- 作者: 伊集院静
- 出版社/メーカー: 講談社
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- 作者: 伊集院静
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内容(「BOOK」データベースより)
人は何のために生きるのだろう。そのことが少しでも分かれば、人生は違ったものに見えて来る。
伊集院静さんの『大人の流儀』シリーズも8巻目。
ネットでは、「父性」や「自分に厳しく生きる」というのは否定されがちではありますし、僕自身も、「大人の男」とは対極の人生を送ってはいるのですが、この伊集院さんのエッセイを読むと、背筋が伸びる気がするのです。
ある意味、「大人の男になった気分になれるツール」でしかないのかもしれませんが……
伊集院さんは、けっこう怖そうな人だし、『情熱大陸』に出演されたときも、妥協しない、気難しいところを垣間見せていたのですが、このエッセイを読んでいると、一生懸命生きている人には、その結果がどうあれ、常に優しく接しているのです。
今年の秋で、三十三年目を迎える。
大学病院にいると、それらの日々が、昨日の出来事のようによみがえって来る。
知らん振りをしてやり過ごすようにはしているが、夏の終わりの雨垂れを病院の窓から見ていると記憶が容赦なく背中を叩く。
二日前の午後、病院の窓辺で雨を見つめていて、私は、突然、声を上げた。
「そういうことだったのか……」
あの日々、私が病室に入る度、彼女は私を笑って見返した。どんな時でも笑っていた。
あの笑顔は、彼女が楽しくて、そうしていたのではないはずだ。
彼女は私の気持ちを動揺させたり、落ち込ませまいと病室で決心をしていたに違いない。まだ二十歳代の若い娘が、苦しい時、嘔吐を繰り返していた時でも、私が病室に入ると笑ってくれていた。
「そんなことができるはずがない」
私は雨垂れを見ながらつぶやいた。
――あの笑顔は、すべて私のためだったのだ。
彼女は自分が生きている間は、このダメな男を哀しませまいと決心していたに違いない。
人間は誰かをしあわせにするために懸命に生きるのだ。
夏目雅子さんが亡くなられてから、もう、そんなに経つのだな……
僕も40代になって、ふと、昔、接してきた人の言葉や態度を思い出し、「ああ、あれは『やさしさ』だったのだな」と気づくことがあるのです。あまりにも遅すぎる、と苦笑しながら。
もちろん、あれは嫌味だったり、落胆の態度だったりしたのだな、という「負の気づき」もあるのですが。
実際、大事な人って、亡くなったあと、記憶をこちらで美化してしまうところもありますよね。
ただ、それは必ずしも、生きている人にとって、マイナスではない。
この巻では、今年亡くなられた俳優・大杉漣さんと伊集院さんの「出逢い」についても書かれていました。
北野作品以外の大杉漣は知らないが、一度だけ彼と逢ったことがあった。
東京、神楽坂の路地であった。
その路地に、私が若い時に最初の小説を書くために泊り込んだ旅館があり、私は雑誌の取材で、その路地で写真を撮られていた。
私は写真撮影が苦手で、特に、普段、人が働いていたり、生活をしている場所に、ずかずかと撮影のために入り込むことが嫌だった。だから撮影中に蕎麦屋の出前が通ろうとすると、あっ、どうぞ、かまいません、と中断をしてしまう。
その日は、その路地にテレビカメラを手にしたスタッフがあらわれた。そして彼等の背後から役者さんらしき男が姿を見せた。
「あっ、すぐ終りますから」
私が相手に声をかけると、その人は私にむかって上げた手を横に二、三度振り、かまいません、どうぞ続けて下さい、と仕草をしてから丁寧に頭を下げた。
カメラマンのシャッター音を聞きながら、どこかで見た人だ、と思い、相手の方を見直すと、彼は私のことを知っているふうに、もう一度、頭を下げた。私もうなずいた。お互いが目を見合わせた。
――ああ、北野武さんの映画の人だ。
たけし贔屓の私は嬉しくなった。
数秒のことだったのだが、大杉漣という役者に逢い、互いにうなずき合ったことが、ずっと記憶の中にあったから、その訃報を耳にした時はショックだった。
たった一度の会釈だが、大人の男の出逢いというのは、それで十分だと私は思っている。
何度も顔を合わせていても、「とりあえず知り合いではある」という関係もあれば、こんなふうに、記憶に残る「出逢い」もある。
僕は、もっと普段からの一期一会を大事にしなくてはいけないな、と、これを読みながら考えていました。
この邂逅、大杉さんの側からは、どんなふうにみえていたのだろうか。
お互いの存在を認識していながらも、声をかけるでもなく、会釈して別れた男たち。
なんだか、2人の剣豪の対決みたいな話です。
いろいろあった人へ 大人の流儀 Best Selection (週刊現代)
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