琥珀色の戯言

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【読書感想】オブリヴィオン ☆☆☆☆☆

オブリヴィオン

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Kindle版もあります。

オブリヴィオン

オブリヴィオン

内容(「BOOK」データベースより)
森二が刑務所を出た日、塀の外で二人の「兄」が待っていた―。自らの犯した深い罪ゆえに、自分を責め、他者を拒み、頑なに孤独でいようとする森二。うらぶれたアパートの隣室には、バンドネオンの息苦しく哀しげな旋律を奏でる美少女・沙羅がすんでいた。森二の部屋を突然訪れた『娘』冬香の言葉が突き刺さる―。森二の「奇跡」と「罪」が事件を、憎しみを、欲望を呼び寄せ、人々と森二を結び、縛りつける。更に暴走する憎悪と欲望が、冬香と沙羅を巻き込む!森二は苦しみを越えて「奇跡」を起こせるのか!?


 『本の雑誌』の2017年ベストテン1位!
 『本の雑誌』のベストテンって、誌面での選考経過を読むと、けっこうアバウトに決められていそうな感じもするのですが、少なくとも1位は「間違いない」と毎年感じます。
 この『オブリヴィオン』、妻を殺めしまった男・森二が出所してくる場面からはじまるのですが、けっこうツッコミどころ満載というか、「独特の回りくどいセリフのない伊坂幸太郎みたいだな」と思いながら読んでいたのです。
 読み終えても、この作品のトリックというか、謎の部分に関しては、腑に落ちないというか、「意外な結末にするために、あまりにも突飛な人間関係をつくっているところ」とか、物語の鍵を握ると思われた人物が、あまりにも突然出てきて、退場してしまう」とか、いろいろ言いたくなるところはあるんですよ。


 それでも、この作品には、ものすごくひきつけられてしまったのです。
 僕がこれを20年前、20代半ばくらいで読んでいたら、森二も唯も、なんでそんなことをしてしまったのか……と、登場人物に感情移入できなかったと思うのです。
 しかしながら、今の年齢になってみると、人というのは、自分が正しいと信じてしまったことのために苦しめられたり、他人に相談されれば「あなたのせいじゃないですよ」と言えることにも、自責の念を持ち続けたりするというのがよくわかるのです。
 自分が出かけているあいだに、親が突然心臓発作を起こして家で亡くなっていたら、「なんで、あのとき出かけてしまったのだろう?」って、自分を責めますよね。そんなことは、全く予期していなかったとしても。
 人生というのは、真面目に因果関係を考えてしまう人にとって、あまりにも生きづらい。
 周りが「あなたのせいじゃないですよ」と言ってくれても、自分で自分を許せない。
 この物語の登場人物のほとんどは、「間違ってしまった人」です。
 ただし、その間違いというのは、悪意に基づくものではなくて、まだ若すぎて、その場の快楽におぼれてしまった、とか、ちょっとカッとしてしまったはずみに、とか、自分を守るために仕方なくやった、とか、そういうたぐいのものなんですよ。
 結果は重大になってしまったけれど、これを読んだ多くの人は「もしかしたら、自分が森二になっていたかもしれない」と思うのではないでしょうか。
 

 そして、世の中には、そういう「間違うことがある、普通の人たち」を食いものにする、悪意が人間の形をしているような連中がいる。
 その「悪意」に対して、彼らだって人間だ、こうなってしまったのには、何かの「原因」があるし、更生できるはずだ、と真面目な人たちは、思ってしまう。
 そして、その優しさや無防備さにつけこまれてしまう。
 だからこそ、そういう「既往」を持つ人に関わってはいけない、と多くの人は考えているし、子どもたちにも、そう教えている。
 遠田さんは、こういう「悪意の人々」を容赦なく描いているのです。相手の弱みを握ったら、とことんまで利用しようとするのだけれど、そこには自分の快楽以外の理念も信念もない。ただ、弱者をなぶりものにするために生きている。自分より強い者には卑屈に従うにもかかわらず、僕のような弱虫には手も足も出ない「小悪党」を。
 

 この小説の場合、読者は基本的に「こちら側」にいる森二を信頼しながら読んでいるのだけれど、たぶん、実社会に森二と同じような人がいたら、なるべく関わらないようにすると思うんですよ。
 少なくとも、僕はそうします。
 

 それでも、人は「信じる」べきなのか?
 この小説の登場人物どうしの「つながり」は、世間から打ち捨てられた者どうしの共感でもあります。
 人間は、そこが望まない場所でも、他者からは白眼視されるような組織でも、「居場所」が欲しい。結局、「悪い仲間」に、引き寄せられてしまう。


 少しだけの受容と前進。
 ハッピーエンドではないのだけれど、だからこそ、読んでいて、置き去りにされなかった気がする小説です。
 ある種の「負の形見」みたいなものを引き摺りながら、みんな、生きている。

 オブリヴィオン。
 不思議だ。これほど感情あふれる音が出るのに、楽器と言うよりも機械を操作しているように見える。まるで旧式のレジスターを打っているかのようだ。寂れた田舎のドライブイン。毎日雨が降っている。一日に数台、型落ちの車が停まって、美味しくも不味くもない料理を食べ、埃をかぶった商品を買う。そして、沙羅は無言でレジを打つ。そんな光景が浮かぶ。

 

 「それ、1レース、せめて3レースくらいで十分だろ……」とか、ちょっと思いながら読みました。
 これほど、幸せそうな登場人物がいない小説も、珍しいよね。
 だからこそ、読んでいて、僕も少しだけ赦される気がするよ。


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