Kindle版もあります。
秘密の友達がいた幼少期、学業と仕事の二足のわらじで駆け抜けた学生時代、声優業への情熱、推しへの愛に、衝撃の前世まで? 2003年のデビュー以来、現在も声優業界の第一線を走り続ける著者が、30歳を迎えその半生を振り返った書き下ろしエッセイ全20篇。 巻末には、同期声優、寿美菜子氏&早見沙織氏との特別鼎談を収録。
声優・悠木碧(ゆうきあおい)さんのファーストエッセイ集。
悠木さんは、『魔法少女まどか☆マギカ』の鹿目まどか役や『戦姫絶唱シンフォギア』立花響役、最近では、『薬屋のひとりごと』猫猫役などをつとめておられる人気声優です。
以前から、いろんな声優さんのラジオ番組を聴くのが好きだったのです。
息子が『幼女戦記』という作品にハマっているのですが、そのアニメ版でターニャ・デグレチャフ役を演じていた悠木さんに「あの『鹿目まどか』の悠木碧さんが、こんな役もやるのか!」と驚いたんですよね。その副官役が早見沙織さんで、「こんな殺伐とした世界を、この清純派っぽい2人が演じているのか」と。軍隊の上官のアジ演説って、その場にいる人間はけっこうテンションが上がるものなんだな、と悠木碧さんの守備範囲の広さに感心せずにはいられませんでした。
あと、悠木碧さんは、「私にとって課金は食事と同じ」という名言(?)で知られています。
seiyuu-voiceactor.com
僕もYouTubeでこの発言を聞いたときには苦笑してしまったのですが、悠木さんは多くのファンに「推される側」の大人気声優であるのと同時に、自分が好きなものを「(課金込みで)推してきた側」でもあるのです。
このエッセイ集も半分くらい、好きで、「推してきた(いる)もの」の話なんですよ。
私はまだまだお芝居を深めたい。だから、気持ちのコンパスの針が向いた新しいことは、リスクもリターンも関係なく、やってみないと気が済まないのです。
幼少期は、自分の身の回りのことや、自分が携わったこと、自分がこれからなりたいものなど、己の基礎を固めることに意識が向いていましたが、最近はそこから派生した、応用的なことに興味が湧いています。
その一つが、文章を認める(したためる)ことです。私たち声優は声でお芝居をするわけですが、その前には当然ながら、脚本や台本を作ってくれている人たち、文章のプロによる仕事があるわけです。
そこって声優である私には直接関係はないんですが、でもいろんなロール(役割)を選んでみると、自分のジョブ(職業)の理解度も深まるって、『FF XIV』(ファイナルファンタジー14)が教えてくれました。このたとえが全然ピンと来なかったそこのあなた! 『FF XIV』は大変面白いゲームなので是非遊んでみてくださいね!
僕はこれを読んで、ダウンロードしたまま長年起動せずに放置している『FF IX』を始めよう!と決心したのです。Twitter(X)によると、潘めぐみさんもプレイされているみたいですし。もしかしたら、悠木碧さんとゲームのどこかで出会うかもしれない、と想像するのは、ロマンがあるよなあ。
(膨大なプレイヤー数がいて、今から始めたらレベル差が大きいから、実際に出会うのは難しいとしても)
悠木碧さんは子役から声優の仕事をされるようになったのですが、幼少期の思い出から、現在の仕事までをこのエッセイ集の中で振り返っておられます。
子役時代の話。
私は割とオールラウンダーで、ドラマからバラエティ番組、CMまで色々経験させて頂きました。でも、食べ物のCMはついぞ受かりませんでした。食べ物のCMって子役の中でも競争率が高いんです。そもそも、子役のほとんどは誰かの子供役や幼少期の役で起用されます。だけど食べ物のCMは、子供自身が主役になることもままある。それにCM案件は正直めちゃくちゃ身入りがいいです。一回の出演でお父さんの年収をぶち抜いて、家庭内のバランスが崩壊したなんて噂も耳にしました。
ふだん何気なく観ているというか、たまに目に入ることもある、CMの子役にも、出演するためにはすごい競争がある。さらに、食べ物のCMに出ている子供は「勝ち組」なのだそうです。しかし、それで年収ぶち抜かれたら、親としてはけっこう辛いかも。
このエッセイ集を読むと、悠木碧さんは、本当に僕と同じ1日24時間を生きているのだろうか、と疑問になってくるのです。
超人気声優ですから、仕事はものすごく忙しいと思うのですが、大学に通い、絵を描き、文章を綴り、好きなアニメ作品を観て、友達と遊び、オンラインゲームまでやりこんでいるのは「超人」だとしか言いようがない。
人間、本気で好きなことをやろうとしたら、ここまでできるんだな、と驚かされます。
悠木さんのエッセイ集を読んでいると、声優という仕事の繊細さ、演じることと、声優そのものがタレントとして消費されることの難しさも感じます。
そんな『まどかマギカ』で私が一番悩んだのは、作品の人気が出たこと、様々なコンテンツで、再収録した台詞を納品することでした。CM、映画、コラボしたアプリなど、様々な形で、同じ話や台詞を、違う用途に合わせて演じることになります。
たとえば、『まどかマギカ』の劇場版は『叛逆の物語』以外、テレビシリーズと内容は同じです。けれど、お客さんが観る環境や視聴時間から受ける印象なども含めて、アプローチを変えないといけなくて。
さらにCMでは、本編の台詞をそのまま言って欲しいけどテレビで流れた時に暗い印象にはして欲しくないので、テレビシリーズとは変えてください、とか言われたりも。
でも私は自分もオタクだから分かるのです。オタクはあまり変化が好きじゃないと。不変であるから二次元が好き、というオタクは結構いると思います。事実私も、作品を見たらいつもそこにいてくれる安心感をキャラクターに抱いている時があるんです。
けれど、制作サイドからすれば、より多くのお客さんにキャッチーに刺さって欲しいという気持ちがきっとあって、それもまた理解できるのです。
『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサト役の三石琴乃さんが、あるとき、ふと、自分だけが「エヴァ」を「エバー」と言い続けていることに気づき、その後の何かのコンテンツの収録で、「エヴァ」にしたところ、スタッフに「ミサトさんは『エバー』じゃないとダメなんです!」とダメ出しをされた、という話を思い出しました。
僕も「なんでミサトさんだけ『エバー』なの?」ってずっと思っていたのですが、他のキャラクターと同じ「エヴァ」にされてしまうと、何か寂しいというか「そうじゃない!」って言いたくなります。
「好き」とか「推し」には「なんでも受け入れる」人もいれば、コンサートなどではアレンジ版ではなくて、原曲に忠実なものを聴きたい、という人も多いのです。
演者側、制作サイドには「せっかくの生のステージだから、ここでしか聴けないものを出したい」という思いがあって、噛み合わなくなってしまう。
人気商売だけれど、実力も問われるし、作品との縁や運もある声優という仕事は、みんなに応援されるのと同時に、SNSでの誹謗中傷などの、とんでもない逆風にさらされる可能性もあるのです。
実は私もこの悩みを先輩に相談したことがありました。先輩たちも皆さんそれぞれに悩まれていた印象でした。
そのなかで、とても心強いなと感動し、今でも胸に残っているのは、林原めぐみさんに頂いた、「他人がどう思ったかで善し悪しを判断してるのはプロじゃない。逆に、自分としては納得いってない振る舞いや表現を、世界中が褒めたら満足してしまうのか」という言葉。
半地下のカフェだったのに、かっこよすぎて後光が差して見えました。同時に、自分の甘さが恥ずかしくなりました。誹謗中傷の苦しみに明確に答えを出せる人もいるんだ、レジェンドすげぇ……って今でも思います。
じゃあなんでこの答えを後輩たちに伝えないのかというと……。私がまだ、全然実践できていないからです。
本当に「レジェンドすげぇ……」
悠木碧さんも、すでに後輩にとってはレジェンドクラスだとは思うけれど。
僕は悠木さんよりずっと長く生きていますが、どんなに他人に理解されなくても、自分で納得する仕事ができれば、それで満足、とは言い切れないのです。
こうして書いていても、誰も読んでくれないと、やっぱり悲しいし、もうやめたくなってしまう。
逆に、自分ではうまく書けていなくても、多く読んでもらえれば、「こういうのを望まれているのかな」と、そちらに、すり寄ってしまいがちです。
でも、二匹目のドジョウって、いないんだよなあ。
悠木さんが演じている人気キャラクターは、みんな「違う個性と声」なんですよね。
だからこそ、これだけ長い間、声優としての需要が絶えないのでしょう。
ファンはみんなもう読んでいるでしょうけど、声優という仕事や悠木碧さんに興味がある人にもおすすめです。