- 作者: 大塚明夫
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/03/26
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (10件) を見る
内容紹介
「みんながこれをやらないから、私に仕事が来る」
声優界に並び称される者のない唯一無二の存在、大塚明夫。その類い希なる演技力と個性ある声は、性別と世代を超えて愛され続けている。バトーへの共感、ライダーとの共鳴、黒ひげに思う血脈、そしてソリッド・スネークに込めた魂─誰よりも仕事を愛する男が、「声優だけはやめておけ」と発信し続けるのはなぜなのか? 「戦友」山寺宏一氏をはじめ、最前線で共闘する「一流」たちの流儀とは? 稀代の名声優がおくる、声優志望者と、全ての職業人に向けた仕事・人生・演技論であり、生存戦略指南書。これは大塚明夫ファンが読む本ではない。読んだ人が、大塚明夫ファンとなる一冊である。
大好きな大塚明夫さんが書いた「声優」についての本ということで、発売を楽しみにしていたのですが、冒頭の文章を読んで、面食らってしまいました。
声優・俳優の大塚明夫です。はじめまして。もしくは、いつもありがとうございます。本書を手に取ってくださったことに感謝いたします。
さて、回りくどいのは嫌いなので結論から申し上げましょう。
本書で私が皆さんにお伝えしたいことはただ一つ。
声優だけはやめておけ。
嘘偽りなく、これだけです。
ああ、そういうふうに最初に読者を驚かせておいて、最後に「やっぱり、声優って素晴らしい仕事なんだなあ!」と感動させる、そういうテクニックなんだろうな。
……違いました。
この本の95%くらいは、「どうしても声優になりたい、というか、『声優になるか、死ぬか』くらいの人間以外は、もっと普通の仕事をして生きていったほうがいいよ」という親身の説得なのです。
いや、確かに、声優という仕事の「やりがい」みたいなものも書かれているのだけれども、そこまで辿り着くのがいかに難しいかもよくわかります。
そして、「声優」という職業をもてはやす人は多いけれど、その職業としての実態は、ものすごく厳しい。要するに「仕事がない」し、「食えない」。
コンテンツの制作サイドからすれば、欲しいのは「ギャラが予算内に収まり、かつ良い芝居ができる人間」であることがほとんどですから、テレビや舞台の俳優を声優として使うことだって自由です。「声優という肩書きの人間の方がいい芝居ができる」なんて思い込んでいるのは一部のオタクだけです。
つまり、声優という肩書き自体に、「声の仕事を得る」ための効力はないのです。「声の仕事をしている役者のことを声優と呼んでいる」だけなのですから当然です。この順番を取り違えている新人声優がよく、「声優になったのに仕事がない、おかしい……」と悩んだりするのですが、そこで「なんで僕に仕事がこないんだろう」と真剣に考えられる人ならばまだマシな方。「就職」気分が抜けない人にはそれが難しいらしく、「仕事がこないのはおかしい」という考えから抜け出せないまま、大小さまざまな失望を抱いてこの業界を去っていくことになります。
そんな人を、私はこれまでに飽きるほど見てきました。出会う新人声優の九割以上はこの顛末をたどると言ってもいいくらいです。ほとんどの声優は、充分な数の仕事になんぞありつけないからです。
大塚さんは、声優という仕事が抱える根源的な難しさを、こんな言葉で表現しています。
声優は、自分で仕事を作れません。
大塚さんは「声優になるのなら、漫画家か漫画の原作者にでもなった方がいいよ」という話をされるそうです。
そのほうが、自分ひとりの力で作品を仕上げて、売り込みにいけるから。
「声優」というのは、あくまでも、「キャスティングされる立場」でしかない。
それを言うなら俳優とかだってそうだし、漫画家にだって壮絶な競争があるはずなのですが、この本を読んでいると、声優というのは「ハイリスク・ローリターン」の世界なのです。
『サザエさん』で波平さんの声をあてていた永井一郎さんが、声優の待遇について苦言を呈されていたこともあります。
「競争はキツイけど、成功すれば報酬もすごい」のなら、挑戦しがいもなるのだけれども、声優というのは、ごくひとにぎりの売れっ子になっても、豪邸に住み、外車を何台も乗り回す大金持ちになれるような仕事ではありません。
この本では、声優のギャラについてもけっこう詳細に語られていて驚きました。
時間給は、台詞数などにはかかわらず完全に固定。三十分喋り詰めだろうが、「おかえり」の一言だろうが変わりません。映画やアニメで、メインキャラクターの声優がモブキャラクターの声を兼任していることがままあるのは、声優を一人増やすごとに固定給として一人分のギャランティが確実に発生してしまうからなのです。
この「業界の監修」を読んだとき、「おかえり」だけで1本分のギャラがもらえるのか……と、ちょっと「お得な感じ」がしたんですよ。
だからこそ、「おかえり」だけでギャラをもらえる人は、いなくなってしまう。
どんなに喋ってもらっても、ギャラは「1本分」なら、同じ人に何役もやってもらえばいい。
お金にシビアな世界なんですよね、アニメって……
ただでさえお金がかかるから、人にかかる経費は、極力削る方向にいってしまうのです。
大塚さんは、さまざまな技を繰り出して、声優志望者を思いとどまるように説得しようとしています。
改めて不思議に思います。これほどまでにハイリスク・ローリターンな世界なのに、なぜ大勢の人がこちらに来たがるのかと。
それを実際に人に聞いてみると、よく返ってくるのがこんな台詞です。
「私、声優になって、子どもたちに夢を与えたいんです!」
私はこれを聞くたびに思うのです。随分上からもの言ってないかい、と。
夢というのは、「与えてあげよう」と思って人に与えるものなのでしょうか。アニメやら映画で、お金で買えるものなのでしょうか。
こんなことを言うのもなんですが、声優学校や養成所というのは非常に儲かる商売です。学校には、生徒たちの将来の面倒をみる義務がありません。入った人間を必ずこのレベルのスターにします、入った人間を社員にして給料を支払いますといった契約を交わすわけではないのである意味楽です。売れなければ「お前のせいだ」でおしまい。うまいことスターが出れば「ありゃあ俺んとこで育てたんだ」と言えばいい。それを広告塔に次の声優志望者たちがやって来る。はっきり言って、ローリスク・ハイリターンです。ハイリスク・ローリターンな声優業と比べてなんたる違いでしょう。
世の中そんなに甘くない。
もちろん、養成学校のあいだにも競争があって、あまりにも実績に乏しかったり、問題があったりするところは淘汰されていくのだとは思いますが、「芸能の世界では、型どおりの指導を受け、型どおりのことしかできないような人間は、量産型ザクみたいなものだ」と大塚さんは仰っています。
『桜井政博のゲームについて思うことX』(桜井政博著・エンターブレイン)という本のなかで、大塚明夫さんのこんなエピソードが紹介されていました。
(『大乱闘スマッシュブラザーズX』の制作時のエピソード)
スネークの声を演じるのは、大塚明夫氏。大物です。代表作は『ブラック・ジャック』、日曜洋画劇場のナレーションなど。シブくて太い声で、ゲーム関連にも多数出演されています。スネークは、氏の声あってのものですよね!!
夏のころ、渋谷のスタジオにて。『スマブラX』は対戦型のアクションゲームなので、各キャラクターのセリフは短く少なめです。だから、声優さんを全員集めて何日もかけて収録するということはありません。ひとりずつ時間単位でスケジュールを割り当て、短いセリフを数十テイク収録し、はい、おつかれさま、という淡白なもの。でも、後日再収録、なんてことはできないから、よーく聴いておかしなところがないか判断しなければなりません。わたしも、ここぞとばかりに音に集中します。
そしてついに大塚さんが登場。事前に台本を読んでいただいているので、準備万端。諸処説明後、大塚さんは録音ブースへ。わたしは指示を出すために編集スタッフ用のマイクの前へ。
順調に収録が進んでしばらく。大塚さんの発声が少しつかえたように聞こえました。ん? と思いながら、「もう1テイクお願いします」とお願いしたところ、なにやら怪訝そうなお顔。あれ? 悪いことを言ったかしら……。
ここでのお話、コラム連載中には具体的に書くことを伏せていましたが、いまなら書けます。
スネークの”スマッシュアピール”において、ルカリオの波導の色を語る描写がありました。
「メイ・リン、奴の手から出ている”紫”の炎はなんだ?」と。そこが、ちょっとつかえていたと。
大塚さんに話を伺ってみると、どうやら”色を形容するときに言葉を捜すさま”を演じていたのだとか。「色を言葉にするとき、すぐにその色の名前が出る人は少ないでしょ? それで、色の名前を考える間を入れてみたんだけどね」。なるほど……!!
これは感服。たしかにそのとおりです!
目の前に広げられた台本。氏はそれだけにとらわれず、情景、あるいはスネーク本人の思考をリアルに頭に浮かべながら演じているのだと感じました。空気のように自然に演じられているかもしれないし、よく考えてのことかもしれない。いずれにせよ、声優なり役者なりの熟練の成果なのでしょう。
声優さんに限らず、シナリオを書く人も、頭の中でいろいろなキャラクターが語り、叫び、吠えているものだと思います。
そこにないものをあるように見せること。それに賭けている人には、いろいろな方向性があれど、経験や情感が活きていくのだろうと思います。それが重なって作品性がにじみ出てくるのだろうと。
声優にとっていちばん大事なのは「良い声」などではなくて、「役を演じること」なのです。
声の良し悪しなんて、好みでしかないし、良い声だからというだけで、役に存在感を与えられるわけでもない。
そもそも、君たちは、本当に「声優」になりたいのかい?
ちょっとやそっと声をけなされただけでめげてしまうような人なども、そもそも演技を商売にすること自体をそれほど望んでいないのでしょう。しかし、そういう人の方が何故か声優を志望しやすいようです。
声優「だったら」自分にもできるのではないか。
役者になるより、漫画家になるより、簡単なのではないか。
そんなふうに、声優という仕事を舐めながら、声優を志望している人が多いのだ、と。
本当に、声優志望者の夢をぶちこわし、意気消沈させる本だと思う。
だからこそ、この本には、「声優の世界の真実」が詰まっている。
この本を読んで、自信をなくした人は、やめておいた方が良い業界であることは、間違いないでしょう。
でも、いるんだよね、こういうのを読んでも「そんなの知るか!俺は(私は)声優になる以外の人生なんて、考えられない」っていう人が。
大塚明夫さんは、「こっちに来るな!」と言いながらも、そういう人が自分に挑戦してくるのを、愉しみに待っているのではないかという気がするんですよね。