- 作者: 滝田誠一郎
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2015/04/01
- メディア: 単行本
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Kindle版もあります。
- 作者: 滝田誠一郎
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2015/04/17
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内容(「BOOK」データベースより)
2006年の発売以来、世界で10億本以上売れたパイロットの“消せるペン”フリクションシリーズ。専用ラバーでこすると筆跡がきれいに消え(じつはインクが透明化するのだが)、何度でも書き直すことができるというユニークかつ画期的な商品だ。紅葉から発想を得たという開発のきっかけから、筆記具として使えるようになるまでの苦闘、アイデアをヒットにつなげたマーケティング戦略など、30年にわたる開発物語を、関係者への丹念な取材をもとに描く。
2006年の発売以来、世界で10億本!
これだけコンピュータで文章を書いたり、ネットでデータをやりとりしたりする時代になったにもかかわえらず、「消せるボールペン」は、世界中で大ヒットし、日本のボールペン市場を成長させるくらい売れまくっているのです。
そんなに売れていて、一般的なものになっているのか、「消せるボールペン」って……
この新書の冒頭の部分を読んでいて、僕はけっこう驚いてしまいました。
僕自身は、今まで一度も「フリクションシリーズ」のボールペンって、使ったことないんですよ。
文房具は好き、なはずだったのですが、ボールペンって、なんとなくそこらへんに転がっているもの、あるいは必要なときにコンビニで安いのを買うもの、というイメージしかなくて。
そもそも「消せるボールペン」なんて、矛盾しているのではないか、と。
消したければ、エンピツで書けばいいし、消せないからこそ、ボールペンで書いたものに「価値」がある。
だって、すぐに消せるのであれば、ボールペンで書かれたサインの信頼性は、ほとんど無に等しいですよね。
となると、結局、「遊び」とか「イタズラ」にしか使えない商品なのでは?
ということで、「面白そうではあるけれど、そんなものにニーズがあるのだろうか、と思っていたのです。
「消せるボールペン」誕生は、「温度によって色が変わるインク(メタモカラー)」の開発がきっかけでした。
いまから30年前に開発されたそのインクは、当初は「子供用の玩具や、熱い飲みものを入れると、絵が浮き出てくるコップ」などに使われていました。
当時はまだ少しの温度差で色が変化してしまい、一度変化しても温度が下がるとすぐ元通りになってしまいました。
一度起こった変化を固定する技術がなかったのです。
コップや玩具であれば、何度もそうやって遊べるので都合が良いのですが、書くことに使われるインクとなると、ちょっとした温度差で消えたり出てきたりでは、都合が悪い。
長年の開発で、「一定の温度の熱を加えたら透明になり、特殊な環境に持っていかないかぎり、そのまま固定されるインク」が生まれたことで、文房具としての「消せるボールペン」が生まれました。
「消せるボールペン」は、インクが消えてなくなるわけではなく、透明になって見えなくなるという仕組みで、「消せる」だけではなく、「ちゃんと消えたままになる」ことが大事だったのです。
この新書には、その開発にまつわるさまざまな工夫と挑戦が紹介されています。
その一方で、「消せるボールペン」って、「遊び」以外の用途があるのだろうか?という疑問は、開発側にもあったのです。
技術的には可能でも、それが「商品」として成り立つのか?
ところが、潜在的な需要は、存在していたんですね。
当時のパイロットコーポレーション・オブ・ヨーロッパの社長兼CEOのマルセル・ランジャールさんが、この「温度で色が変わるインク」の話を聞いて、「それは透明にはできないのか?」と問いかけたのです。
日本ではあまり知られていないが、フランスやドイツなどの国々ではいまでも学校教育の場で万年筆やボールペンが使われている。小学生も万年筆やボールペンでノートをとるのだ。万年筆と消しゴムの出番は主に絵を描くときだけである。
万年筆やボールペンは書き損じても消しゴムで消すわけにはいかないので、書き損じた際には化学反応でインクを消す特殊なペン(インク消し)を使う。インク消しを使うと、修正箇所に同じ万年筆やボールペンで上書きしても化学反応でまた消えてしまうので、書き直す際にはインク消しでは消えない別のペンを使わなければいけない。このため、筆記用に主に使うペンと、インク消し、さらにインク消しで消えない書き直し用ペンの3種類が児童・生徒・学生の必需品になっている(インク消しと書き直し用ペンが両端についている一体型ペンもある)。
いずれにしても書き直し用ペンで書き直す際に書き損じると、最後書き直すことができないため、何かと不便だ。そういう実情を知っているランジャールだからこそ、”書く、消す、書き直す”の3つが1本で済む筆記具があれば、確実に売れると確信したわけである。
こういう「背景」を知っていたランジャールさんは、フランスやドイツでの「消えるボールペン」のニーズを確信していました。
日本でずっと教育を受けてきた僕としては、「それならフランスやドイツもエンピツを使えばいいのに」と考えてしまうのですが、どんな筆記具を使うかというのも「文化」であり、便利だからと、そうそう変えるわけにもいかないのでしょうね。
そもそも、日本でも大人がエンピツを使うことはほとんどありませんから、子供の頃からボールペンや万年筆で書くトレーニングをしておいたほうが、合理的だとも言えるわけで。
フランスで先行発売された「フリクションボール」は、大ヒットとなりました。
それでも、日本でそこまで売れるかどうかは、半信半疑、という感じだったようです。
「消せるボールペン」を使う場面が、そんなにあるのかどうか?
最初は面白がって手にとってくれる人がいても、長続きしないのではないか?
ところが、新しい機能を持った道具が世に出ると、予想外の使い方を思いつく人がいて、それによって、新たなニーズが生まれるということがあるのです。
最初にフリクションボールを使い始めたのは、遊びのためのツールとして興味を持った女子高生のほかに、出版社の編集者や校正担当者だったそうです。
誤字脱字やテニヲハの間違い、事実関係の間違いなどのチェックをする際に、大変重宝されたのだとか。
さらに、使い方の幅は広がっていきます。
漫画家やデザイナーをはじめとするクリエイターのなかにも『フリクションボール』の愛用者が少なくない。たとえば漫画家がマンガを描くとき、鉛筆で下書きしたものの上から丸ペンやGペンでなぞっていき、スクリーントーンを貼ったりして仕上げていくのだが、最後に下書きの鉛筆線を消しゴムで消さなくてはならない。これが意外と大変な作業で、きれいに消さないと下書きの線が印刷に出てしまうし、力任せに消そうとすると原稿がシワになったり、最悪破れてしまうこともあるので気をつかう。枚数が多いとけっこう時間もかかる。
しかし、『フリクションボール』を使って下書きをしておけば、仕上がった原稿にヘアドライヤーの熱風をあてるだけで原稿を傷めることなくきれいにサッと消すことができる。同じようにしてデザイナーはデザインの下書きに、イラストレーターはイラストの下書きにフリクションボールを使っている。それによって作業を一工程減らすことができるので、いたって便利であり、効率的なのである。
このようにマスコミ関係者がいち早く『フリクションボール』に目をつけ、便利に使い始めたことでビジネス誌や情報誌にとりあげられるようになり、販促にも大きく寄与したことは見落とせない。
『フリクションボール』を重宝がっている趣味人としては、クロスワードパズルやナンパープレースの愛好家たちがその代表的存在だ。書いては消し、消しては書きながらパズルを解き進めていく作業に『フリクションボール』はうってつけ。『フリクションボール』発売当初には販促ツールとしてナンバープレースカードを配ったりもしたものだ。
また、俳句の教室で、先生が生徒に赤と黒のフリクションボールを配っている、という話もあるのだとか。
開発者の工夫とともに、使用者側も、さまざまな「面白い使い方」をつくってきたのが、フリクションボールの歴史なのです。
僕はいままで使ったことがなかったのだけれど、「消せる」というのは、「だからこそ書きやすい」にもつながっているのかな、と。
この「消せるボールペン」、使いかたによっては、悪用もできそうです。
ヨーロッパでの発売当時のCMでは、交通違反切符にサインした男が、警官の隙をみて、自分の名前を消して書き換える、というのがあったそうです。
日本では大炎上しそうなCMですが、ヨーロッパでは「ユーモアCM」として、若者たちに高く評価されたのだとか。
しかしながら、実際に日本でもフリクションボールを悪用した不正行為が行われています。
車検に合格していない車の車検証の交付を受けたり、こともあろうに、警察官が(容疑者が、じゃないですよ)フリクションボールで調書を作成後、容疑者の署名捺印後に勝手に内容を書き直したり。
『フリクションボール』シリーズを発売しているパイロットコーポレーションは、「証書類や宛名書きには使用できない」ことを商品に明記しているが、自社のホームページなどでもより強く呼びかけている。
それでも、悪用する人はあとを絶たないようですが、世の中そんなに甘くない。
開発者の中筋さんは、こう仰っています。
「フリクションは”消せるボールペン”ということで売り出しているのであまり知られていないけれど、本当に消えているわけではない。摩擦熱で透明化しているだけ。冷凍庫に入れてマイナス20度以下に冷やすと、消したつもりの文字や図形がそのままくっきりと現れる。書き直す前の筆跡がちゃんと出てくるので、それがそのまま偽造した証拠になる。だから悪いことはできないんですよ」
いくら、「消せるボールペン」と銘打たれていても、書いてはいけないことは、書かないほうが良いに決まっています。
ご利用は、計画的に。
ああ、これってネットも同じだよなあ。