Kindle版もあります。
事故で入院中のセールスマンに隠された秘密とは? 私立探偵サムスンが愛娘とともに謎を追う。米澤穂信氏推薦のシリーズ最高傑作
何か「物語、それも古すぎない程度のミステリを読みたいな」という気分だったときに、紀伊国屋書店で見かけて購入。
「私はアルバート・サムスンが好きです。」という米澤穂信さんのオビのコメントも気になって、手にとってみました。
正直なところ、僕自身は海外の翻訳小説、とくにミステリ、ハードボイルド小説はあまり得意ではなくて、なんだか本が分厚くて長い割には、事件以外の描写が多すぎて、かったるいし驚くようなどんでん返しもない、というイメージを持っているのです。
ミステリは日本に限る、人の名前も覚えやすいし、みたいなことも考えてしまいます。
この『沈黙のセールスマン』を書いたマイクル・Z・リューインは1942年生まれで、この小説がアメリカで発表されたのは1978年で、最初に邦訳が早川書房から出たのが1985年だそうです。年代的には、ちょうど僕が本をいちばん読んでいた時期でもあり、もしかしたらこの本、以前読んだことがあるのではないか、と思いながら読み進めていたのですが、1985年の僕には海外ミステリの翻訳を単行本で買えるほどの経済力はなく(お金があったらファミコンのゲームを買いたい時期でもありましたし)、ハヤカワ_ミステリ文庫が出たのは1994年なので、実習で疲労困憊していて『競馬ブック』と『ダービースタリオンの全てがわかる本』くらいしか読んでいなかった時期なんですよね。だからたぶん、今回が初読のはずです。ただ、この本を読んでいると、随所に、僕がこれまで読んできた小説やプレイしてきたゲームを思い出すところがあって、米澤穂信さんだけではなく、多くのミステリ好きたちに愛され、影響を与えているようです。ちなみに僕は『クロス探偵物語」というゲームの一編を最初に思い出しました。
大企業の研究室で起こった事故で命に関わるダメージを受け、以後、その企業の病院で面会謝絶のまま入院を続けている男。
彼の身内は、事故後、あれこれと理由をつけられて一度も面会を許してもらえないことに不信感を抱き、なんとか会わせてくれるように、アルバート・サムスンという私立探偵に現状の調査と面会の手筈を整えることを依頼するのです。
ところが、調査を進めていくうちに、さまざまな事実や周囲の思惑が重なり合っていきます。
サムスンは、久しぶりに会う離婚した妻との間の娘を助手として、この事件の真相に迫ろうとするのですが……
「ものすごく面白いのか?」と問われたら、「なかなか話が進まないな、と思いながら、少しずつ読み進めていくうちに、なんとか最後まで辿り着いた」という感じですし、びっくりするようなどんでん返しもありません。
読み終えても、「で、あれはどうなったの?」みたいな疑問もあるというか、1970年代的なアバウトさを感じるところも少なくないのです。
アルバート・サムスンは、かなりタフで頑固ではあるものの、超人的な能力も灰色の脳細胞も持たず、探偵としてやるべきことを確実にやって、少しずつ真相に迫っていく探偵で、地味、なんですよね。
ただ、「やるべきことをやる」探偵なだけに、読む側もあまり感情を揺さぶられなくて済むというか、物語がどう転がっていくのかを味わうことに集中できるような気がします。
今のミステリって、どうしても社会問題(子供の虐待とか環境問題とか差別とか)がクローズアップされたり、「人間ドラマ」が重視されがちですよね。
それはそれで傑作もたくさんあるのですが、ミステリ、あるいは転がっていく物語の「骨組み」の部分がしっかりしていて、ところどころで、ちょっとニヤリとさせる、という作品も、気分転換には良いみたいです。
ものすごく面白い!わけではなかったのに、この作者の他の作品も読んでみたいな、と思いましたし。
ちなみに、池上冬樹さんの巻末の「解説」には、(ある私立探偵小説の研究書によると)「父と娘が活躍する私立探偵小説は、この『沈黙のセールスマン』が、歴史上初めてではないかといわれている」そうです。