琥珀色の戯言

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生活保護が危ない〜最後のセーフティーネットはいま〜 ☆☆☆☆☆


生活保護が危ない?最後のセーフティーネットはいま? (扶桑社新書 33)

生活保護が危ない?最後のセーフティーネットはいま? (扶桑社新書 33)

内容紹介
この国の貧困と社会不安はついにここまできてしまった!
給料や年金が下がり続ける中、最後のセーフティーネットである生活保護制度は限界をむかえようとしている。
あらゆる社会矛盾に晒されている生活保護を巡る実態を探る。


参考リンク:誰が何をネグレクト?(Chikirinの日記 2010/8/1)


「いざとなったら、生活保護を受ければいいじゃないか」
生活保護って、働かなくてもお金がもらえるんだから、うらやましい」
僕自身、「生活保護」という言葉には、あまり良いイメージを持っていませんでした。
病院で働いていると、いまの日本のこの制度の問題点を意識させられることが、あまりに多いから。

よく、「生活保護を受けながら、ベンツに乗っている人がいる」なんて話を耳にするのですが、実際のところ、病院に来る「本当に保護が必要だと思われる人」の多くが、生活保護の申請が受け入れられない、あるいは「生活保護を受けるのは世間に申し訳ない」と申請しない一方で、「自分は(酒ばかり飲んでいて)きつくて働けない」という人が、行政や担当者を恫喝するようにして「保護」されているのを目のあたりにすると、いたたまれない気分になるんですよね。

生活保護の現実」というのは、マスメディアでは、アンタッチャブルな領域として扱われてきた印象があるのですが、この新書では、産経新聞大阪社会部のスタッフたちが、かなり踏み込んだ取材をして、「生活保護のいま」を記録しています。
いまの日本での「生活保護制度」というのは、まさに「危機に瀕している」状況です。

 貧困問題の研究者の間では、所得だけで見れば、本来、生活保護が受けられる所得水準であるにもかかわらず保護を受けていない人は、保護受給者の3〜4倍にのぼるというのが定説になっている。つまり、本来、受給資格のある人で実際に生活保護を受給している人の割合「捕捉率」は、10〜30%にすぎない。資産も含めて考えても、生活保護受給者の背後には1.5〜2倍もの規模で受給できるのに我慢している人の存在があるという。
 我慢の理由は、そもそも生活保護についての認識が浸透していないことや、「保護を受けることは恥ずかしい」という国民意識などがあげられている。日本人の「恥の意識」が、現制度をかろうじて支えているというわけだ。その一方で、単に受給のハードルを下げるだけでは福祉依存に陥り、財政が成り立たない懸念も日増しに強まっている。

 埋橋孝文・同志社大学教授が平成11年に発表した『公的扶助制度の国際比較』という論文のデータを基に、日本の生活保護の給付総額や実際に保護されている人は、少ないにもかかわらず、1000万人以上の人口を持った先進国のなかでは、生活保護の支給水準はトップクラスになっていると分析。『日本の一人当たりの公的扶助給付額は、主要先進国の中ではかなり高いが、公的扶助を実際に与えられている人は少ないということになる。これは極めて奇妙な制度である』と指摘した。

こういう現状をみると「生活保護制度」に対して「不公平感」が生まれてくるのは当然のことなのかもしれません。

 タクシー運転手らの労組「自交総連大阪地連」によると、平成7年の大阪のタクシー運転手の平均年収は約436万円余りだったが、景気の悪化や規制緩和によるタクシー台数の増加、料金の値下げ競争の激化で14年には328万円に。大阪市生活保護基準額(中学生と小学生の子供がいる4人家族モデル)は、14年が336万円だった。

いまの世の中は、「格差社会」というよりは、「みんながどんどん貧しくなってしまって、歯止めがきかなくなっている社会」なのではないかと僕は感じています。
この現実の給与水準をみれば、「それなら、働かずに生活保護を受ける」と考える人も少なくないはず。
それでも、やっぱり人は「はたらきたい」生き物でもあるのだけれど(「世間体」っていうのもありますしね)。

あの亡くなった2人の子供の母親に対して、「なんで母子家庭で経済的に苦しかったのに、生活保護を申請しなかったの?」という疑問が出てくるのはよくわかります。
僕だって、3歳と1歳の小さな子供が、家に閉じ込められて、なぜ自分がこんな目にあっているのかわからないままに飢えて弱っていき、「ママー」と叫んでいる姿を思い浮かべるだけで、なんともいえない、いたたまれない気持ちになるから。
妻はあのニュースを聞いて、「うちの子が同じようなことになったらと想像するだけで、涙が止まらなくて……」と呻いていました。

しかし、以下のような「生活保護の現場」についての話を読むと、出せるお金にだって限界があるのに、「簡単に『生活保護』を受けられるようにすればいい、それは『権利』なんだから」とも言い難い気分になります。

 大阪市の多くのケースワーカーたちが「生活保護を取り巻く状況はここ数年で、急激に変わってきている」と口をそろえる。30年近い経験を持つベテランは、「生活保護を受け取るときの変な劣等感がなくなってきたという見方もできます。しかし、『もらわな損』と権利ばかりを主張する人が増えたというのも率直な印象です」と話す。
 区内には、2軒に1軒が生活保護を受けているようなアパートもある。別のケースワーカー生活保護受給者を訪問した際、同じアパートの住人に囲まれ「うちにも保護かけて」と口々にせがまれた。区役所で離婚届を出したその足で、生活保護の申請に来る人もいる。「母子家庭になったら保護を受けられると聞いたのに……」と不満を口にする母親に、「母子家庭でもがんばっている人はいくらでもいてはるよ」。担当者はそう切り返すのが精いっぱいだった。
ケースワーカーの仕事は保護費を出しすぎても、出さなすぎても批判される仕事。そのはざまでバランスを取ることは本当に難しい」と経験者は話す。

「子供を放置して殺すくらいなら、生活保護を受けられるようにしてあげればよかったのに」
というのは、あくまでも「子供があんな目にあってしまった」という結果からみた、後付けの「反省」です。
あの事件がなかったら、この「離婚届を出したその足で、生活保護の申請に来た人」に、「この人が保護を受けるのは当然」だと感じることができるでしょうか。
権利なのだから、「劣等感」を受けるような仕打ちにあうのはおかしい。でも、「当然のこと」として「保護」を受ける人に好感を持つのは、なかなか難しい。


あの事件では、児童相談所への抗議も殺到しているそうなのですが、僕は、あの状況で「鍵をこじあけてでも踏み込めなかった」児童相談員たちを一方的に責め、責任を問う人たちに言いたい。
児童相談員には「強制捜査」の権限もなければ、拳銃を持っているわけでもない。そして、「ドアの向こうから、しょっちゅう子供の泣き声が聞こえる家」というのは、たぶん、そんなに珍しくない。
あなたは、自分が児童相談員だったとして、同じ状況で、あの現場に踏み込んでいけたと思いますか?

 長崎市では、市職員が生活保護の相談に来た男に逆上され刺殺される事件が起きている。この事件について、主宰するブログ『CW-Note』で触れた大阪市ケースワーカー経験者、山中正則氏(35)は、こう書き込んだ。
『このニュースを読んだ生活保護と関わりのない仕事をしている人は、「特殊な事例」だと思うかもしれません。だけど、ケースワーカーのひとりとして正直な所、他人事とは思えません。
 訪問先で柳刃包丁を机の上に刺した状態で被保護者と話したことがあります。灰皿を投げつけられたこともあります。管理人の同期の職員は正に包丁を突きつけられて、恫喝されたこともあります。担当している被保護者が地下鉄で「肩がぶつかったから」という理由で、老人をホームから線路に突き落としたこともありました。
 笑い話でたまにネタにしていますが、元祈祷師という被保護者に「呪い殺してやる」と言われたことだってあります。
 精神的に疲労困憊になるばかりか、命の危険まである「一般事務職」です。「ケースワーカーだけはなりたくない」という職員が多いことを是非分かってください。最低限、ケースワーカー不足数は補ってください。申請者のプライバシー保護を理由に囲まれたブースで、安全性も確保されていない場所で面接している状況を考え直してください』

 マスコミが言う「弱者」は、本当に「一方的な弱者」なのだろうか?
 「弱者」であれば、他人に何をしても許されるのだろうか?
 病院で救急医療に従事していると、僕もそんなことを考えてしまうケースが少なくありません。

 児童相談所の職員の職場環境も、この「ケースワーカー」たちと似たり寄ったり、だと思います。
 「自分の子供のこと」というのは、ある意味、お金の話よりもデリケートな問題ですし、「児童相談員の訪問が必要となるような家庭の構成員」に、どんな人たちが多いかと考えると、児童相談員は、逆恨みされたり、脅されたり、拒否されたりという、辛い体験が多い仕事だと想像できます。彼らには捜査権はなく、丸腰で、「子供を虐待するような人間」に相対しなければならない。
「どうして子供たちを助けなかった?」って言うけど、彼らにはそんな力はないんだよ、そもそも。
 叩きやすいところを叩いて、自分の「慈悲深さ」を証明しようとする人たちは、なんて醜悪なのだろう。
 抗議するのであれば、それこそ、国に対して、「児童相談所の権限の拡大とスタッフ・予算の拡充」を求めるべきでしょう。


 そして、この新書を読んで、あらためて感じたのは、「お金は大事だけれど、お金さえあればいいのか?」ということでした。

 生活保護の具体的な事例に基づいた追跡調査は、受給者にとって他人には知られたくない個人情報を数多く扱うことから、これまでほとんど行われてこなかった。
 それでも道中理事があえて調査を行ったのは、貧困の固定化に強い危機感があったからだ。調査は生活保護受給がかなりの割合で世代をまたいで継承されている実態を裏付けた。
 調査の対象となった390世帯のうち、過去に育った家庭が受給世帯だったことが判明したのは98世帯(25.1%)。母子家庭の106世帯では実に40.6%にのぼっていた。記録上は明確に残っていないものの、育成歴などから受給世帯に育った可能性が高い例は多数あり、実際の継承率はさらに高いとみられる。
 道中理事も驚いたのが、学歴についての調査結果だった。生活保護受給者のうち世帯主が中学卒は58.2%、高校中退が14.4%、双方をあわせると70%を超えた。特に母子世帯の高校中退率は27.4%。高校中退の理由として、妊娠、出産の例があったため、10代出産の実態を急遽、追加して調べると、母子家庭106世帯のうち28世帯、26.4%が第一子を10代で出産していた。

 しかし、生活保護に生活の一部を支えられる暮らしを晴美さんは、「落とし穴がある」とも感じている。「仕事をやめても生活保護で生きていける」、そんな思いが頭をよぎるからだ。「自立したいとは思っていても、気力が萎えてしまう人が周囲に少なくない。このままでいいとあきらめる母親は驚くほど多い」というのが正直な感想だ。
「高校には行かない」という長男の友人に「仕事が見つからなかったらどうするの」と尋ねたことがある。
「いいよ、生活保護受けるから」。そんな答えが返ってきた。彼の家も生活保護を受ける母子家庭だった。
 晴美さんは「子供たちに『お母さんは一生懸命がんばっているんだよ』と言い続けられる自分でいるためにも働き続けたい」と思っている。

もちろん、「まずは食べていく、生きていけること」が大前提です。
しかしながら、いまの日本の生活保護の状況というのは、「もらえる人は、かなりの高水準でもらっている」にもかかわらず、それが「将来の、次の世代の貧困からの脱出」につながっていないのです。
これは、本当におそるべき現実だと思います。
大事なのは、「経済的な援助」だけではなくて、「将来に希望を持てるようにしていくこと」なのではないかなあ。
「ホストクラブ通い」にしか喜びを感じられない人間に、いくらお金を援助しても、それが彼女の未来につながることはありません。ホストクラブ業界の未来にはつながるかもしれませんが。


ただ、「希望を持つこと、持たせることがいちばん難しい」のも、確かなんですよね。

「希望」とは何か?
あなたは、それに、答えられますか?

せめて、子供たちくらいは、なんらかの「希望めいたもの」を持っていられる世界にしたいのだけれど……

この新書、「生活保護の現在」が、受給者、ケースワーカー、マスコミなどのさまざまな視点から、バランス良く書かれている本だと思います。

 確かに、生活保護をめぐる報道の多くは、国や行政によって制度の入り口で拒絶された「弱者」をめぐるものか、モラルハザードを起こした「不正受給者」についてかの2パターンに単純化される傾向があるのは事実だ。
 特定の人の立場を、一方的に「弱者」と決めつける報道のあり方は、非常に強引だが、生活保護をめぐる報道では、いまだにそれがまかり通っている。一方で、不祥事をきっかけに「生活保護天国」だと、一斉に受給者叩きに走る報道も目につくようになってきている。いずれの報道にせよ、日常生活からかけ離れた特異な制度というイメージが残り、これだけ身近になっている生活保護の問題は、他人事としてしか映らない。

 いやほんと、いまの「みんながどんどん『貧困』に沈下していく社会」では、誰だって、自分や身内の病気、あるいは職を失うことなどで、「生活保護受給者」になる可能性はあるのです。
 僕もそういう事例をいくつか見てきました。
 ちょっとくらいの経済的なゆとりは、家族の誰かひとりの病気で、あっという間に吹っ飛んでしまいます。
 だからこそ、「生活保護の現在」と「貧困の連鎖を断ち切るための、お金だけじゃない何か」について、自分たちの問題として、いま、あらためて考えてみる必要があると思うのです。


参考書籍リンク:

『ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所』感想(琥珀色の戯言)

ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)

ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)


『子どもの貧困―日本の不公平を考える』感想(琥珀色の戯言)

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

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