琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】なぜ僕は「炎上」を恐れないのか ☆☆


内容(「BOOK」データベースより)
人に嫌われようと、「正しいものは正しい」と伝える。いいたいことは我慢しない。衝突、炎上、なんでも来い!年間500万円を売り上げるプロブロガーが、仕事と人生を熱く語った。小学生時代、テレビゲームの分野で負けなくなった。中学校時代、個人ニュースサイトで月間50万PVを集めた。高校時代、吹奏楽部で自信を取り戻した。大学受験時、偏差値が55から早稲田大学政治経済学部に現役合格。―さまざまな「炎上」をきっかけに、前向きな人生を歩み続ける著者の、ストレスフリーな生き方指南。


うーん、これはある意味、すごい新書です。
「現代の奇書」と読んでもいいかもしれません。
新書の228ページが、延々と、イケダハヤトさんの自慢と言い訳と挑発で埋め尽くされており、僕は読みながら何度も「なぜ僕は、780円+税を払って、この人の自慢話を聞いているのだろう?」とくじけそうになりました。
正直「感想を書く」という目的がなければ、完走するのは、厳しかった……


僕はイケダさんに好感を抱いているわけではありませんが、書いているエントリのなかには「そういう考え方もアリだよなあ」と感じるものも少なくありませんし、「イケダハヤトブランド」というだけで、「一考すべき意見」が炎上しているようにも見えます。
しかしながら、この新書は、僕くらいの「なるべくフラットな立場を取ろうとしている人間」をも、苛立たせる「炎上力」を持っているのです。


この新書のはじめのほうに書かれている「企業に就職したものの、電話が苦手でつらかった話」には、けっこう共感したんだけどなあ。
僕も電話嫌いだから。

 配属後、部長からまず伝えられたことは、「君の仕事は電話を取ることからだ。3コール以内に電話を取ることを目標にしなさい」という命令でした。
 ぼくは電話が嫌いです。対面ですら人と話すことが苦手なのに、顔が見えない相手と回線経由でリアルタイムに話すなんて、激しくハイレベルです。メールでいいじゃないですか。ぼく、声も低いですし、ぼそぼそ話しますし……。
「何を大げさな」と思われるかもしれませんが、ぼくは、ほんっとに、電話が苦手なんです。かといって、さすがに「いや、自分苦手なんで無理です」と断ることができるような空気は、「会社」というコミュニティには、一切存在していませんでした。
 電話が鳴るたびに心臓がドキッと飛び跳ね、心拍数MAXで受話器を取り、上司に取り次ごうとしたのはいいけれど、内線の回し方がわからずそのまま電話を切ってしまい、電話相手に迷惑をかける……。ほとんどトラウマ的な思い出です。いまも電話は嫌いなので、みなさん、ぼくにはよほどのことがないかぎりは電話しないでください。とはいえ、着信音やバイブレーションを切っているので、そもそも出ないと思いますが……。ぼくにとって電話は、それほど苦手なものなのです。

「電話」だけじゃなくて、付き合い込みの「飲み会」も大の苦手だったというイケダさん。
このあたりを読んでいたときには「電話も飲み会も苦手」って、僕と一緒なんだなあ……なんて、けっこう共感していたのです。
そんな、「社会人として生きづらい特性を抱えている人間が、生き延びていくには、どうすればいいのか?」
それが結局、いまのところは「プロブロガー」だったということなのでしょう。
「会社勤めという生き方に向いていない人にも、こんな生き方がある」というのをリアルタイムで見せてくれているという点では、イケダさんの功績は大きい。
 

でも、最初のほうでは

「ぼく」にもできたのだから、「あなた」にできないはずがない

と読者を勇気づけているにもかかわらず、読み進めていくと、どんどん雲行きが怪しくなっていきます。


この新書のなかで、イケダさんは「自分が好きになったことは、徹底的にやり抜く性格」であると書かれています。
テレビゲーム、高校の部活動、受験勉強、ネットで文章を書くこと、など、「好きなこと、やりたいことに、徹底的に時間を割くことに、ほとんど苦痛を感じない性格」みたいなんですよ。


そして何より、「現実を自分の都合のいいように解釈できる力」が、本当に強い。

 ぼくは物書きを生業としている、いってみればアーティストに属する人間です。ブロガー風情が何をいう……とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、アーティストというのは、世の中に新しい価値観を提示してなんぼの職業です。
 まったく新しい表現を切り拓いたセザンヌマーラー岡本太郎……歴史に残るアーティストたちは、世界、社会を変える新しい価値観を提示してきた人々です。少なくとも、ぼくは、プロのブロガー、つまり社会に何かのメッセージを届けることを職責としている人間として、世の中に新しい価値観を提示できるアーティストでありたい。そういつも願っています。



「新しい価値観」というのは、その新しさゆえに、同時代においては決してすぐには受け入れられないものです。ある意味、誰もが「いいね!」ボタンを押すようなものは、誰もが理解可能であるという意味で、何も新しくないのです。本当に新しいものは、同時代に生きる大半の人にとって理解不能なものなのです。実際、セザンヌマーラー岡本太郎も、その時代に「こんなものは芸術ではない!」と批判を受けています。
 つまり、炎上するということは、すなわち「それなりに新しい価値観を提示できた」というひとつの証左になりえるのです。

 ぼくは現在、個人ブロガーとしては上位0.01%程度に収まる、トップクラスのブロガーとしての地位を確立しています。
 ぼくはもともと強い人間ではないので、「炎上を恐れない心」を身につけるうえで、心を鍛えると同時に、「トップクラスの地位」も獲得しようと必死に力を注いできました。地位さえあれば、炎上を恐れる必要もなくなると考えたのです。
 傲慢な響きを持つかもしれませんが、会社をやめてプロブロガーを目指すにあたって、「自分ならすぐにトップクラスになれる」という自負がありました。ブロガーとして特段の実績があったわけではないので、それは「根拠なき自信」といってもいいでしょう。


たしかに、セザンヌマーラー岡本太郎のような「アーティスト」は、世の中になかなか理解されず、「批判」を浴びてきました。
ただ、ここで考えなければならないのは、「逆は必ずしも真ならず」ということです。
「新しい価値観を提示したがために、なかなか理解されなかったアーティストがいる」というのは事実でも、「理解されず、炎上してしまった人すべてが、『新しい価値観を提示した』」とは限りません。
それが成り立つのであれば、ネットの世界は斬新なアーティストだらけですよ……
北野武監督の『アキレスと亀』を一度観ていただきたいものです。
実際は「新しいから叩かれる」のではなく、「単に的外れなことを言っている」とか「他者を苛立たせるような言葉や態度がみられる」とかが原因で批判されることのほうが、よっぽど多いのです。
「炎上すること」は、「新しい価値観を提示できた」という証左になど、なりません。
なんだかこういう、わざと間違っているのか、本当にそう思っているのか推測しかねる「人を煙にまくためだけの理屈」を「断言」されると、正直、読んでいて頭がこんがらがってくるのです。


それにしても、「なんだかよくわからないが、とにかくすごい自信だ……」(by 『キン肉マン』)


この新書、どこまでがネタだか、よくわからないのですが、イケダさんは「自分がトップクラスのブロガー」であることを胸を張って何度も主張されています。
「ブログで年間500万円も稼いでいる」ことも。
しかしながら、読んでいる僕からみれば「このくらい頑張って働いているのなら、ブログで稼がなくても、年間500万円くらいは稼げそうだし、そもそも、プロブロガーって、そんなに偉いのだろうか? もしかして、この人、自分が周囲から羨ましがられていると、思いこんでいるのかな……」という痛々しさしか伝わってこないんですよね、申し訳ないけど。


僕は、イケダさんが「年収150万円で、自由に生きていく」と仰っていた時期は、「ああ、無理して稼ごうとするのではなく、生活をつつましくしていくのが、これからの日本でのサバイバル術なのかもしれないな」と思っていたんですよ。
ところが、いまや「日本のトップブロガー」として、「ブログで年間500万円!」。
収入が多いほうが、生活はラクになるんでしょうけど、結局のところ、前に言っていたことって、何だったのだろう?
「500万円稼ぐためにワーカホリックになっている」ように見えるのだけれど、それを自分自身では肯定できているのだろうか。

 開き直りに聞こえるのは承知ですが、ぼくは不完全であり、間違った記述をしてしまうこともあります。年間200万文字近く執筆しているので、むしろ間違いがないほうが不思議です。時間を経て、いっていることが変わることもたびたびあります。ぼく自身、過去のブログを読んでいると「おいおい、何いってんだおまえ」と自分にツッコミを入れたくなってきます。
 ぼくはそのくらい不完全なので、まぁ、炎上するのは当然です。落ち度もあれば、考えが未熟な点もあるでしょう。いまとなっては「イケダハヤトはバカだ」という中傷は、ぼくになんのダメージも与えません。バカであるのは、ぼくにとって当たり前のことです。バカですが何か? 本当にバカなんだから仕方ないです。というか、人間誰しもバカじゃないですかね。……と、ぼくはこのくらいのスタンスで構えているので、自分の論述が明らかに矛盾しているのを指摘されたときは、「あぁ、たしかにこれは矛盾している」と素直に認めることができますし(そもそも人間は矛盾を抱える存在です)、罵詈雑言を受けてもそれほど気になりません。まぁ、人間、完ぺきにはなれませんからね。「自分に甘い」といわれればそれまでですが、このくらいが健全だとぼくは考えています。そのことによって、ぼくには他人に優しくなる余地が生じるのです。


……あの、まだ、読んでくれてますか?
このあたりで、おそらく、このエントリを読み始めた人の80〜90%くらいは、苛立ちをあらわにしながら、「戻る」を連打しているのではないかと思います。
でも、僕は本で一度読み、これを書くために引用しながら、また読んでいるんですよ……つらいです。
要するに、イケダハヤトさんは「執筆」が好きで、「新しい価値観を提示した」と言いつつ、「自分が書いた言葉に責任なんて持つつもりはない」と仰っているのです。
「こんなに時間と手間をかけてブログを書いている」と熱く語りながら、その直後に「行き当たりばったりで書いているのだから、信じるほうが悪い」。
そして、「完ぺきじゃないから、他人に優しい」。
これもまた、先ほどと同じです。
「完ぺきじゃない」ことは、「優しさ」の証左にはなりません。
というか、ここまで覚悟も責任感もない人の「新しい価値観」なんて、信じられないよ……
人生で、考えが変わることだって、あると思う。
でも、さすがにここまでコロコロ変わると、節操なさすぎでは? と思うよ。
これって、「炎上に負けない強い心を持つようになった」のではなくて、「屁理屈ばっかりこねて、何を言われても筋の通らない言い訳ばっかりして、ごまかし続けている」だけじゃないの? 小学生のケンカみたい。
「年間200万文字執筆しているから、間違うのも当然」って、それなら執筆量をセーブして、もう少し校正したほうが良いのでは……
僕も誤字・脱字をアップロードしてしまったり、誤解を書いてしまうことがあるのですが、それを「当然」だとは悟れません。
ましてや「トップクラスの『プロブロガー』」を自負しているイケダさんなのに……


この新書、これはこれでけっこう「役に立つ」のかもしれません。
もしあなたの周囲に「オレはブログのアフィリエイトで食べていくんだ!」という、熱い「プロブロガー志望者」がいるのなら、ぜひ、これを読んでみてもらってください。
おそらく、大部分の人は、「ブログで食べていく」ことの難しさ、イケダハヤトさんのような「プロブロガー」と同じ土俵で戦うことの恐ろしさを悟るはずです。
ここまで、自分のことが大好きじゃないと、やっていけないのか……と。


イケダさんのボランティア活動へのコミットに関しては、すばらしいことだと思います。
言っていることだって、いちいちイラッとさせられるのだけれども、「そういう考え方」が、あっていい。
インタビュー記事などは目のつけどころが面白いし、「炎上しやすいエントリ」ばかりが取り沙汰されて、多く読まれてしまっているという、不幸な面もある。


ただ、まともに他者の相手をする気がない人なんだろうな、とは感じます。
こちらとしても、関わるだけ時間と熱意の無駄。人生は有限です。


この新書、対談でもないのに、何ヵ所も(笑)がつけられているのですが、読んでいて、そこで読者が笑えるところがひとつもないんですよね……
イケダさんがひとりで薄ら笑いを浮かべている姿をいちいち想像してしまって、ドン引きしてしまいます。
もしかして、この本そのものを炎上させてしまおう、という有能な編集者集団の意図なのかもしれませんが、「どうしても言いたいことを言ったがために『炎上』してしまう人」が、いつのまにか「『炎上』しそうなことを、あえて狙って言っているだけの人」になってしまっていることに、多くの人は、もう気付いているはずです。気付いていない(あるいは、気付いていないフリをしている)のは、本人だけ。


これを読んで「イケダハヤトさんみたいに、炎上を恐れずに自由に生きよう!」なんて思う人って、そんなにいるとは思えないんですよ。
そういう生き方のハードルの高さばかりが、浮き彫りにされているし。
むしろ、「はいはい、わかったから、どうぞひとりで好きなようにファイヤーダンスを踊っていてくださいね。もう邪魔しませんので」と思いました。


頭はすごく良い人だと思う。
ただ、その頭脳が「自分を正当化すること」にしか働かないのだとしたら、それはもう、喜劇でしかありません。


もしかしたら、「本当にこの世の中では、生きづらくてしょうがない人」にとっては、共感し、参考にできるところが多い本なのかもしれませんけどね。


これは「奇書」だな確かに……
ブロガー本の黒歴史が、また1ページ……



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