琥珀色の戯言

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鬱の力 ☆☆☆


鬱の力 (幻冬舎新書)

鬱の力 (幻冬舎新書)

[BOOKデータベースより]
「鬱の気分」が日本を覆っている。「鬱」イコール悪と思われているが、本当にそうだろうか?「鬱」こそ人間の優しさ・内面的豊かさの証であり、治療が必要な「うつ病」とは分けて考えるべきではあるまいか。同じ問題意識を抱いた作家と精神科医が、うつ病の急増、減らない自殺、共同体の崩壊など、日本人が直面する心の問題を徹底的に語りあう。戦後六十年の「躁の時代」を経て、これから迎える一億総ウツ時代に、「鬱」を「明日へのエネルギー」に変える、新しい生き方の提案。

 読んでいて、「五木寛之さんの思い込みあふれる持論に、香山リカさんがお付き合いしている」ように感じられたのですが、これを読んだ人の多くは、「精神科医の香山さんが頷いているのだから、これは『正しい』のだろうな」と思うのではないかとちょっと不安にもなりました。

五木寛之薬に関して明らかにおかしいのは、いま、血圧の標準値をどんどん下げていこうとしていることです。でも年を取ってくると、血圧を下げないと仕事はできない。人によっては、その気になって「やるぞ」と思って、血圧をうんと上げないと仕事ができないんです。年齢によって平均値があるわけで、60過ぎたら、血圧が150とか、180でも全然かまわないんじゃないか。

香山リカ血糖値もそうで、本当に人によって全部違うし、年齢によっても違う。それなのに「生活習慣病」という言い方で、まるで生活の習慣が悪いから病気になるんだ、みたいな単純な話にされてます。

 こういうのって、「まったくの妄言」であるとは僕も思わないのですが、この対談を読んだ「生活習慣病」の患者さんたちって、たぶん、「五木先生も医者の香山さんもこう言っているんだから、血圧とか血糖値なんて、そんなに厳格にコントロールする必要ないんじゃないか? 薬をたくさん出して説教ばっかりしやがって」とか感じるのではないでしょうか。
 でも、こういう話のほうが、データの蓄積に基づいた「ちゃんと血圧や血糖をコントロールしましょうね」という話よりもウケるんですよね。
 人は、信じたいものを信じる傾向があるから……

五木:これから先の何十年かのあいだ、あらゆる世界の文明が緩やかな下山に向けて動いていくなかでは、躁か鬱かといえば、どうしても鬱のほうが時代の主張になっていくでしょうね。

香山:環境問題ではCO2削減という方向に向かってますけど、その下り坂にあわせて、いろんな意味で、ダウンサイジングをいかにできるかということですよね。

五木:そう、鬱というのはダウンサイジングですね。よき鬱の方向を求めていくという。もちろん躁状態にもいいところがあって、世の中には大胆不敵であるとか、冒険心がないとできないこともいっぱいあります、ベンチャー企業なんていうのは、まさに躁の経済学です。だけど僕は、鬱には鬱で、同じように利点がたくさんあると思うんです、そういう鬱の利点や美点を一生懸命探していく時代になるんでしょう。

 外的な要因での「一時的な鬱状態」と「鬱病」は違うものですし(ところが、その「境界」っていうのは、そんなに明確なものではないんですよね、困ったことですが)、現代は「鬱」という言葉が濫用されすぎているという印象が僕にもあります。
 「鬱」と付き合う(あるいは、「鬱」を抱えている人と付き合う)ときに、「こういうことを一般の人たちは考えているんだな、ということを知る意味では、それなりに役立つ本ではありそうです。

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