琥珀色の戯言

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【読書感想】小山薫堂 幸せの仕事術 ☆☆☆☆


小山薫堂 幸せの仕事術―つまらない日常を特別な記念日に変える発想法

小山薫堂 幸せの仕事術―つまらない日常を特別な記念日に変える発想法

内容紹介
時代を動かすヒット作は
どのように生まれたか?


映画「おくりびと」や、大人気のゆるキャラくまモン」を手がけた著者が、愛される商品を生んだ発想の極意を明かす。ポイントは、日常をちょっとした工夫で面白くし、それにより身近な人を喜ばせようという視点だ。その延長線上に商品の企画があるという。日々実践できるアイデアの鍛え方から企画実行のコツまで、小山流のユニークな仕事術を大公開!


いやーすごいやこの人!
「タクシーに乗ったら、かならず運転手さんと話をしてみる(面白い人が多いから)」というだけで、「すみません、僕にはもう真似できません……」って降参してしまいます。
この本を読んでいると、小山さんの「仕事術」というより、「人生において、サービス精神を常に持ち続けていられること」に驚かされるばかりです。


小山さんは、料理屋さんで隣に座った人によく話しかけるのだそうです。それも、「国籍関係無し」で。
僕などは、話しかけることそのものにも抵抗があるし、「英語もできないし……」と考えてしまうのですが、小山さんは「相手も日本語がしゃべれないし、本来は対等な関係。お互い片言でコミュニケーションを取るのがまた面白い」と仰っています。
この「ポジティブ思考」というか、「なんでも面白くしようという意思」こそが、小山さんの最大の武器なんでしょうね。
「嫌われたらどうしよう」って考えることもあるのだろうけれど、「やらないで失敗するよりは、やってみて失敗したほうがいい」。

 僕は小学生の頃、熊本県の天草というところに住んでいたのですが、よく「東京に行ってこい」と言われて、一人旅をさせられていたんですよ。ただ、やはり子どもとしては最初は怖いわけですね。それを父に言うと、「お前は日本語を話せる?」と訊いてきます。
「話せる」と答えると、
「理解できる?」と、また父。
「うん。言われたことは理解できる」
「読める?」
「うん、読める」
「じゃあ、ここは日本なんだから、どこに行ってもコミュニケーションに困ることはない。わからなかったら人に訊けばいいし、話したい人がいれば話しかければいい。地図もあるわけだし、行ってきなさい」
 そう言われて「確かにそうだよな」と、妙に納得したんです。
 誰しも人と話ことをなんとなく躊躇してしまう場面ってあると思うのですが、僕はそんな時に、父から言われたことを思い出すんですよ。

 なるほどなあ、と思うのと同時に、もしこれで小山さんが東京で事件に巻き込まれていたりしたら、どうだったのだろう?とも考えてしまうんですよね。
 それが僕の「ネガティブ思考」なのかもしれませんけど。
 小山さんの場合には、これが奏功しているのだと思います。
 でも、それが万人向けかというと、そうとは限らない。
 「教育」って難しいなあ。


 僕が小山さんの名前をはじめて知ったのは、フジテレビの伝説の深夜番組『カノッサの屈辱』の放送作家としてなのですが、放送作家からはじまった小山さんの仕事は、映画『おくりびと』の脚本や出身地である熊本県の地域振興キャンペーン「くまもとサプライズ」など、さまざまな分野に広がっています。
 人気キャラクター「くまモン」のプロデュースも小山さんの仕事だったんですね。


 僕はこの本を読んでいて、小山さんは、世の中のさまざまなものに「物語」を見出すことが得意な人なのだな、と感じました。
 「ありきたりのもの」「あたりまえのこと」も、見る側が変われば、全くちがったものに見えてくるのです。

 ワークショップがはじまり、まず僕は、学生たちに向かって鍋に入ったカレーを見せてこう言いました。「ここにカレーがあります。つくったのはこの方です」。そこで、お母さんの登場です。「あ、どうも鈴木です」なんて名乗りながら出てくる。
 この時点では、イチロー選手のお母さんだとは学生たちに言いません。「鈴木さんがつくったカレーです。ポイントは何ですか?」と鈴木さんにインタビュー。
「いや〜、こうやってニンジンを入れたりとか、ルーはこのメーカーのインスタントのルーを使っているんですけど。それがこれです」と言って、鈴木さんが食材を紹介します。
 そこで、僕が、「じゃあ、これ、食べたい人?」と学生たちに訊くんですが、ちょうどランチのあとだったということもあり、誰も手を挙げません。
「でも、ある情報をあなたたちに伝えることによって、きっと食べたくなりますよ」。そう言って「じゃあ、これから息子さんのことを訊いてみましょう」と、いよいよ種明かしをしていくんです。
「息子さんは何をされているんですか?」
「野球ばっかりやっているんです」
「どちらにいらっしゃるんですか?」
「アメリカにいます」
「ああ、そうなんですか。息子さんのお名前は?」
「ありふれた名前ですけど、一朗という名前でして」
 そこで、僕が言います。
「つまり、この方はイチロー選手のお母さんなんですよ。イチロー選手が『朝カレー』と言っているのは、まさにこのカレーのことなんです。ハイ、食べたい人?」
 今度は、全員が一斉に「食べたい!」と手を挙げる。
 そこで、僕は学生たちに「これがブランディングというものです」と教えました。

 僕がこの会場にいたとすれば、この学生たちとまったく同じ反応をすると思います。
 目の前にあるのは、まったく同じカレーのはずです。
 それが「どこかのおばちゃんが作った、ありふれたカレー」であれば見向きもしないのに、それが「イチロー選手のカレー」だと知ったとたんに、「食べてみたい!」と身を乗り出してしまう。
 世の中、こんなものだよなあ、と。
 この本のなかには、小山さんのアイデアによって生まれた日光金谷ホテルの「百年カレー」の話も紹介されています。
 このカレー、ホテルの倉庫に長い間眠っていたレシピを再現したものなのだそうですが、それを「百年カレー」として「ブランディング」することによって、大ヒット商品となったのです。
 たしかに美味しいカレーではあるのでしょうけど、黙ってレストランのメニューに「カレーライス」として載せていても、大ヒットはしなかったはず。
 人って視覚や味覚よりも、「頭の中につくりあげたイメージ」で見たり食べたりするものなのだなあ、と、ちょっと考えさせられる話でもありますね。

 突き詰めていくと、企画とは「サービス」だと思うんです。どれだけ人を楽しませてあげられるか、幸せにしてあげられるか。
 それで僕はいつも、「企画とはサービスである。サービスとは思いやりである」と言っているのですが、そういう意味では、日本人はものすごく企画力がある国民だと思うんですよね。これほど思いやりを持ち、人を慮ることができる国民性というのは、なかなかないですよ。
 例えば、日本人はお客さまが脱いだ靴を、その人が帰る時に履きやすいようにとパッと向きを揃えますね。これは、日本人からすると当たり前の感覚ですが、海外の人からするとものすごくびっくりすることらしいんですよね。「この人は、なんて気が利く人なんだろう」と誰もが思う。
 これは目に見えない日本の資源だと思うんですよ。僕は、この資源をもっと掘り起こすチャンスがあるのではないか、日本は、もっと企画という教育を本気でやっていくべきではないかと常々思っているんです。
 靴をキチンと揃えるあの感覚を、ほかのことにも向けられるようになれば、確実に企画力は養われます。人に何かをしてあげたいという思いがあるからこそ、そこでハッという気づきがあるわけです。
 重要なのは、企画とは突飛な思いつきや天才によるひらめきなどではなく、日常から発想し、日々、目にするものや接する事象を視点しだいでよりおもしろくしたり、特別なものにしてあげるという点です。

 この本を読むと、小山さんの言葉の意味が、すごくよくわかります。
 僕などは、自分が「サービス精神に欠ける人間」だと思っていたけれど、それでもいろんな「サービス」を行いながら生きているんですよね。
 そして、そういう「思いやりの国民性」は、日本にとっての「財産」にもなるのだなあ。


 「サービス業」をやっている人、自分には「サービス精神」が足りないと思っている人は、ぜひ一度読んでみていただきたいと思います。
 本当のサービスっていうのは、それをやる側にとっても楽しいものなのだな、ということが伝わってくる本だから。
 

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