琥珀色の戯言

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僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? ☆☆


僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)

内容説明
マルクスと金持ち父さんが教えてくれた“目指すべき働き方”
私は、大学時代に経済学の古典『資本論』と、お金の哲学を扱った世界的ベストセラー『金持ち父さん貧乏父さん』を深く読み込むことで、その後の人生が大きく変わりました。実はこの2冊は全く同じことを言っています。それは、資本主義経済の中で私たち“労働者”が必然的に置かれている状況についてであり、そこから考え始めることで、どういう「働き方」を選択すればラットレースに巻き込まれず、幸せに暮らしていけるかがよくわかるのです。今の働き方に疑問を持っているのであれば、転職や独立、ワークライフバランスを考えても意味はありません。しんどい働き方は、もっと根本的なところから考え、変えていかないといけないのです。


この新書、けっこう売れているらしいです。
前半のマルクスの『資本論』を持ってきて、「給料はどうやって決まるのか?」という話をしている部分などは、なかなか興味深いものでした。
なるほど、「給料は、明日も労働者を働かせることができるまでのエネルギーチャージ代」だということなのか。
以前、内田樹先生が、「みんなが『自分の働きより給料が安い』と思っているくらいだからこそ、会社というのはやっていけるのだ」というのをどこかで書かれていたのですけど、たしかに、「会社側の立場」になってみれば、「みんなが辞めずに仕事をしてくれる、ギリギリのところ」を狙いたくもなるでしょうし。

 企業で働く労働者はどのような立場に置かれているのか?
 労働者が「がんばる」とは、どういうことなのか?
 どうして労働者は、働いても働いても貧しいままなのか?
 これらの問いに対してカール・マルクスが出した結論は、「資本主義経済のなかでは、労働者は搾取され続ける。豊かになれない。だから、共産主義経済に移行しなければいけない。労働者よ、団結せよ! 革命を起こせ!」でした。
 一方のロバート・キヨサキが出した結論は、「資本主義経済のなかでは、労働者はラットレースに巻き込まれて、豊かになることができない。だから、自分の労働と時間を切り売りするのではなく、不労所得を得なければならない。不動産投資や株式投資を行って資産を作ろう!」でした。
 カール・マルクスロバート・キヨサキの両氏が「解決策」として提示した内容はまったく異なります。
 一方は革命、一方は投資です。
 しかし、「資本主義経済のなかでは労働者は豊かになれない」という主張の前提の部分は、まったく共通しているのです。

 ここであらためて、以下の問いを思い出してください。


「なぜ、こんなにがんばったのに、給料が大して上がらないのか?」
「なぜ、こんなに成果をあげたのに、給料が大して上がらないのか?」
「なぜ、あなたの生活には余裕がないのか?」


それは、給料が「必要経費分」だからです。給料は「みなさんが働き続けるために必要なお金だけ」なのです。


そうか、「資本主義経済」のなかにいるかぎり、どんなに身を粉にして働いても「ずっと満足できる生活を続ける」のは難しいのだな。
給料が「利益の分配」ではなくて、「労働者にどのくらいお金を与えれば、このまま働きつづけてくれるか」で決まっているかぎり、劇的な変化はないだろうなあ。
それは、実感としてすごくよくわかるんですよね。
僕も一回くらいは、マルクスをちゃんと読んでみようと思いました。
しかし、「必要経費分」がもらえていた時代は、愚痴をこぼしながら、みんな会社勤めをしてそれなりに暮らせていたのですが、いまはその「必要経費ギリギリ」あるいは、「必要経費以下」になってしまっているんですよね……
それでも、その給料にしがみつかないと、どんどん落ちていくだけ。
まあなんというか、いまの時代にこそ、「革命」が必要なのかもしれません。


前半はなかなか興味深かったのですが、この本、後半の「じゃあ、どういうふうに働き方を変えていくのか?」というところで、大失速していきます。
資本論』まで持ち出して説明してきたのだから、何かコペルニクス的展開があるのではないか?と思わせておいて、書いてある結論は、「その場しのぎの高収入の仕事に飛びつくのではなくて、その場ではお金にならなくても、自分の価値を高めるための『自分磨き』をしましょう」という、お決まりのものなのです。
いや、間違ってはないと思うよ。
ダイエットの王道が、「食事制限と運動」なのと同じで、「安全・確実」なものは、常に地味ではあります。
でもまあ、「300ページも読んできて、こんな平凡な結論なのか……」と、がっかりしてしまうのは事実。

 企業は、「使用価値がある価値」に高いお金を払います。「一生懸命頑張って、この仕事ができる知識と経験を身につけました。そして、それらを活かして年間10億円の利益を生み出せます!」という人に高いお金を払うのです。
 つまり、そういう「使用価値がある価値(資産)でなければ意味がありません。
「リストラが怖いから、資格を取ろう」
 そういう人は多いでしょう。資格を取ること自体は否定しません。しかし、「リストラが怖いから、資格を取る」という発想が「よくない」のです。なぜかというと、その資格に「使用価値」があるかどうか、まったく考えられていないからです。
「資格でメシが食えるわけではない」というセリフをよく聞きますが、それは、その資格が企業によっての使用価値を持っていないので、高く評価してもはもらえないからです。
 価値も使用価値も高いのであれば、高い評価(給料)が必ず得られます。


まあ、その通りではあるのですが、あまりにも当たり前の話ですよね……
みんなそれなりに考えて資格を取っているし、「漢字検定3級に受かったから、リストラしないでくれ……」なんて人は、あんまりいないと思うけど。


この本を読み終えて、「いちばんラクに金持ちになる方法は、『ラクに金持ちになる方法』という本を書いて出版することだ」という大昔からあるネタを思い出さずにはいられませんでした。
安易に転職しろとか起業しろとか言わないところは好感が持てたのですが、これって結局、わかりきった話をちょっとアレンジして、マルクスとか『金持ち父さん』とかの軒先を借り、売れる本を書いた著者の勝ち、ですよね。
ああ、負けたよ本当に。
僕は何度、同じような本を読んできたことか……
こういうのって、「書く側」にまわらないと、絶対に儲からない仕組みになっているんだよなあ。
この手の本を、一度も読んだことが無い人には、図表もわかりやすいし、文章も読みやすいので、悪くないかもしれません。
でも、これまで同様の本を読んできた人にとって、新しい知見は、あまり期待できないと思います。


さて、「僕たちはいつまでこんな『ビジネス書』を買い続けるのか?」

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