろうけど。
 そういえば、僕は医者としては悲しいほどうだつがあがらないので、こうやってブログを書きながら、「でも、これだけ人が大勢来るブログをやっている医者は、そんなにいないだろ、グヘヘヘヘ……」とか、頭の片隅で思っていたりするわけですよ。ほんと、何が「グヘヘヘヘ」なんだか。そういう「本質とはあまり関係ないような付加価値」で、自分のコンプレックスを代償しようとする人って、けっこう多いんですよね。政治をはじめちゃう人とか、ボランティアをがんばっちゃう人とか、趣味に凝りまくっちゃう人とか、ね。
 たぶん、マリオカートがどんなにうまくなっても、「コンプレックスが消える」ことはないんだろうとは思う。

 ほんと、こういうのって、いったいどうすればいいのかなあ。
 僕は正直、妻は休みの日に家でゴロゴロしているのを見ると、ちょっとホッとしたりするんですよ。ああ、意外とぐうたらなところもあるんだなあ、って。
 この増田氏の夫も、「物事を短時間で理解することができる」けれど、それによって生じた余暇で、さらに自分を高めようという「求道者」ではなく、その時間にマリオカートで遊ぶことを選んでしまうくらいの「普通の人」なんだけどね。

 僕はこういうことを考えています。

 他人の2倍の仕事ができる能力を持つ人がいる。
 ある人は、その能力を生かして8時間で他の人の2倍の仕事をした。
 そしてある人は、4時間で他の人と同じだけの仕事をして、残りの4時間は昼寝をした。

 実は、「能力がある」からといって、必ずしも、他人より多くの仕事ができる(あるいは、している)とは限らないのです。
 僕は優秀じゃないけれど、時間が余ったら、「せっかくだから遊ぼう」と考えてしまう人間です。 
 人間の「能力」なんて、同じ職種で同じような仕事をしている人のあいだには、そんなに劇的な差はないはずなので、「仕事量=能力×勤勉さ」だとするならば、実は「勤勉さ」(あるは、仕事に対する丁寧さ)のほうが、はるかに「仕事量」を左右している場合って多いんですよ。

 傍からみれば、この増田氏のほうが優秀にみえているのかもしれないし、この増田氏の夫のほうも、表に出さないだけで、妻に対してコンプレックスを抱いていたりするのではないかな、と僕は感じます。

最後にひとつだけ、僕自身の恥ずかしい話を。

 実は僕もまだ結婚する前に、妻とすごく大きなケンカをしたのです。それはすごく些細なキッカケだったんだけど、僕はどんどんエキサイトしてきて、「そりゃあお前は優秀だし、仕事もできるし、俺より論文もたくさん書いて学位も取ってるし……でも、だからこそ一緒にいると辛いんだよ、自分がバカに思えてくるんだよ!」と言ってしまったんですよね。

 そのとき、彼女は、僕にこんなふうに言ったのです。

「えっ、そんなふうに思ってたの? ごめん、私、今まであなたがそんなふうに感じてたなんて、考えてみたこともなかった……私のほうが知識もキャリアもないし、比べたりなんかしたことないのに……」

 ほんと、人と人って、わかっているつもりでも、本当はお互いにわかっていないことって、たくさんあるのだと思います。10年付き合っていても、こんなものなんですよ。僕にとっては信じられない話なのですが、彼女は本当に「そんなこと考えてみたこともなかった」。

 「デキる女性」たちも、たぶん、恋人がそんなに小さな人間だということに、気付いていないのではないでしょうか。

 そして、男の側も自分のコンプレックスを言葉にして伝える努力をしていなかった。あるいは、伝える機会に恵まれなかった。

 もちろん、それを伝えられていたら、2人の関係がもっと続いていたかどうかはわからないのだけれども、少なくとも、何かが変わった可能性はあると思います。

 それができないのが人間、なのかもしれないけれど。

 実際は、僕が自分のコンプレックスを告白したことによって彼女の態度が変わったわけではないのですが、僕自身は、それを言葉にしたことによって、少しラクになりました。

 とりあえず、僕たちはそれから仲直りをして、今は結婚して、ときどきケンカしながらも仲良く暮らしています。

 僕の中には、まだ、「負けたくない」という気持ちもくすぶっているんですけどね。

 僕にも「正解」は、わかりません。
 ただ、こういうときに「子どもがいれば、こんな2人の関係ってちょっと変わってくるのかな」というようなことを最近考えるようになりました。
 それこそ「ないものねだり」なのかもしれないけれども。

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