- 作者: 武田一義
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/08/23
- メディア: コミック
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Kindle版もあります。
- 作者: 武田一義
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/01/31
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内容紹介
いつか漫画家になる事を夢見て、漫画家アシスタントとして日々を暮らしていた35歳の主人公。そんな彼に突然襲ってきた癌という大きな試練。睾丸の癌に冒され、片タマを失った主人公が、家族や他の入院患者との出会いをコミカルな絵でリアルに描ききる。後が無いのはわかってる。でも諦めるには早すぎる!夢を掴むための闘病記!
35歳、漫画家アシスタント。
自分の作品でデビューしたいという気持ちはあるものの、「有能なアシスタント」という場所に、居心地の良さも感じてしまっていて……
僕は「患者側」「医療側」両方の立場から、このマンガを読みました。
いや、どちらかというと「抗がん剤治療を行う側」として、「ああ、僕は患者さんの日常や心のうちの苦しみを、ほとんど知らないまま『治療』を行っていたんだなあ」と痛感しました。
病室のなかで「窓側の部屋」がいいという希望はときどき耳にするのですが、もちろん、全部の部屋が窓側ではないし、「そんなにこだわらなくても……」なんて思っていたんですよね。
でも、これを読んで、大部屋でのベッドの位置とか、人間関係とか、においとか、そういうものが、患者さんにとって、いかに気になるものなのか、ということを考えさせられました。
抗がん剤の治療のつらさも、「きついのはわかるけど、治療のためにがんばってね」と声をかけるのが申し訳なくなってきます。
その一方で、医療の世界では、感情移入しすぎて、振り回されすぎると専門家としての判断が鈍る、ということもあります。
そして、「看護師さんたちがキビキビと働いている姿に癒される」というのを読んで、先日見かけた「看護師は激務ではない」とか書いていた産業医に、読ませたいと思いましたよ。
もちろん、「激務ではないところで働いている看護師」だって存在しているのですけど、患者さんと日常をともにしているのは、看護師さんなんだよなあ。
著者と奥様とのエピソードを読むにつれ、お互いに助け合って生きていくこと、マイナス面を受け止めていくことを考えさせられましたし(どんなに仲が良い夫婦であっても、どちらかの病気が関係悪化のきっかけになることは、けっして少なくないのです)、「死ぬこと」に直面してしまったがために、なんとなく棚上げにしつつあった「自分のマンガを描くこと」に、再び向き合っていく姿には、勇気づけられました。
それと同時に「こういう体験を『描く』ということに昇華してしまおうとする、表現者の業」も感じたんですよね。
かなりいろんなことをあけすけに描いている作品でもありますし、これから「闘病作家」としてみられることを覚悟して上梓されているわけだし。
この作品を描いてしまったら、「ギャグ漫画を描いても、笑ってもらえなくなるのではないか?」なんて、考えてみたりもするのです。
僕は、最後まで読み終えて、ずっと考えていました。
なぜ、著者は最後に「プロローグ」を載せたのだろうか?と。
時系列でいえば、これが巻頭に来るはずなのに。
まあ、漫画の世界では、単行本化するときに、連載前の読み切りをボーナス・トラック的に巻末に入れたりするのは、珍しくはないのだけれども。
僕はこの作品の最後が「闘病のきっかけの話」であることには、意味があるんじゃないか、と感じています。
人間って、「物語」を受けとる側って、「美談」に弱い。
どんなに途中のプロセスに波乱や苦労があっても「終わりよければ、すべてよし」っていう気分になって、涙を流し、「あー感動した!」
それで、おしまい。
最後に「きっかけの話」が置かれているのは、著者からのメッセージだと、僕は思うのです。
「これは、『ある漫画家の闘病記』だけれど、『他人事』として終わらせないでほしい」っていう。
これは、著者に「運悪く」起こってしまったことだけれども、他の誰にでも、そして僕にも起こりうる話、なんですよね。
率直に言うと、僕は「著者の闘病」への感動と同じくらい、あるいは、それ以上に、「ちゃんと定期的に健康診断を受けなくちゃな、そして、家族の健康にも、もっと気を配らなくては」と痛感したのです。
「感動」させたいだけなら、最後に「プロローグ」を置くのは、かえってマイナスです。
僕も最初読んだときは、「なぜここにこれが収録されているんだろう?」って感じました。
でも、その「理由」に思い当たったとき、著者の周囲の人への、さらに読者への優しさが身に染みました。
「美談として、他人事として泣いて終わらせないでくれ。これは、『明日のあなたたちの物語』かもしれないんだから。どうか、愛する人の心と身体をよく注意して、ちょっとした異常に気づいてほしい。健康診断にだって一緒に行ってほしい。自分も、いつまでも健康だとなんとなく信じているあなたと、あの日までは同じだったことを知ってほしい」
いや、僕にだって他人事じゃないんですよね。人って、なんとなく「とりあえず症状もないし、病気になんかならないんじゃないか」って信じがちだから。
そして「忙しいから」という理由で、ついつい、自分の身体の声を無視してしまうから。
すばらしい作品だし、「感動」します。
だからこそ、「感動だけでは、終わってほしくない」のです。